最終回 トール・ソリットの帰還

 この戦場。 仮に遥か上空から見れば蒼き線が走り抜けているのがわかるだろう。


 それは勇者クロスが戦場を通った跡――――残像が蒼い軌道を残している。


 ただ、駆け抜けて剣を振るうだけ……それだけで兵器の如く、敵兵を――――屈強なはずの魔族を斬り倒しているのだ。


 その蒼き影が止まった。 視線は戦場の中心に向けられる。


 クロスが発する蒼い光……それに相反するように戦場の中心は紅き光に覆われている。


「……ふっ、勇者か。この勇者の称号に相応しい人間が、この戦場にもう1人いるみたいだな……やっちゃえ!」


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


 そして戦場の中心。 


 トールと魔王の斬り合い……抜刀術……それは速度勝負。


 呼吸を読み合い――――同時に切り結ぶ。


 だが、その直前――――


 (直前で避けるかカエリ・ソリットの子供――――トールよ! だが、それは悪手よ!)


 剣と剣の打ち合いを嫌ったのか、トールは回避運動を取った。


「だが、魔剣の斬撃は避けれぬぞ!」


 魔剣は避けれても、そこから発せられる不可視の斬撃……それも6連撃。


 トールは、自身に向けられた斬撃に対して笑った。 信じがたい事に笑みを浮かべて見せたのだ。


「見えない斬撃? 間合いなど無関係な魔剣使いとは――――すでに対戦済だ!」 


「……馬鹿な。全て避けた? ……既に魔剣使いと?」


 魔王の表情に怒気が宿った。


「馬鹿な。おらぬ! 余以上の魔剣使いなど、この世界にはいるはずもない」


「あぁ、いないさ。いるのは遠い未来……あるいは過去さ」


「何を! 戯言を!」


 再び両者は剣を交じり合わせる。


 『ソリット流剣術 獄炎龍の舞い』

 

 魔王の斬撃が弾かれ、叩き落され――――


 『ソリット流 煉獄龍 攻勢の一撃』 


 トールの剛剣が魔王に叩き込まれ続けて――――その硬固な、壊れる事などあり得ないと思われてきた鎧に亀裂が走り、破片が砕け落ちた


 「お……おのれ……おのれ! おのれ! おのれ! 余の肉体に触れるか!」


 「――――終わらせる。 ここで全てを終わらせるぞ! 魔王!」


 トールの脳裏に仕えるべき女王の姿。……そして、成長した次期女王の姿が通り過ぎて行った。


(わかってる。本当はわかってるさ……ここは仮初の世界。 後悔とか無念とか……そういう物によって構成させれた世界。でも――――俺は!)


 攻撃を繰り出そうとする魔王の動きが止まった。そして、驚愕の表情に変わった。


「な、なんだ? なんだ貴様は!? この感覚、この圧力――――剣士ではなく、魔法使い! 膨大な魔力が時空を越えて……貴様、何をした! いや、何をしている!?」


「戻っているのさ。本来の俺の姿に――――本来の存在に――――」


 そしてトールは掌を魔王に向ける。


 その動きは失った感覚が戻ってきたような……


 何度も繰り返してきた動作を確認するかのように……   


 慣れ親しんだ……


火矢ファイアアロー


 紅の閃光。 赤く、赤く、赤く―――― 全てを染め抜いていく単純暴力。


 生命を拒否する。命を刈り取るためだけの一撃。


 文字通り必殺の魔法。


 だが、赤い光が通り過ぎた後……それでも動き続ける影があった。


「この一撃を受けて、まだ立ち続けるのか? 魔王よ!」


「……なぜだ?」


 その声は魔王が発したとは思えぬほどに幼さを有しており、純粋な疑問を聞いているようだった。


「なに?」


「なぜ、この世界を否定する? この世界はお前の望む幸福な世界ではないのか?」


「――――」と黙るトール。それを魔王は、どう思ったのか? 


「受け入れればいい。やり直せばいい。そうすれば、二度と手に入らない物が、壊れた物が戻ってくる……それなのに、なぜ?」


「やはり、お前が元凶だったのか」とトールは空を仰ぐ。それから――――


「道理で、俺の知っている魔王にしては弱すぎると思ってたよ」


 再び、トールの肉体に魔力が宿っていく。


「この世界が仮初なら、俺には帰りを待っている人たちがいる。だから、もう――――俺は過去を省みない!」


火矢ファイアアロー


 再び、世界がトールの赤い魔力によって包まれる。


 最後に声が――――


「さようなら、それから――――また、いつか」


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


 気がつけば青い空が見えていた。


「……外?」


「あっ 気づかれましたか?」


 そう言われて、トールは初めてレナの膝を枕にして寝ていた事に気づいた。


「あれから大変でしたよ。トールさまが気を失ってから、目を覚まさない時に、白いお爺さんがやってきて、『うむ、これは魂が分けられた禁術の可能性がある!』なんて言うから私たちはトールさんを背負って、ここ伝説の髑髏塔で闇の魔導士を操る邪悪神と戦いを繰り広げて、まさか邪悪神の真の姿があんな……」


 早口で説明するレナ。トールの怪訝な表情に気づいたらしく話を止めた。


「ご、ごめんなさい。 こんなに急に説明してもわかりませんよね?」


「――――いや、レナたちが俺のために頑張ってくれた事はわかるよ」


体を起こすトール。レナは「トールさま……」と瞳を濡らして、2人の距離は――――


「なにやってのよ! 2人とも、速く帰るわよ!」


急に飛び出してきたグリアの声によって、邪魔されたのだった。

   

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元SSSランク冒険者だった咎人は脱走して人生をやり直す! ~幽閉された10年で鍛えた魔力は最強魔導士に~ 若返った俺を捕まえようとしてももう遅い! チョーカー @0213oh

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