国王陛下のいない国
源 三津樹
もしも、それが…
ある所に、小さな国があった。
その国の周辺は、何故か大きな国があった。
ある国は、軍事力に長けていた。
ある国は、学術に長けていた。
ある国は、経済に長けていたし。
ある国は、魔術に長けていた。
周辺の国々は、山も海もあったし。砂漠も湖もあった。
どこの国も魅力に溢れていて、それでいて仲が悪かった。
そう、とてつもなく仲が悪かった。
しょっちゅう小さな喧嘩をしていたし、場合によっては怪我人も出た。可能な限り死者を出さない様に各国は配慮していたのだろうが、それでも受けた傷は当事者以外にとっては些細なものだった。
そう、常に傷を負うのは「他国」だった。
小さな国は、とても温暖な人々が存在していた。
物事に拘る事のない、勤勉で研究熱心で、おおらかな人種が大半だった。
そう、大半。
大国に囲まれて、その「小さな喧嘩」にしょっちゅう巻き込まれる割に「まあまあ」と騒ぎを収める気質を持っている。ちょっと大国がその気になれば小さな国ごときはぷちっと潰される可能性は普通にあると思われる、それだけの国だ。
ただ、ちょっと真面目すぎると他国からは見えている国である。
小さな国を手に入れたからと言って、戦況がそうそう変わるわけでもない為に見逃されていた部分はあるのだが。それでも、巻き込まれたり嫌がらせをされたり騙されたりして、小さな国の人達は前向きに生きていた。
でも、時々だが。稀にだが、ちょっと変わった人も出てくる。
周辺の国々を巻き込み、時に多くの犠牲を出した時があった。
確かに……周辺の国々は大国だ。その小さな国が過去に起こした幾つかの出来事など、彼らにとっては些細な事で子猫が爪を立てた程度の事だった。それでも、彼らは何十年も何十年もそれを持ち出しては小さな国を甚振る事を止める事はなかった……王家の責任だと言って。
彼ら、周辺の大国にとっては些細な事だったとしても。
けれど、それが「王」と言うものなのだと言う事を知っていたから。
とことで、その小さな国に新しい王が立つ事となった。
小さな国の王様は代々短命だ。国民は前向きで朗らかで「いっそ何も考えてないんじゃねえの?」と他国に揶揄される事もあるが、敵に回すなとも言われている人種だ。
友人で一人は抑えて置けと言われている最大の理由が何故なのか、それを小さな国の人々が最も理解していないのは幸か不幸かは不明だが。
だから、各国の「王」達は決して小さな国を潰さない程度で痛めつける事を代々行ってきた……小さな国にとっては良い迷惑でしかない事だが。小さな国が存続する事が、小さな国の存在理由である事を知っていた、教え込まれた為に潰そうと思った王達は周囲に押しとどめられたのである。
「私は、ここに宣言する!
決して『王』にはならない、相応しい王が立つその時まで代行するだけであって私は『王』ではない!」
と言うわけで、近隣諸国ではまさしく「えええええええええぇぇぇぇぇぇっ!?」の嵐だった。
新しく王になる筈だった人物は、本来は王となる予定では無かった。
何故なら、王になるには血が薄すぎたからだ。
小さな国では、血の流れは大事にする理由があるけれど一夫多妻も一妻多夫も認められない珍しい国だった。
理由の一つとしては、王位に立っても国民と違って短命である事。王族となれば政略結婚で他国へ輿入れをさせれられる事もあれば小さな国出身と言う事で扱いが軽い場合がほとんどだが速攻で殺されたりしない事……国だけではなく、他国に行けば貴族も率先して甚振って来るのだから身分制度を理解していないとか。一体どの口で言うのかと当事者以外の国は呆れ返る事も珍しくはない……ただし、当事者になると同じ事を行うのだから、どいつもこいつも同じじゃねえかと言うのが小さな国の意見だ。
つまり、何十年も前の。生まれる前の先祖のやらかしたアレコレを今を生きる王族を甚振る事で自分達のストレス発散の道具にしていると言うのが、第三者目線で見た国家間の扱いなのである。
「ちょ、ま……」
「私が王位を継承しないのは、その血が薄すぎるからだ!
現存している我が国の中では、私以外に王位を押し付けられる相手が誰もいなかったからであって! そちらの国や、そちらの国の我が国出身者やその子供達を返して貰う方が濃い血を受け継いでいるのだ! しかし、この国の重鎮と言われる者共は一度他国へ輿入れた者を我が国の『王』と戴く事はあってはならないと言う。
ならば! 私は『正当なる王位継承者』が戻るまでの一時的な預かりとする事を、ここに宣言する!
他国に赴いたからと言って、この国の王位を継承出来ないと言う言葉はおかしい!
大国と言う後ろ盾を以て、この国を治めて貰えばよいだろう。私は、その為ならばいつでも王位を譲り渡す覚悟がある!」
王位継承の儀として開かれた場で、王位の証を受け取るべき筈だった存在は。
その宣言は。
一気に、すべての音を消し去った。
部下として仕える筈だった者達は慌てふためいて混乱をするだけで落ち着かず、招かれたと言う扱いではない大国の使いは口をぽかんと開けて状況を見つめるだけだった。
「さて……例えば、そこの国の者よ!」
びしっと指し示されたのは最も『王となる筈だった者』に近い位置にいただけの人物だ。
「は、はいっ!?」
「其方の国には確か三代前の我が国の王女が輿入れをして王子王女と三人までは確認している。
どうだ? この国の『王』として差し出すつもりはないか?」
たまたま、偶然その席にいただけだった人物は突然の出来事に頭の中が真っ白になった。
「……え?」
「そう言えば、其方自身も我が国の血が混じっている『王族』の一人と名乗ってもおかしくはないな?」
「え、い、いえ……」
実際、大使として現れた人物は小さな国へ遣わされた理由の半分が血が混じっているからと言うのもある。同時に、大国に嫁いだ人物の血を受け継いだにしては随分と地位の低い人物でもある……よくある事だが、恐らく大国へ輿入れしたものの。後宮から部下へ押し付け……臣下への褒美として与えられた人物の子孫と言う事なのだろう。
理由はどうあれ、確かに血は繋がっている事くらい「視て」判る。
何故なら、小さな国の人々はとても特徴的で国民のほとんどが黒髪に黒い瞳なのだ。別に、黒髪も黒い瞳も別段に珍しいものではないが両方兼ね揃えているとなると珍しいの部類に入る。
黒髪も黒い瞳も持っている人種となると、8割の確率で小さな国の血を引いていると言われている。
「では、そちらの国はどうだ? 其方の国の後宮にはまだ我が国から輿入れをした王子が存命している筈だろう?」
「ひぃっ!?」
次に指し示された人物は、別の大国の使者だった。
確かに、十数年前に大国へ貢物の様に贈られた王子がいた……当時は幼く、すでに人生の三倍は他国で何とか生き延びている人物だ。
「それとも……」
「お待ちください、王よ!」
「黙れ、私は『王』ではない。決して『王』にはならぬ。
どうしても王位につかせたいと言うのならば、より血の濃い其方がなれば良いだけの話……自分でなりたくないからと私に押し付ける程度の事しか考えぬ者が、私を『王』などと呼ぶではない!」
流石に再起動して事態を収めようとした臣下達……その人物の言う通り、責任を押し付ける為だけに傀儡を建てようとした者達は、突然の事態に立て直す為の手段を思いつく事は無かった。
これは復讐だ。
ある程度の距離感を持ち、中心から外れている人々は思い至った。
確かに、間違ってはいないのだ。
けれど、誰もが嫌がっているのだ。
稀に存在する先祖達の尻拭いを押し付けられるのもご免被るし、それが今まで全く関係ない所で生きて来た人物に押し付けようとするのも非道だ。しかも、彼らは「お前の様な血の薄い者が我らの上に立つなどと思うでない」と、それでいて責任だけ押し付けようと下卑た笑いを浮かべていたのを知っている。
結局、大国の者達も臣下達も同じなのだ。
小さな国の王と言う生贄を差し出して、自分達も同じ様な事をして、嬲り殺して「じゃあ、次」と挿げ替える事を当然とする様な「人種」でしかない。
大国とて、その血の濃さを盾に国を乗っ取る事が出来るだろうが賢人と呼ばれる類の人々は必ず小さな国を手中に収めようとする事を差し止めさせる。どの様な手を使っても。
何故なら、小さな国の利益と同じ程度に損益もかぶらなければならないから。
大国にしてみれば、小さな国の損益くらい造作もないと思われがちではあるが……それには付随する「おまけ」が存在する。
どちらかと言えば、そのおまけの方が賢人達にとっては恐怖の代名詞だ。
小さな国の人種と言うのは……何を考えているか判らない。
微笑みを浮かべている事が多く、その心中をそっと隠している。貴族、商人と言った地位であるならば当然の技術を、彼らは生まれながらにして持っている。
その上、ある日を境にいきなり牙を剥く。
剥かれた牙は、「絶対に結果を残す」と言う必殺の武器だ。それがどんな形であろうと、決して怒らせてはいけないと言われているが何よりも大国からしてみると、彼らの怒りポイントが予測はしても決定的な所ではない。
国そのものを滅亡させる可能性は、過去に何度も起きていた。
何度も。
けれど、彼らは基本的に寛容だ。妙な所で心が広い。だからこそ、大国の人々は小さな国を侮る事となり大国であろうと何度も政変の憂き目にあっていた……そこには、小さな国が何らかの形で絡んでいると言われている。
しかも、おかしな事に小さな国の関係者が絡んでいる陣営は必ず勝利を収めて来た……例え、その関係者の命と引き換えにする事があったとしても。
「どうだ、お前の国でも良いんだぞ?」
にやりと笑みを浮かべたのは、とてもではないが「温厚」とか「寛容」とか言った人種には見えない。
その身に纏う「色」は間違いなく小さな国の者であると言うのに、まさしく「方向性の異なる傍若無人」を体現している。
どの国の使者も、それなりの地位だったり地位に見合っていない立場の者もある……実を言うと、一皮むくと「逆に立場に見合っていない」と言う人物もいたりするのだが。その当たりについてはどうなのだろうか?
「どうだ? 貴殿らの方が私よりよほど相応しいと思うが?」
特に、ある国の使者の前に現れた時の顔は後に「夢に出てくる」と後に噂された程の表情をしていたと言われている……。
「さて、我は単なる使者であるが故。貴国の発言として持ち帰り会合を開くべきだろう……それが真実、本意であると言うのならば。
さりとて、『王』にならぬと宣言された以上は貴公に決定権があるわけではあるまい?」
「そう、私は真実の『王』が現れるまでの身代わりにすぎぬ」
飄々とした顔をした人物は、ある国……軍需大国の使者だったはずだ。
色合いこそ薄い茶系の色だが、どこか。
似た様な風貌をしている。
「ならば、貴公の言葉は国家としては意味を持たないのではないかな?」
「いや、私は真実この国を継ぐに相応しい者が現れるまでの繋ぎにすぎぬ。代行であろうと国を『ある程度』ならば動かす事は可能……ただし、私に嫁いだり私の子が生まれたとしても政略の道具にはならぬと言うだけの話。
それならば、彼奴らの方が相応しかろう」
にやり
色合いが異なる、どこか似た様な……そう。もう一つの特徴である「のっぺりした顔立ち」の人物二人は。
「それを? この国の者達は許すと思われるか?」
「許すだろうさ……ここで私を引き摺り下ろし、この命を奪えば自分達が諸外国に疑われ。あげく次に立たなければならないのは彼らのうちの誰か。
仮に、私と異なり彼らの意のままに判を押す様なものを担ぎ上げたとすれば我が国の様な小さな国は崩壊するしか道が無くなるだろう。
もっとも、それを求めると言うのであれば。その時に私はすでに存在しないだろうから「好きにすれば良い」としか言いようがないがな」
「おやおや……随分と責任のない発言ではなかろうか?」
「すでに命がうしなわれたとしたら、命に代える事も出来なければ首を以て責任を果たす事も出来なかろう……ああ、それとも魔術大国であるならば死人を蘇らせる事も可能なのだろうか?」
「我が国を巻き込まないで貰いたい……あい判った。
『国王代行』よ、我らは其方を迎え入れよう」
「宜しいのか?」
ざわりとした声が響いたのは、魔術大国の使者があっさりと認めたからである。
「構わぬよ、我が国は元より国王に求めるは血の濃さではない。
何より……他国の問題に口を出すなど、越権行為も甚だしいと言うものだろう?」
魔術大国の者も、軽い笑みを浮かべた。
静かに追随したのは、残りの国々だった。
「他国での出来事」と言われてしまえば、口出しをするには憚られるのは確かだ。
しかも、彼らは「新しく立つ王へ祝いを申し出る」と言う役目を果たしに来た「だけ」なのだ。ここで「話が違う!」と指を突きつけるのは彼らの役目ではない。
何より、一部の者はすでに気が付いていた。
『王とならなかった者』の言葉により周辺の大国は『王とならない事』を認められた人物の身に「不幸な出来事」が起きれば、それは内部での犯行を認めてしまう事となる。少なくとも、次の『王』を立てるまで安全でいて貰わなければならなくなったのだ。
他国の政治に口を出さない事、を前提とする事で彼らは『王の代行者』と言う存在を認めてしまった。
つまり、ここで『代行者』を殺害等した場合は「大国の意思に逆らう」と言う事になってしまったのだ。自動的に。
更に言えば、ここで真実『代行者』の身の安全が図られない場合は「国土に合わせて力のない国」として諸国へ弱い事を曝け出してしまう事となる。ただでさえ「生まれる前からの先祖の罪」を背負わされてちくちくとされていると言うのに、余計に攻撃材料を与えればどうなる事か……。
想像する事さえ、嫌がると言うものだろう。
ぐるりと見渡してみれば、言いたい事が山ほどあるだろうに視線を合わせようとすれば逸らされる。ここで取り押さえたりするには、大国からの使者と言う放置する事を許されぬ目を交わす事も出来ない。
加えて、自国の『王』とする筈だった者が自ら地位を継承しないと宣言した事で無理につかせる事も出来ない。
「さて……言いたい事はあるか?」
ある時代から、その国には『王』が立つ事は無くなった。
それにより、周辺の国々からは時に抗議を受ける事もあったそうだが『代行者』はこう答えたと言う。
「私には決めかねます、何故なら私は代行者……真実この国を率いるべき『王』へその要望は向けていただきますよう。
何なら、私以外の誰かに『王』としてたっていただき。その者と交渉をしていただいても宜しいのですよ?」
どんな要求も、どんな抗議も、後に代々『代行者』と名乗る様になった者は口を揃えたと言う。
そして。
胃薬と手を切る事が出来る様になったのが、初代『代行者』最高の功績になったと言われている。
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ある国では、非公式の場で小さな国の暴挙を見逃すのかと言う話が当然起きたと言う。
だが、言われた当事者達は軒並み「なら、其方が参りあの国へ直接言うか?」と言われると誰もが口を閉ざしたと言う。
どこぞの国から参列した人物は、密かに胸の奥に根付いていた輿入れをした人物を思ったと言われている。
「もしかしたら、この様に小さくとも敵に回り切らない者を造り上げると言う事こそ。
あの国土も国力も小さき国の、最大の攻撃なのかも知れぬな」
などと、嘯いたとかいないとか。
終わり
国王陛下のいない国 源 三津樹 @Inquest13
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