【短編版】え、神絵師を追い出すんですか? ~理不尽に追放されたデザイナー、同期と一緒に神ゲーづくりに挑まんとす。プロデューサーに気に入られたので、戻ってきてと頼まれても、もう遅い!~

宮城こはく

【短編】え、神絵師を追い出すんですか?

「おはよう、夜住やすみ あやくん。現時点で君はクビだ。席を空けてもらおうか」

「ふにゃあ……?」


 蛍光灯の眩しい光が目に痛い。

 寝ぼけながら寝袋から顔を出すと、枕元には冷たい顔でにらむおじさんが立っていた。


 えっと……誰だっけ?

 見たことがあるけど、名前を思い出せない。

 他人に興味がなさ過ぎて、名前を覚えるのが本当に苦手なのだ。


「誰だっけ……って思ってるだろ? 本当に困った新人だな……。とにかく、はやく寝袋から出ろ。机の下は寝床じゃない!」

「えっとえっと……偉い人!」

「部長だよ、ぶちょう! 君の所属チームのボス! まったく女のくせに連日のように泊まり込んで……。ここがどこなのか分かってるのか? 会社だぞ会社」


 そう言われてあたりを見回すと、寝袋の周りには常備中のお菓子やエナジードリンクの束。そしてお気に入りの美少女抱き枕まで完備されている。

 デザイナー用の液晶タブレットの周りにもお気に入りのフィギュアが並んでいて、見るだけで心が安らぐようだ。


 うんうん、相変わらず居心地がいいね!

 ここはゲームの開発会社に勤める私……『夜住やすみ あや』の作業机、そして寝床だ。


 スマホの時計を見ると、まだ午前九時。

 明け方の五時まで作業を続けてたので、せめてあと一時間ぐらいは眠りたい……。

 眠いまぶたをこすりながら、抱き枕をギュッと抱きしめる。


「おいおい、寝るな! それになんだ、その抱き枕。ライバル社のキャラじゃないか? フィギュアも他社のばかりとは、まったくけしからん!」


「ふわぁぁ……。フィギュアは他の人も飾ってますよぉ……。抱き枕も一応、肌色の少ない健全な奴だし。……引き出しの中にはもっと過激な奴がありますよぉ~」


「見せんでいい! それにフィギュアは俺も飾ってるから、それ自体はいいんだ。他社のキャラを飾るな! 自社愛が足りないんじゃないか?」

「えぇ……」


 さすがに趣味の世界まで踏み込むのは違うんじゃないかな?

 ……そう思うけど、やり取りするのも面倒なのでやり過ごす。

 この美少女抱き枕は私のモチベーションの要なので、大目に見て欲しい。


「もういい! ……とにかく、昨日の会議で今後のゲームの運営方針が変わってな。レアキャラの追加を終了してSSレアの増産に切り替えることになったんだ」


 私は今、デザイナーとしてスマホ用の運営型のRPGを作っている。部長さんが言うのはガチャで出てくるキャラの追加計画の話みたいだ。

 私の仕事は外注先の会社から納品されるイラストのチェック業務だけど、レアリティが上がるとなると、仕事は今まで以上に大変になるだろう。

 SSレアとなると『大当たり』の部類なので、相応のゴージャスさが必要になってくるのだ。


「SSレアかぁ~。気合が入りますねぇ。背景やエフェクト盛り盛りになるし、ポージングの難易度も上がるし~」


「聞いてなかったのか? 君はクビだ・・・・・と言っただろう。仕事が遅いだけなのに残業代で稼ごうとするな! チェック作業だけで会社に泊まり込み続けるなんて、迷惑以外のなにものでもないんだよ。そういう奴がいると周りの士気が下がるんだ」


 あれぇ、この部長さんは何を言ってるんだろう?

 納品されてくる絵が下手すぎるの、知らないのかな?

 先方のイラストレーターさんに基礎を教えようとたくさんの資料を作ったのに、「どこがおかしいんだ? 新人が偉そうに指導するな!」と怒られてしまったのだ。

 締め切りに追われ続けるので、今ではしかたなくイラストデータを引き取って私が全部直し続けてるんだけど……。


「あのぅ、リーダーから聞いてませんか? ちゃんと報告してましたけど……」


 私は説明しようとパソコンの電源をつけるけど、部長さんは待ってくれる気配もなくイライラしている。

 助け船が欲しくてアートリーダーの井張いばりさんの姿を探すけど、まだ午前なので姿が見えない。午後出勤が当たり前の職場なので、周りはしぃんと静まりかえっているだけだ。


「ああ? 井張からは『順調』としか報告を受けてないんだが? どうせ絵描きだから細かいとこばっか気になるんだろ! 素人目に問題ないなら問題ないんだよ。無駄な工数を増やすんじゃない! 今までの納品物は素晴らしい出来じゃないか」


「ええっと……たぶん、それって私が直した――」

「は? 他人の成果を自分の手柄にする気か?」


 言いかけた瞬間にバンッと机をたたかれて、「ひぃぃっ」と声を出して震えあがってしまった。

 このおじさん、怖すぎる!


「女だからと甘く見てもらえると思うなよ! チームメンバーが出社する前に、荷物をまとめて早く出ていけ!」


 部長さんは怒鳴った後、作業部屋をさっさと出て行ってしまった。

 扉を閉める前に「だから神野組かみのぐみはダメなんだ」とつぶやいていたけど、何のことだろう?

 神野かみのさんとは私がゲーム業界に入るきっかけになった恩人のことだけど、去年に退職されて、もういないのに……。

 私は呆気にとられながら、ぎゅっと抱き枕をだきしめるのだった。



 ……結局のところ、状況を確認したくてもリーダーは捕まえられなかった。

 いつものように「忙しいんだ。声をかけんな!」と言ってどこかに行ってしまったので、ため息をつくしかない。

 後任のチェック担当者に席を明け渡す形で、私はなすすべもなく作業部屋を去ることになった。

 新しい担当者さんってデザイナーじゃなかった気がするけど、絵の修正はちゃんとできるのかな?

 困った時には相談して……と伝えておいたけど、正直なところ不安しかなかった。



   ◇ ◇ ◇



「……え、あやちゃんってチームをクビになったの!?」


 クビになった日の午後のこと。

 休憩室で抱き枕をかかえてたとき、同期入社の真宵まよいくんに声をかけられた。

 彼はゲームの内容を考える『プランナー』だ。

 入社して三年が経つけど、私たち同期仲間は相変わらず仲良く交流している。


 真宵くんは心配そうな顔で私を見るや、自動販売機のコーヒーを差し出しながら私の隣の椅子に腰かけた。

 クビになった時の事を説明すると、彼は口をあんぐりと開けて驚く。


「彩ちゃんの席に別の人が座ってるから『異常事態だ!』って思ってたけど、そんなことになってるとは……」

「うん、困ったよ~。いきなり変な絵になったら、お客さんがガッカリするなぁ……」


「最初に心配するのって、そこ? 自分のことは?」

「え? だってお客さんのこと以上に大事なことってある?」


「……。うん、まあそうなんだけどね。ちなみに、今はどこに席があるの?」

「キャリア開発室だよ~。人事の人に案内されたの」


 宙を見上げながら『キャリア開発室』に席を移した時のことを思い出す。

 理由はわからないけど、妙に暗い空気が漂っていた。

 すでにいる何人かに挨拶しても返事が返ってこなかったので、みんなすごく恥ずかしがり屋なのかもしれない。


 キャリア開発室はなぜか倉庫の中にあって、なぜかパソコンもなかった。

 あれだと何もできないんだけど、どうやって仕事をするんだろう。


 不思議に思っていると、真宵くんは「あちゃーっ」と言いながら顔を覆ってしまった。


「彩ちゃん……そこって通称『追い出し部屋』だよ……」

「んん? どういうこと?」


「そもそも、うちの会社には表向きには『キャリア開発室』なんて部署は存在しないんだよ!」

「へぇ、そうなんだ?」


「あああ~~! 彩ちゃんって、絵を描くこと以外に興味なさすぎ! 組織図ぐらい、把握しておこうよ!」

「事務書類って、開くだけで眠くなるんだよね」


「……とにかくクビにしたい人を集めて、自分から『辞めたいです』って言わせるための部屋が『追い出し部屋』なんだよ。何も仕事が与えられず、何の情報も得られず、自主退職に追い詰める部屋なんだ……」


 そう言われて思い出すと、確かに仕事の指示はおろか部署の説明ももらえてない。

 やることがないから、仕方なく休憩室で抱き枕をかかえていたぐらいなのだ。


「絵が描けないのは困るなぁ……」

「はぁぁ……。話を聞いてるだけで頭が痛くなってくるよ」

「真宵くん、頭が痛いなら医務室に行く?」


「ああ~~もう! 誰のことを心配してるかわかってる? こんな神絵師をクビにしようだなんて、馬鹿らしいから怒ってるんじゃないか~」

「神絵師?」


「彩ちゃんのことだよ! プライベートの作品を見せれば、だれでも絶賛するに決まってるのに!」

「いやいや、無理言っちゃだめだよ~。会社の人にバレたくない……」


 実は私、『イロドリ』というペンネームのイラストレーターとして活動しているのだ。

 ライトノベルのイラストを担当したこともあって、それなりに仕事ももらえてた。

 だけど憧れのクリエイターと一緒に仕事がしたくって、こうしてゲーム会社に就職を決めたというわけだ。

 ちなみに、個人の活動を会社に知られると面倒になりそうなので、プライベートな作品は絶対に秘密にしている。


「う~ん。……それもそうだよね。ネット上の彩ちゃんって、なんていうか……色々とアレだし」

「アレ?」


「作品が微妙にエッチ方面だし、なぜか男って設定で活動してるし。……うん、イロドリ先生のことは会社には秘密にしておいた方がいいね!」

「なんだよ失礼だなぁ~。心の中の少年が活発なだけなんだよ」


 なんというか、私は昔から好みや趣味が男の子向けに偏っているのだ。

 現実ではどうしても女性として扱われるけど、ネットだとそういうフィルターを外して活動できるので楽だった。



「とにかくね、さすがにクビは酷いって僕は思うわけだよ。うちのチームに入れてもらえるように頼んでみる!」


 真宵くんはスマホを耳に当てると、誰かと話し始める。

 彼はいつも親身になってくれて、本当にいい人だ。彼が同期でよかったと、心から思うのだった。


 だけど電話相手との話はどうもうまくいってないらしく、落ち込んだ表情で彼は電話を切る。


「……ごめん。神野組は入れられないって言われちゃった……」

「神野組……。そういえばそれって、どういうこと?」


 部長さんが立ち去るときの一言を思い出した。


「彩ちゃんって去年まで、あの伝説の神野ディレクターのチームにいたでしょ?」

「うん。ハイクオリティを目指してこだわって作ってて、職人魂を感じたなぁ……」


「あの伝説のチームが『神野組』って呼ばれてるんだけど、製品がヒットしても、かけすぎた予算を回収しきれなくて。だから今年度の組織改編でチームが解体され、神野さんは追い出されちゃったってわけなんだ。……さすがに在籍してたんだから、知ってる……よね?」

「はぁ~それが原因だったんだ……」


「オーケー、オーケー。彩ちゃんは仙人みたいな人だからしかたない。……とにかくね、そのせいでウチの会社も傾きかけたわけで、『神野組の残党』は『こだわるばかりの金食い虫』って厄介者扱いされてるんだよ」


 だから部長さんも『神野組は一掃すべき』なんて言ってたのか。

 当時は本当にただの新人としてチームのはじっこにいただけなんだけど、それでも恨まれてるのかぁ。

 私が泊まり込みで残業してたのは『こだわり』以前に『素人目にみても出来が悪い』から直してただけなんだけど、部長さんの冷たい態度の理由はなんとなくわかった気がした。



 その時、すぐ近くからどす黒いオーラのようなものが漂ってきた。


「なんだ夜住くん。仕事もないのに出社するなんて、給料泥棒ってやつじゃぁないか?」


 唐突に声をかけられて顔を上げると、自動販売機の前に部長さんが立っていた。

 私たちの方に薄笑いを向けてくる。


「社内ニートなんてなりたくないねぇ。もし俺がそうなったら、会社にはいられないなぁ」

「部長、さすがにちょっと言いすぎです」

「なんだ真宵。お前はサボってる場合か? 企画書ぐらい、ちゃちゃっと提出しろよ。じゃあな」


 部長さんは真宵くんを一瞥いちべつすると、鼻歌交じりに立ち去っていく。

 真宵くんは……一瞬で表情が暗くよどんでしまった。



「元気ない? 抱き枕、だいてみる?」

「い、いや。さすがに遠慮しておくよ。それに彩ちゃんにとっての抱き枕って、命綱だし」

「それは言い過ぎ……でもないかも」


 私は抱き枕をだいてるだけで安心する人間。

 推しキャラがくれる勇気と元気が、現実世界の私を動かす原動力なのだ。

 もし手放したとすれば……無口なネガティブ無気力人間になってしまう。

 さすがに通勤中は抱き枕に頼るわけにはいかないので、仕事があろうとなかろうと、抱き枕と一緒にいられる職場は安心できるのだった。


 真宵くんは私との会話で少し緊張が解けたのか、話し始めてくれる。


「……実は新しいゲームの企画書を書いてるんだ」

「新しい企画! いいな、楽しそう。任せられるなんて凄いねえ~」


 企画書と聞いて、私も心がウズウズしてくる。

 うちの会社は原作付きのゲーム化や続編物ばかりの印象だったので、新しいゲームというだけで新鮮だった。


「凄くないよ。……捨てる予定の企画書を作るんだ。モチベ、あがんないよ……」

「捨てる……予定・・?」


「うん。本命の企画を通すために、わざとボツの企画書を作るんだよ。ひとつの案の良し悪しを論じるより、複数を比較したほうが本命が選ばれやすいってことなんだ。……それにしても、わざとダメなゲーム企画をつくるなんて、拷問だよ……」


「……本命の企画って、誰がつくるんだい?」

「部長……だよ」


 真宵くんは辛そうに顔をゆがませ、いつまでもため息を吐きだすのだった。



 モノづくりは最高に楽しい仕事のはずなのに、なんでこんな辛い思いをしないといけないんだろう。

 そう思った時、いつの間にか私は立ち上がっていた。


「真宵くんが面白いって思うものを、本気で作ってみようよ!」


 ビックリした顔の真宵くんに向かい合い、思いが口から飛び出していく。


「複数の企画で競い合うっていうやり方自体は、とってもいいと思うんだよ。でも部長さんのは八百長やおちょう試合みたいで、なんかカッコ悪くないかな? 企画を通すことが目的になってて、お客さんに楽しんでもらう意識が抜けてると思う」

「彩……ちゃん?」


「企画づくり、手伝っていいかな? 面白いと思えるものをちゃんと作って、私たちで本命企画を倒しちゃおうよ! ……そのぐらいの気持ちでぶつかり合わないと、いいものが生まれるわけがない。それに『楽しさ』に向き合えれば、真宵くんも元気になれると思う!」


 そう、お客さんのことを第一に考えるべきなのだ。

 それが『遊び』を作り出す者にとって大事だし、後ろ向きの気持ちでは『楽しさ』を生み出せない。

 ボツ前提の捨て企画?

 そんなのチャンスに変えればいい!



 でも真宵くんはというと、冴えない顔で頭を振るばかりだ。


「……ありがとう。でも無理だよ。捨て企画になってるかどうかチェックされるし、本気の企画をつくるにしても余裕が……」

「じゃあ捨て企画と本気企画のどちらも作ろう!」


「でも時間が……」

「私が絵を描くし、アイデアも出すし、捨て企画をつくるのだってやるよ!」


 言いかけた真宵くんを私はさえぎる。

 言い訳する時間があれば、動いたほうが何倍もいいに決まってる!


「ほーらここに、時間とパワーが有り余ってるデザイナーがいるのだよ! 追い出し部屋なら、こっそり作るのにもちょうどいいし!」


 私がヒマになってしまったのも、今日ここで真宵くんとお話したのも、きっと運命なのだ。

 せっかく監視の目がない『キャリア開発室追い出し部屋』に異動になったんだから、この状況を利用しない手はない。

 パソコンがなくっても、紙とペンがあれば絵が描ける。

 私を止めることなんてできないのだ。

 モノづくりこそが私の生きがいなのだから――。



   ◇ ◇ ◇



 彩と真宵が本気の企画を着々と作っている頃。

 アートリーダーの井張は新しい部下の泣き言にほとほと困り果てていた。


「いくら修正依頼を出しても、直してくれないんです……」

「修正依頼の指示出しだろ? 新人の夜住ができてたのに、お前ができない訳ないだろ」


 彼はうちのイラスト制作ラインに最近加わった中堅どころのプランナー。夜住の後任として、部長が連れてきた人物だった。

 彼は外注管理の経験ぐらいあるわけだし、外注会社は俺が腕を見込んで契約したわけだから、そんなに大変な仕事のわけがない。

 以前は夜住も同じようなことを言っていたが、「うちはクライアントなんだから、ガツンと言うだけでいいんだ」と伝えた後は順調にイラストが納品されるようになった。

 だから、今回も言葉を変える必要はないのだ。



 しかし、部下はなおも追いすがってきた。


「直しをお願いしても『工数が増えるから請け負えない』の一点張りなんです」

「デザインの設定資料と違うところを直すだけだから、たいした工数じゃないだろ? 俺は部長の新企画で忙しいんだから、お前が何とかしてくれ」


「でも、この絵を見てくださいよ。全体的になんか違和感が凄くて……。デッサンが狂ってる気がするんですけど、僕は絵が描けないので具体的な指摘ができなくて」


 プランナーのくせにデッサンがどうとか、本当に分かってるのか?

 不愉快に思いながらプリントアウトされた絵を見て、愕然とした。


 設定との間違い探しをするどころの話じゃない。人体の構造に違和感がありすぎる。よくよく見れば整合性は取れてるけど、一見しての魅力が全くなかった。

 これは……あれだ。

 3Dモデルにポージングさせてトレースした絵の典型だ。肉も間接も固すぎて、人形っぽさが隠しきれてない。

 これを描いた絵描き本人はデータを信じて立体的に正しいと思い込んでるから、無意識にこの違和感に蓋をしてしまうわけだ。



「これ、先方のイラストレーターが変わったのか?」

「いえ、去年からずっと変わってないそうです。依怙地いこじさんって人で……」


 ……違う。

 最初に紹介された担当者の名前じゃない!

 でも、つい最近まで最初のイラストレーターと同じ絵柄だったはず……。

 なにがなんだか意味が分からなかった。


「とにかく次の締め切りがもう間近に迫ってるんですっ! 井張さん、助けてくださいよ~!」

「くそ、俺は企画書の絵作業があるんだ! と、とにかく外注先に修正させろ。わかったな!」



 まだこの時、俺は気付いていなかった。

 いや、忙しさにかまけて気付かないふりをしたかったのかもしれない。

 ――外注先で勝手に担当者が変わっていたことに。

 ――そして、夜住 彩が最初のイラストレーターの絵柄に合わせて修正し続けていたことに。


 忍び寄るチーム崩壊の足音を、まだやり過ごせると信じていたのだ。



   ◇ ◇ ◇



 ついに迎えた企画会議の日。

 これは部長として会社に貢献し続けてきた俺にとって、世間の名声を得るための第一歩となるはずだ。

 天才だとちやほやされていた神野を追放し、ようやくここまでたどり着いたのだ。


 ……それが、こともあろうか部下である真宵はおろか、追い出し部屋に追放した夜住に邪魔されるとは思いもよらないことだった。



 言いつけ通りに捨て企画は用意されたものの、もう一つ別の……見たことのない企画書が会議机の上に配布されている。

 夜住を追放してから二週間しかたっていないのに、どういうことか多数の絵素材で彩られた企画書が完成していた。

 中身を軽く見てみたところ、新人とは思えないほどにしっかりしている。

 どうやってこれを作り上げたのか……意味が分からなかった。


いかり部長、どうしたのかなぁ~?」

「こ……これは今日の企画会議に出す予定のないものなので、すぐに取り下げます」

「いいから見せてよ。なんかイイ感じの絵が描いてあるじゃ~ん」


 ネットリとした口調でしゃべる若造は、親会社の下高したたかプロデューサーだ。

 販売機能と資本を持つ親会社を前にしては、逆らうことなんてできるはずがない。

 予算を獲得するためなら、嫌でも頭を下げる必要があるのだ。


 この若造は真宵たちの企画書をパラパラとめくった後に、ニヤリと笑った。


「こっちを次に進めよっか~」

「ちょっと待ってくれ!」


 若造が選んだのは俺の企画じゃない。

 あろうことか真宵の企画だった。


「この企画書を書いたの、だ~れ?」

「はい、僕と彩ちゃんが……」


 真宵がおずおずと手を挙げるので、俺は「黙ってろ」と一喝する。

 新人どもにはこの場の発言を許してないのだ。

 制御が効かない夜住も、なぜか抱き枕を取り上げたらスイッチがオフになったように静かになったので一安心だ。


 とにかく、このいけ好かないプロデューサーの判断が納得できないので食い下がる。


「下高さん、ちょっと待ってくださいよ。元々の要件に合致してるのは、明らかに俺の企画でしょう? メインターゲットの小学生高学年男子にも合う内容になってるはず!」


「高学年男子のこと、ほんとに分かってる~? 碇部長の企画だと、もっと低年齢向けっていうかファミリー向けっていうか……。刺激が感じられないんだよねぇ~」


 そして若造は俺から目をそらすと、隣に座るデザイナーの井張に目を向ける。


「あとさぁ。絵素材が入ってないページや途中段階の絵が多すぎるんだけど、やる気あるのぉ~?」

「す……すみません。別プロジェクトの進行に問題が発生してしまい、対処に時間をとられてしまいまして……」


 井張は歯切れ悪く答えるだけだ。

 こいつが「順調」というから任せていたのに、イラストの制作ラインが急に崩れたとか言い始めたのだ。

 アプリのガチャ更新を延期する羽目になるし、大事な新企画には間に合わないし、本当に酷い状態だ。


「それはそっちの都合でしょ? うちにはカンケーないもん。大事な会議に遅れちゃうし、君や碇部長に任せるのは不安になっちゃうな~」


 くそ、くそくそくそ!

 なんでこんなことになった?

 誰のせいなんだ?



 この後、俺は下げたくない頭を深々と下げ、ユーザーに対する受容性の調査を願い出た。

 メインターゲットとなる子供たちを集め、実際に企画書を見てもらって反応をうかがうのだ。


 あの若造が「ボクの感覚が信じられないんだ~」とイヤミったらしく言っていたが、そんなの当たり前だ!

 親会社が何と言おうと、調査結果を前にすれば文句は言えない。


 井張の作業時間を確保することだけが課題だが、まあ追加人員を投入すればなんとかなるだろう。


 新人の企画に負けるなんぞ、あってはならないのだ――。



   ◇ ◇ ◇



 企画会議が終わって、取り上げられていた抱き枕をギュッと抱きしめる。

 はひゃ~~。ようやく落ち着いたよ~!

 私は枕に描かれた美少女に頬ずりをして、気力の回復を図るのだった。


 会議室で抱き枕を取り上げられた後からはほとんど意識がなかったけど、真宵くんと私の企画はプロデューサーさんに大絶賛だったらしい。

 そして部長さんの提案で『追加の受容性調査』っていうのをやることになったみたい。

 私たちの企画も資料をもっと追加する必要があるので、これからも大忙しだ!



 拳を握って気合いを入れていると、古巣のリーダー井張さんが近寄ってきた。


「夜住さん……。申し訳ないんだけど、イラストのチェック作業を手伝ってもらえないかな」

「チェック作業……。でも、企画書の追加資料づくりがあるのです……」


「あの量を修正しつつクオリティを維持できるの、夜住さんしかいないって話を聞いたんだ! 頭を下げるからさ、お願いできないかな?」


 これは困った。

 確かに最近、古巣で運営中のゲームがネットで炎上しているらしい。

 ガチャのイラストが下手になったせいで、ユーザーの大不評を買ったようなのだ。

 制作体制の見直しということで次のガチャ更新が延期になったというし、私の不安は的中していた。

 お客さんの満足のことを考えると、手伝った方がいいかもしれない……。



 その時、私を守るように真宵くんが前に出た。


「理不尽に追い出したのに、手伝ってくれなんて勝手すぎる。もう遅いんです!」


「いや……ね。ちょっとでいいんだ。ちょっと手伝ってくれるだけで」

「そう言ってズルズルと引き込もうったって、そうはいかない。彩ちゃんは僕のパートナーだ。彼女のスケジュールはもう、埋まってるんですよ!」


 啖呵たんかを切る彼の姿に、思わず見惚れてしまう。

 企画会議を乗り越えたからか、その背中はとっても頼もしく見えた。


 私も勇気をもらって口を開く。


「井張さん……提案ですけど。私が作ったイラストのノウハウ資料を改めて使ってみては? リーダーの立場で伝えれば、相手も聞いてくれるかも」


 外注先の人に絵の基礎を教えた時、「新人が偉そうに指導するな」って怒られた。

 ……ということは、新人じゃなければ言うことを聞いてくれるということだ。

 井張さんはリーダー的なお仕事ができるわけだし、イラストの品質も上がるはずだし、私は仕事に専念できる。

 適材適所って、こういうことだろう。


 井張さんはその後、トボトボと肩を落としながら去っていくのだった。



「いや~よかったよかった。君らが仕事に集中できそうな雰囲気でよかったよ」


 急に拍手が聞こえて振り返ると、背後にはさっきのプロデューサーさんが立っていた。


「モメそうなら出て行こうと思ったんだけどねー。ボクは別会社の人間だし、よその人事に口出しできないから、丸く収まったみたいでよかったよ~」


 プロデューサーさんはちょっと軽薄そうで、笑った顔だけでは本心が見えにくい。

 ――なんか苦手なタイプかも。

 モノづくりの人間から見れば、商売人タイプの人は話題やノリが合わないことが多い。

 でもモノを作って売るためには大切なパートナーなので、うまくやっていけるといいな。


 真宵くんはというと、私と違って堂々と対面している。


「下高さん。企画書を褒めてくださって、ありがとうございます」

「はっはっは。褒めてないよ~。さすがに企画内容はまだまだ粗いし、実現性や予算規模にハテナが付くから、このままではダメ」


「でも、次に進めていいんですよね?」

「うん。今回は絵に救われたね! ポップでかっこよくて、でもリアリティも感じられる。……ま、そういう理由はともかくとして、『売れそう』ってピンと来たんだよね!」


 プロデューサーさんは私に向かって親指を立てる。


 その瞬間、胸のあたりがくすぐったくて仕方なくなった。

 警戒していた気持ちがいとも簡単にひっくり返り、小躍りしたくなるぐらいに軽くなる。


「ありがとう……ございます……」


 このプロデューサーさんのことはよくわからないけど、あの怖い部長さんが頭を下げるぐらいだから、きっと凄い商売人なんだろう。

 そんな人が『売れそう』って言ってくれた。


 私は高尚な芸術家を気取りたくはない。

 なるべく沢山の人に売れる・・・絵が作りたい。

 なるべく沢山の人に好き・・って言ってもらいたい。


 だからこそ、商売のプロに褒められてニヤニヤが止まらなくなってしまった。



「それにしても……なんかこの絵柄、イロドリ先生に似てるんだよなぁ」


 その唐突な一言で我に返ると、プロデューサーさんは私の絵をじっくりと見ていた。


 まさかピンポイントで真実を見抜いてくるとは。

 プロデューサーの目はあなどれない!

 個人的なお仕事は絶対に秘密なので、バレるのはマズいなぁ……。


 ドキドキしながら様子をうかがってると、プロデューサーさんは笑顔で顔を上げる。


「いいじゃん! イロドリ先生は中高生にも人気だし、あの絵柄はどんどん真似ればいいと思うよー。頑張って!」


「あ、はい。……もっと真似してみます」

「期待してるよん。じゃ、調査の日程が決まったら連絡するから。またね~」


 プロデューサーさんはそう言うと、颯爽さっそうと去っていくのだった――。



 廊下に二人だけとなり、私は真宵くんと顔を見合わせる。


「彩ちゃんが先生本人だとは……バレなかったみたいだね」

「うん。……でも、しっかり絵柄を変えたつもりなのに、見抜いちゃうのは凄いと思う」


 今回の企画書の絵はメインターゲットに合わせて普段よりもずいぶん絵柄を変えている。

 それなのに見抜かれたということは、無意識に癖が出てたのかもしれない。


「もっと普段の絵柄に寄せてもいいっぽいね」

「う~ん。バレるのは困るし、改めて絵柄を研究してみるよ!」


「じゃあ、僕も企画を練りなおそう! 彩ちゃんの絵に応えなきゃね! ……それにプログラマやシナリオライターも見つけなきゃ。忙しくなるぞ~!」


 私たちはやる気いっぱいに拳を握りしめる。



 イラストのチェック作業もやりがいがあったけど、ゲームをゼロからつくる体験は何よりも刺激的で、面白い。

 そして何よりもこのチャンス……。暇な『キャリア開発室追い出し部屋』に追放されたから、つかめたのかもしれない。


 私をクビにしてくれて、ありがとう部長さん!

 ありがとう井張さん!


 これから私たちは『面白くていっぱい売れるゲーム』を作るのだ。

 ――すべてはお客さんの笑顔のために!



【お知らせ】

明日1月23日の朝より、連載版の公開を開始いたしました!


■連載版

https://kakuyomu.jp/works/16816452218255310888


この短編をより詳しく描きながら、さらなる展開も公開予定です!

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