第3話

 依頼者が死亡、依頼も中止との報を受け、内藤が神経質に瞬きを繰り返す。


「ちょっとぉ要くぅん。どーゆーことよぉ」

『アイツ、闇金に手を出してたらしく、そこの回収部隊がやったらしい』

「もしかして、報酬も闇金だったぁ?」

『更に別なとこから借りたらしくて、闇金同士の奪い合いになってる』

「あら大変ねぇ」

『悪いことに、実は報酬は既に貰っていて、そこのマスターに預けてある』


 内藤はマスターを見た。マスターの顔が白髪に負けないほど白くなっている。もしかしたらニュースで殺人の成果を確認ということも嘘なのかも、と内藤は感じた。

 内藤には秘密で、要とは話がついていたのだろう。

 あとで代償はもらわないとね、と内藤はほくそ笑む。

 それはそれとして。


「もしかして、ここも巻き込まれる?」

『もしかしなくっても、だな』

「あらあらあらあら……」


 内藤はスマホ片手に立ち上がる。


「マスター、アレ出して」

『おい、なにするつもりだ』

「なにって、降りかかる火の粉は振り払うにきまってるじゃないのぉ」

『おいおいおいおい、おい!』

「要君も、生き残ってねぇ。またここで乾杯しましょぉ」


 内藤はそこで会話を切った。蒼白のマスターが革のハンドバッグを手にしている。

 マスターから優しくハンドバッグを受け取った内藤は中身を確認し、蕩けるような笑みを浮かべた。


「さぁーって、殺しができなかった鬱憤を、晴らさせてもらうわよぉ」


 内藤は内ポケットに手を忍ばせ、小型の拳銃デリンジャーを取り出した。手のひらに収まるほどの大きさの、銃身が上下ふたつある中折れ式ダブル・デリンジャー。

 小型だが、殺傷能力は十分だ。

 ピカピカに磨かれた鈍色のデリンジャーをカウンター端の壁に向けた。


 パァン


 軽くも腹に響く音で発射された弾丸は、壁にある照明スイッチを破壊した。薄暗かった店内が闇に堕とされる。


「マスターはその辺で見物しててねぇ。間違っても出てきちゃダメよぅ」


 デリンジャーを内ポケットにしまい、内藤はハンドバッグから細い筒を取り出した。


「マスターは刺したくないから、さ」


 言い終えた瞬間、内藤の気配が消えた。マスターの目には闇しか見えず、すぐそこで呼吸が聞こえていたのに、壁ができたように何も聞こえなくなった。

 闇と同化した内藤は無音で動き出す。重苦しい空気を掻い潜り、入り口のドア脇に立った。

 静寂がセントラルに横たわる。

 身を侵食する息苦しさに呼吸が荒くなりかけたマスターは、ハッとしては両手で口をふさいだ。

 表から声が聞こえてきていた。

 日本語ではない。

 ドアの向こうに複数の気配。

 内藤の頬が吊り上る。

 ドアノブが捻られる。

 僅かにあいた隙間から明かりが差し込む。

 古ぼけた電飾に床が照らされ、毒々しく明滅する。

 ギラリと光る何かがぬっと侵入してきた。

 青竜刀だ。

 手に青竜刀を持つ影が静かに入ってきた。影が3回、光を遮る。


「空気ぬくい。いる」


 片言の日本語は、中に隠れているであろうに向けたモノだ。

 狭小な空間用の近接武器を敢えて見せつけ、恐怖を植え付ける。

 狼狽は冷静さを失わせ、判断を狂わせる。

 なで斬りも容易い。

 内藤は、焼き鳥の串ほどの長さのを持っていた。逆手に構え、こりなく闖入者のももを突き刺した。


「ぎゃぁぁぁ!」


 絶叫と同時に内藤がドアを蹴り、逃げ道を塞ぐ。

 また、店は闇に支配された。

 闖入者は青竜刀を構えた。

 お互いの背を合わせ、死角を封じている。


「あがぁおごぅるうぁぁぁ」


 最初の犠牲者は人間の言葉を発してはいない。大きく体を逸らし、痙攣を繰り返している。

 内藤は床でもがき続けている人物の首を掴み、青竜刀に投げた。

 気配を察知したのか、青竜刀が一閃。胴体を真っ二つにした。 

 その間隙を突き、内藤はその青竜刀の根元に針を刺す。

 瞬時にバックステップ。

 鼻先を刀がかすめた。


「あがゲガぐガ」


 悲鳴と床に落ちる金属音。残された青竜刀がドアに走る。


「甘いのよねぇ」


 内藤の手にはデリンジャー。

 逃げるその後頭部に、弾丸がめり込む。への出口に辿り着けず崩れ落ちる影。


「おっと忘れてたわぁ」


 内藤は床で泡を吹いている影に近づく。


「フッ化水素酸は苦しいものねぇ。狂っちゃう前に楽にしてあげるわぁ」


 内藤は影の首を踏み抜いた。骨が砕ける音が店に響く。そして、劇薬のフッ化水素酸を塗布したテフロン製の針を、背後に投擲した。

 針は、背後から青龍刀を持って忍び寄っていたマスターの首に刺さる。大きく目を開き、のどをかきむしるマスターが膝から崩れ落ちた。


「ほんと、やりたくなかったわぁ」


 内藤はデリンジャーのバレルを開き、弾を入れ替える。カランと床で乾いた音。

 ゆっくり足を運び、大きく痙攣し背中で床から跳ね上がっているマスターに、デリンジャーを向けた。


「はぁ、またひとりかぁ」


 闇の中、銃砲が哭いた。

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オネェは新月に暗躍する 凍った鍋敷き @Dead_cat_bounce

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