高架下のアヒル
日々菜 夕
第1話
この物語はフィクションです。登場する人物。地名、団体名等は全て架空のものです。
何が起こったのか分からなかった。
父が郊外に家を建てたため学校までの往復はバスと徒歩で。今は帰り道だったはずである。
いつものバス停で降りて家に向かって歩いていたはずである。
背中からさす夕日が自分の影を長く伸ばしていたのはなんとなく覚えている気がする。
それなのに、直感的に『あぁ、これで終わりなんだ』不思議とそれだけは理解できた。
指先の動く感覚も分からなければ、目を開けているのかすら分からない。
兄を部屋に閉じ込めて自由を奪い続けたバツと考えればなるほどなっとくな末路だと思えた。
笑みを浮かべている感覚がした。
少なくとも兄が誰かと付き合う姿を見ずに終わったのだから――
*
男と女が会話しているのが聞こえる。
両方とも中年くらいの声色。
どうやら次の利用目的が決まったらしくそのうち合わせと言ったところだろう。
これが何度目の事なのか分からない。記憶はないのに知識だけがある状態というのは地に足が付いていないみたいで落ち着かない。
「丁度いいサンプルってのは理解するけど、少しは状態見てから持って来なさいよね! 瀕死じゃないの! それと治す期間はこっちで決めて良いのよね?」
「あぁ、かまわない。それよりも複製を急いでくれ」
女の方はややイラついていて、男の方は明らかに焦っていた。
ほどなくして複製は終わる。
「あなたは誰になったのか理解しているわね?」
「はい、白川 美乃梨(しらかわ みのり)です」
そう口にする彼女には複製する元となった傷が少なからずあり、血も流れ出ている。
頭部の傷が特にひどく頭蓋骨にはヒビが入っていた。
その一方で治療液に満たされたカプセルの中には横たわっている本体が眠っている。
衣服の類は一切身に着けていない。複製された方が身に着けているからだ。
複製体が服を身に着け終えると、待ってましたとばかりに男が担ぐ。
ケガの状態からその方が早く事が済むと判断したからである。
人里から少し離れた別荘地の一つが彼らの拠点であり外観からは中がオーバーテクノロジー満載の研究施設だとは判断できないようになっている。
男は、全速力で建物から飛び出すとワゴン車の後部座席に複製体を――やや乱暴に押し込む。
「んっぐっ!」
ぐもった声が聞こえるがさして気にした様子もなく車のエンジンをかけて猛スピードで事故現場に向かう。
辺りに誰も居ないのをよく確認してから白川美乃梨を拾った場所に――全く同じような状態で放置する。
そして電話をかけながら、来た道を戻って行ったのだった。
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