第56話 私達ってね、誰も正しくなんかないんですよ。


「絶景の雪化粧だな……。なあ、レイス!」


 飛空艇ノーチラスセブンの舵を握りしめて、その手を器用に右へ左へと回して追い風の気流を掴みながら、この飛空艇の所有者であるルンが叫んだ。

「……うん。そうね。奇麗だね」

 彼の隣に立っているレイスは、真正面に見えている万年雪をかんむっているグルガガム大陸の大山脈の山々を眺めて、時よりなびく風で前髪が乱れるのを両手で抑えながら、気流に負けないくらいの大きな声で言い放った。

「どうだ!」

 舵を回しながらルンが嬉しそうに唇を開けて笑顔を作る。

「なに? どうだって」

 意味不明の言葉を聞いたもんだから、思わずレイスが彼の横顔を見る。


「この飛空艇の乗り心地のことだぞ」

「乗り心地って?」


 自分の操縦の上手さをレイスに自慢したいのか?

 彼女はジト目になると、

「ああ……、そういうことね。私だって飛空艇の免許を皆伝された身だから言わせてもらうけれど、上手いんじゃない? 流石はベテラン操縦士って思うわ」


「そうじゃないって……レイス」


 自分が聞きたいことは操縦の上手さなんかじゃないんだと、ルンは首を左右にグングンと振って、

「なにが……そうじゃないって」

 たまらず、レイスも聞き返すと、

「乗り心地のことは、そうなんだけどさ! 俺の操縦の上手さなんかじゃなくて、」

「なくて……なに?」

「つまりさ、グルガガム大陸の北東地域は……つまりこの辺りは極寒の地だから、こうして飛空艇で雲間スレスレを飛んでるとな……極寒死してしまうだろ普通は」

「ああ……、そういえば私達って思いっきりデッキに上がって立って前方やら側面やらの景色を眺めているんだったね。よく私達って死んでいないね」


 よく考えてみれば、すぐに理解できることだった。

 飛空艇は要するに『船』である。

 その船というのも、名作RPGに登場するような――帆船はんせんのような構造である。

 しかも、舵はデッキにあるからして気流の影響をモロに受けてしまう。


 だったら、屋内に操縦室を作ったらと思うかもしれない。でも、よく考えてみてほしい……。屋内に舵があると、雄大な景色を見ることができない。

 飛空艇というのは、もう一度……船である。操縦していて景色が見えないなんて、飛空艇乗りとして面白くもなんともないのである。


 無論、ルンもそう思ってこの飛空艇ノーチラスセブンを購入したのだ。

(まあ、帆船のような飛空艇は安いから……という理由もあるのだけれど。こっちの方が優先されたのかもしれないけれど)


「この『バリアせき』があるおかげだぞ! レイス」

「バリア石? ってさ、なに??」

「ほら、飛空艇の先端部分に括り付けてあるだろ……、青く光っているあれだ」

「……ああ、あれってバリア石だったんだ。私はてっきり対向してくる飛空艇に合図するための警告灯だと思ってた」

 レイスは気流で揺れる前髪を両手で押さえながら、目を細めて飛空艇の先端部分を見つめた。

 そこにはルンが言うように、かつて港町アルテクロスのスラム街でレイスがかっぱらった“ドラゴンフルーツ”くらいの大きな青い石がロープで括り付けられていた。

「あの石があるおかげで、俺達は極寒の地を飛んでいても寒くないんだ。ちなみに、サロニアム大陸の砂漠地帯だったら、とっても涼しくて快適だぞ」


「……へえ。じゃあさ」

 くるっとルンの方へと身体を向け直すレイス。

「私達がサロニアム・キャピタルのお城に向かう時に、どうしてこの石を飛空艇に着けていなかったわけ? あの石があったら、私達ってもっと快適にサロニアムの砂漠地帯を越えられたんじゃないの?」

 腕を組みながら、レイスの視線は再びジト目になった。

「そう言うなって、レイス! あのバリア石ってのはな……けっこう値が張るんだから。木組みの街カズースでは、飛空艇に乗る時には石が必須アイテムだから安かったんだ。だって、サロニアムの砂漠って、そんなに極暑ってほどじゃないだろ?」

「そうだけど……。私も砂漠の気候には耐えられたし」

「だから、サロニアム大陸ではバリア石は高値なんだ。高級品だな。港町アルテクロスなんて気候は温暖だから、尚更値が張るし――」

「ふーん。そんなもんなんだ……」

 組んでいた腕を下して、レイスは納得したのだった……。




「――そうだぞ、レイス姫。あのバリア石ってのは高級品でな。あたしも密輸業を生業なりわいにしていた頃にはよく大陸間を運んだものだ」

 デッキの横にいくつか連なっている木箱、その一つに乗っかりながら相棒? ……の魔銃の手入れを欠かさないイレーヌがその魔銃を大切そうに磨きながら呟いた。

「もう……だからイレーヌって! 姫は付けないでって言ったじゃん」

 頬を赤らめて、恥ずかしそうにレイスが叫んだ。

「でも、アルテクロスの姫であることは当然なのだから……」

 磨いている手を止めるイレーヌは、どうして姫と敬称をつけることを恥ずかしがるんだか、いまいち理解できなかった。

「でも! レイスって呼んでくれる? 同じ飛空艇仲間なんだしさ……」


「そうか……。じゃあ、わかった」

 飛空艇仲間――レイスはそう言って、するとイレーヌは自分が若かりし頃の(といっても十数年前のことである)、サロニアム城で上級メイドとして働いていた時に、幼い王子――ルンの幼少期が脳裏に浮かんだ。

 この上級メイドという職であるが、イレーヌはアルテクロス城から“忍者”として、つまりスパイとして潜入していた隠れみののようなものだった。

 それでも、狭き門のサロニアム城のメイド職――まあ、そこに目を付けたのがアルテクロス城のあの泣く子も黙る……の彼だったのだけれど。


「ほら……言ったじゃないですか? わざわざ私にさ……木組みの街カズースの名物温泉に一緒に浸かっている時にレイスさんに姫とつけていいのか、否かって相談してきて。やっぱし、私がアドバイスしたように付けない方がいいっていったじゃないですか」

 アリアもイレーヌと同じように隣の木箱の上に座っている。

「ああ……、アリア。あんたのアドバイスが正解だったな。失敬だな……あたしは」

 魔銃を横に置いてから、イレーヌは両手を膝の上に乗せて深々と頭を下げた。


「あ……アリア。私はそんなつもりで姫って付けなくていいからって、言ったわけじゃないから……だから、そんなに深刻に考えなくても」

 どうして謝られるのか?

 アルテクロスのスラム街で育ってきた、新米飛空艇操縦士も兼ねるレイスに後の王女としての帝王学なんか身についているはずもなく……。

 スラムのスリ常習犯としての記憶と経験から、自責の念がすぐに脳に浮かんでしまい、罪悪感からどうしても相手を責めることを躊躇ためらってしまうレイスだった。


「ほら……、イレーヌさん、頭を上げましょうよ。ほんのちょっと会話の行き違いだけで、頭を下げちゃ飛空艇仲間のみんなも息苦しくなっちゃいますからね」

 ずっとイレーヌの傍にいるアリアだから、彼女のこうした生真面目な性格は十分に承知している。

 サロニアム城の上級メイドとして生きてきたことも聞いた、忍者として生きてきたことも話してくれた。

 それから運び屋になり、情報屋としてサロニアム城の秘密――聖剣エクスカリバーの物語の真実を確かめるために世界を飛び回ってきたことも教えてくれた。

「……あ、ああ」

 アリアに背中を摩られて、イレーヌが身体を起き上がらせる。

「ありあ……、あたしは……まだみんなが飛空艇仲間と呼んでくれても、なんだか……まだ」

「まだ……そうですよね。まだ、馴染めていない。ですよね……」

「ああ、そう思っている」


「あはは……。あははは……」


 極寒のグルガガム大陸の山脈を抜けていく、飛空艇ノーチラスセブン――

 そのデッキにアリアの甲高い笑い声が響く。


「ははは……。いいじゃないですか? これから馴染んでいけば……それだけの話でしょ?」

「……はあ」

 一方のイレーヌはというと、なんだか急に肩の力が抜けてきて、

「……アリアって、あんたってなんで……そんなに楽観的に生きていられるんだ?」

 率直に自分の心の底から浮かんだ疑問を、アリアにぶつけたのだった。

「私って、そんなに楽観的に見えますか? なんだか、それこそ失敬ものですよ~。って、イレーヌさん」

 自分の頭を触りながら、謙遜する素振りも見せることがないアリアだった……。

「そりゃ……、イレーヌさんは上級メイドとか、忍者とか、運び屋に情報屋に……、いろんな実体験から条件反射的に対人関係が億劫になっているだけだと、私はそう思っているだけですから、」

「条件反射的に……億劫に……。あたしって……あんたから見て、そう見えるの?」


「ええ……、いつも敵がいて、身を守って生きてきたんでしょ? だから、」

「だから……」

 見透かされていた。他ならぬアリア――魔法都市アムルルを追放処分されて、その魔法能力も取り上げられてしまった彼女に。

 全部、見透かされていた――


「……アリア、あんたの言うことは正しいと」

「だから~」


 アリアは身を前屈まえかがみに、イレーヌの膝の上に乗せると、自分とは反対側の木箱の上に置いてあった彼女の魔銃をちょいと拝借する。

 そして、

「こうやって、構えるんですよね……」

 イレーヌがいつも(いつもではないか……)魔銃を構える姿勢を真似て、自分も同じように構えようと……したら、

「こ……こらアリア。あんた危ないから魔銃を離して」

「えー! 私にも構えさせてくださいって、イレーヌさん」

 まるで、幼子同士が玩具を自分の物だ……と奪い合い合戦しているみたいに、2人は木箱の上で魔銃を取り合った。

「と、兎に角……そのトリガーだけは絶対に引くんじゃないぞ。危ないから」

 トリガーを引けば、ズキューンとレーザービームの如く光線が撃ち出されてしまう。そうしたら、飛空艇ノーチラスセブンはあっという間に真っ二つに引き裂かれて、雪原に墜落するのだろう。

「え~、イレーヌさん。引くなと言われたら……、それが立っちゃうってね♡」

「や……めろな……アリア。まだ魔銃のチャージは未満だけれど、それでも今撃ったら……」

 それ以上はイレーヌは言いたくなかった。想像したくもなかった。

「え~、じゃあ撃っちゃいますね」

 アリアが飛空艇の主マストに銃口を向けて、狙いを定めると、

「や……やめてくれ」

 慌ててイレーヌが魔銃を奪い返そうと、躍起になって両手をアリアの握るその両手にギュッと……。


 どうしてこうなる? 意味が分からん――


「……って、冗談ですよ。イレーヌさん」

「冗談……だったのか?」

「はいな!」

 威勢よく返事したアリアは構える姿勢を止めて、魔獣をイレーヌの膝の上に置いたのだった。

「……そうか。うん。よかった」

 肩で大きく深呼吸するイレーヌ。それから、膝の上の魔銃をまた木箱の上の自分の隣に置いた。



「イレーヌさん。正しいとか……そういう気持ちは私達飛空艇仲間には相応しくないんですって……。元スラムのスリ女に、王子としての記憶が欠如している操縦士、それに魔法能力を剥奪はくだつされた元魔法使いに、」

 それはレイスのこと、ルンのこと、アリアは2人を見つめながら言葉をつづった。


「元忍者で、今は飛空艇仲間のあなた……、でしょ? 私達ってね、誰も正しくなんかないんですよ」


「……アリア」

 隣に座る彼女――微笑みながら、でも、なんだか大切なことを教えられたような気がしたイレーヌだった。

 イレーヌは数回瞬きを繰り返す。すると、

「そうよ……。私達はただの飛空艇仲間で、日々をクエストをこなして糧を得ている間柄じゃないの……、私がアルテクロスの姫だとしても、今は飛空艇仲間だと思おうと……思っているから」

 レイス、自分は本当はアルテクロスの姫なのだけれど、そんな気持ちを持っていたら飛空艇仲間失格なんだという思いで、優しい微笑みを見せながら……

「そうだぞ、イレーヌ。俺もサロニアムの王子だとあんたから教えられたけど。俺は……それに、混血の聖剣ブラッドソードも貰って、でもな……」

 ルンは器用に飛空艇の舵を右に左に……気流を読みながら万年雪の山脈の上を泳がせて、

「こうして飛空艇ノーチラスセブンの舵を手に握っている時は、俺は飛空艇仲間を信じてクエストをこなしていこうと、そういう覚悟を思っているんだから」

 視線を飛空艇の前方に向けたまま、イレーヌに自分だってただの操縦士に過ぎないと……言いたかったのだった。

 自分の姿を彼女に見せながらである。


「ね? みんな正しくない人生を……まあ歩んできた結果、こうして飛空艇に集まっているんですよ。イレーヌさん……、だから、別にイレーヌさんが正しくなんかないとは、私は思ってはいませんけれど……。でもね……イレーヌさん」

 アリアは木箱から降りると、イレーヌの正面に対面を向けた。

「もっと気楽に生きて……、これから気楽に生きてみませんか? ずっとイレーヌさんは忍者とか情報屋とかで……気苦労を重ねて生きてきたんだと思うから……ね」

「……ね。……か?」

「はいな!」


「……」

 瞬きを数回繰り返していると……イレーヌの両眼にうっすらと。


「そうよ、イレーヌ。私だって気楽に生きていきたいし……だから、こうして飛空艇に」

「俺だって、気楽稼業を選んだ結果……だから、こうしてな」

 レイスとルンが同じことを言う。

「そうですよ! イレーヌさん。大丈夫ですって」

 続いてアリアも――

「あ、ありがとう。あ……あたしも、その、努力してみるから」

 イレーヌはかしこまって、また深々と頭を――

「だから! イレーヌ。そんなんじゃいつまで経っても気楽になんかなれないでしょ」

 ぷぷっと、思わずレイスがその生真面目すぎるイレーヌの頭を下げている姿に吹いてしまった。

「あ、ああ……ありが」

 とう……。

 イレーヌは言葉を詰まらせてしまった。

 ずっと、ずっと孤独だった自分を、どうしてこんなに飛空艇仲間達のみんなは受け入れてくれるのだろう。

 正直、わからない。


 わからないけれど……、のだけれど。


 ずっと……、上級メイドから、保険屋から、ずっとずっとみんなを欺いてきたのに、でも、こうして今では飛空艇仲間として迎えてくれることを許してくれるから、


 ――それが、とても心にグサッとこたえてしまう。


 こんな自分を、自分になんて、許そうなんて。

 それは飛空艇仲間が思うことなのだろう。……許してくれるのか?




「ねえ? リヴァイア! リヴァイアだって私達の思っていることに同意するでしょ?」

 後ろを振り向きながら、レイスはリヴァイアにアドバイスを……


 求めようとしたのだけれど、そこに聖剣士リヴァイアの姿は当然のこと、


 いなかった。





「……ああ、そ……そうだったっけ? リヴァイアは魔法列車でギルガメッシュに戦いに行くって、言ってたっけ」

 いつも自分が飛空艇のデッキにいる時には、横に後ろに立ってくれていたリヴァイアは、今は魔法列車に乗車していて、この場にはいない。

「なんだか……私、寂しくなっちゃったのかな……。ルン」

「リヴァイアが飛空艇に乗っていないことがか……だとしたら、リヴァイアは飛空艇仲間じゃないだろ? 聖剣士さまだぞ」

 飛空艇の舵を握ったまま、ルンは隣にいるレイスには視線を合わせることなく、もくもくと山脈から向かってくる気流をよけながら操縦を続けている。

「ねえ……ルン。リヴァイアはギルガメッシュに勝てるのかな……」

 レイスは顔を俯かせて呟く。


「レイス! 聖剣士さまは1000年を生きてきた伝説の女騎士なのですから……問題無くギルガメッシュとやらを退治することでしょう」

 木箱から飛び降りたイレーヌが、レイス……姫のその悲痛な表情にたまらず駆け寄ってきた。

「うん……。そうだよね」

「はい、問題無く」


「そうですよ、レイスさん。また、必ずリヴァイアに会えますからね……そう心配しなくていいですって」

 同じく、アリアもレイスのもとへと歩み寄る。


「そ……だよね」


 そっと……、自分の両肩にそれぞれ静かに手を乗せてくれたイレーヌとアリアそれぞれに、レイスは微笑みを返した。

「……でもさ、」

「なんだ……レイス?」

「そのさ……ルン? リヴァイアはギルガメッシュを倒すと思うけれど……、そのずっとずっと……ずっと先にはオメガオーディンと対峙するという運命があるんだよね?」

「退治というか? 1000年もの間ずっとオメガオーディンを封印し続けてきたってことか」

 ルンは操縦に集中していて、隣のレイス達に視線を合わせないまま大きく言い放った。

「……混血の聖剣ブラッドソードをサロニアム城で完成させて、それをルンに与えて……、その聖剣があればオメガオーディンを倒せるんだよね?」


「否――レイス。その話は少し違います」

 イレーヌが手を下ろし、真剣な面持ちで返す。

「どういうことなの? イレーヌ」

「イレーヌさん……」

 レイスとアリアが揃って、自分が聞いていた混血の聖剣ブラッドソードがあればオメガオーディンを倒せる……かもしれないという話とは違った展開に驚いた。


「……はい。これは聖剣士さまから、まだレイス達には言わないでくれと念を押されたのですけれど、あたしの判断としては、レイス……姫とルン王子には知ってもらいたい話でして」

「なんだ……イレーヌ。俺にも教えてくれ」


「……ルン王子。では……。実は混血の聖剣ブラッドソードと聖剣士リヴァイアさまの持つエクスカリバー。……昔名をホーリーアルティメイトと言いまして、その両剣を揃えてできる聖剣こそが……オメガオーディンを倒せるということです」


「両剣を……聖剣こそ……。イレーヌさん……まだ聖剣があるんですか」

「ああアリア、聖剣士リヴァイアさまが仰ってくれたんだ……」

 不思議そうに考えるアリアを、イレーヌは見つめた。

「へえ~まだ、聖剣ってあるんだな」

「そう……イレーヌありがとう。教えてくれて」

 ルンとレイスは、揃って感謝の念を伝えた――





「だとしたら……」


「だとしたら……。どうしたレイス?」


 表情を虚ろに、レイスが飛空艇の先に見える、山脈をもうすぐ越えそうなところまできて、その向こう側に見えてきたグルガガム大陸の最北東の地を見つめながら。

「……うん。リヴァイアはオメガオーディンを倒して、そしたら永遠に生きなければならなくなったという呪いから解放されるんだよね」

「……ということに、なるな」

 ルンが、大きく頷いた。


「ということは、リヴァイアは聖剣士リヴァイアではなくなっちゃうってことになるよね?」

「……だろうな」

「そうしたら……リヴァイアは、普通の女騎士に戻っちゃうってことになって、そうしたら、リヴァイアは」


「レイス……どうしました」

「レイスさん……」


「うん……」

 レイスは、ルンとイレーヌとアリアそれぞれの顔を見てから、

「私はね、リヴァイアが普通の女騎士に戻ったら……、リヴァイアはどう生きるんだろうって」

「生きるか……レイス? でも、それは、リヴァイアにしかわからないだろ」

 ルンは舵を持ちながら、はっきりと言う。

「騎士として……、1000年前と同じようにサロニアムの騎士団に戻るのかもしれませんよ」

 イレーヌは顎に手を当てて、自分なりの考え思いをレイスに喋った。

「え~、それじゃ折角オメガオーディンを倒しても、また戦いの日々が始まるってことじゃないですか」

 それを隣で聞いているアリア。

 聖剣士リヴァイアさまは、これからもずっと平穏を得られることもなく、女騎士として生きなければいけないのか?

 それは、魔法都市アムルルを追放された自分自身の生い立ちと重ね合わせると、到底納得はできない。

 自分を信じて決断した行動の結果、戦い続ける運命しか残されてはいなかった。

 アリアは腐敗しているアムルルと闘った。

 でも、結果魔法能力を剥奪されてしまい――


 それでも、自分は満足だった。


 何故なら、自分は正しい思いを――と言いき切ってしまうと、先にイレーヌに言った「私達ってね、誰も正しくなんかないんですよ」と明らかに矛盾してしまうけれど。

 自分は正しいことをしたんじゃない。それが、運よく最高の魔法能力を授かった自分として――


 自分は自分に従ったんだ。この正しさを思い……


 その結果、自分は魔法能力を剥奪されてしまい、追放されてしまって。


「聖剣士リヴァイアさまも……、私と同じ気持ちを、苦しさをどうか思ってはほしくないです」

 思わず自分の口から自分の生い立ちを重ねた結果の、少なからずな後悔を感じてしまうアリアだった。

「アリア……。大丈夫だと思う。聖剣士リヴァイアさまは、あたし達よりもずっと、……そうずっと生き抜いてきた御方で、あたし達なんかより……も、」

「私達よりも、この苦境を必ず越えるんだって……そうでしょ? イレーヌさん」


「……ああ、アリア」

 不安な表情から、それでも相棒? イレーヌに心配掛けまいと分かり易い作り笑顔を作ったのはアリア。

 その笑顔をしばらく見つめていたイレーヌ。



 ――思えば、


 塩の運び屋だったっけ?

 保険屋として接したイレーヌだ。

 アリアの弟か兄だったか?


 レイス姫―― ルン王子――


 2人が乗船している飛空艇ノーチラスセブンに乗り込んで、まあ、アリアの電波塔破壊は想定外だったけれど、そのおかげで飛空艇に乗船することができたのは確かだ。

 法神官ダンテマさまは……すべて予測していた。

 しっかりと飛空艇仲間の性格を知っていたんだな。

 アリアの性格、仲間を助けたいという気持ちを逆手に取ってしまい、クエスト依頼の張り紙を掲載。ルン王子もレイス姫も、人助けという気持ちには親身になってクエストを受けるということを。

 当然だ。2人は王族なのだから、民衆を助けたいという気持ちは幼い頃から親、祖父を鑑にして見てきたのだからな。

 そんな中で、無理やり飛空艇で塩をサロニアム密輸しようとしていた自分がいて。

 そうしてルン王子を……、レイス姫をサロニアムへと連れ込もうとした元上級メイド――イレーヌという……あたしは、


「あたしを飛空艇仲間として内偵させるために、ための……。ためへの巧妙な作戦だったんだ。法神官ダンテマさまの……」


 ルン王子を大切に思った気持ちは本当だったのに、それなのに、どうしてか、いつしかこの自分の気持ちを利用されてしまっていたんだ。



「イレーヌさん」

「……なんでもない。ただの独り言だ」

「……そうですか」

「ああ、そうだ」


 今度は、イレーヌが作り笑いを見せる。

 そんな、彼女の工作な笑顔なんか、天然なアリアには気が付かない様子で、アリアはキョトンとイレーヌのその笑顔を見つめて、安心するのであった。



「そう……、私もそう思うんだ。だからさ……、もうリヴァイアには、これからは戦いの人生ではあってほしくないんだよ。だって、1000年も戦ってきたんだから、休ませてあげたいと思うし……私達も協力してオメガオーディンと戦って行かなきゃって思うんだ。その後にさ――」

 レイスは――万年雪をかんむっている山脈の横を飛んでいる飛空艇から、その雪々ゆきゆきを見つめている。

 聖剣士リヴァイアは1000年を生きてきた伝説の女騎士。

 私達には想像もできない艱難辛苦があったのだと思った。いつも、そう想像してみた。してみたけれど……、やっぱしわかるはずはない。

 経験してきた者にしかわからない境地を生きてきた、生きなければならなかった聖剣士リヴァイアを、レイスはグルガガム大陸の山脈に積もる万年雪を見て、ふと思いを寄せたのだった。



「私さ……リヴァイアにさ、私達と同じように、この飛空艇ノーチラスセブンの仲間になってほしいと思うんだけれど……」



 我が最愛の妹――


 自分にできる恩返しは、もしかしたらこういうことなんじゃないかって、レイスは思うのだった。




       *




 ――ずっと戦い、戦い。

 

 戦い続け、戦うことしかなかった。

 それしか許されなかった我が人生だ。

 いつしか、1000年間もの長い長い時間を越えていた。

 われが、オメガオーディンを倒すまで戦い続けるという宿命。


 自己蔑視、自己喪失感という負の感情が積年の間、自分の脳裏にこびり付いて、苦しめ続けてきたのだろうと感じる。

 この感情を生き地獄というのか?

 戦場で魔物をあやめてきたことへの報復か? それとも、同じ人間――敵兵の命を奪ってしまったことへの報いか?

 味方の兵士を、手違いで幾人も見殺しにしてしまったことへの罰なのか?


 この地獄――大海獣リヴァイアサンの毒気の呪い。


 リヴァイア・レ・クリスタリアが背負っているこの生き地獄。

『聖剣士』という綺麗なかんむりに似合わない、血塗られた我が戦いの人生の永遠の末路だというのか?

 こんなの嫌だと思った……。

 だけれど、自死することも許されないこの毒気の呪い。


 今はまだ、どうすることもできないのだ……。


 世界中の人々から『聖剣士』という最高の称号を貰った身分として、人々が願う平和な世界の達成を実現するためにも、我が戦いを止めることは許されない。

 自分自身を憂うこと、宿命を恨むことを止めようと思った。だが、思ったところでこの呪いは消せないのだ。



 我は、孤独なんだ――



「私さ……リヴァイアにさ、私達と同じように、この飛空艇ノーチラスセブンの仲間になってほしいと思うんだけれど……」



 そうではないのかも……しれない。

 飛空艇仲間のボコスカな4人と出会い、そのうちの1人レイスは、自分はアルテクロスの御姫様なのだと自覚して、我は1000年後の子孫に再開することが許された。


 幼少時には生贄として、

 スラム街に逃がされて、

 飛空艇仲間として監視されて、


 レイス・ラ・クリスタリア――

 お前の戦いへの覚悟を聞いてわれは、本心ではお前を戦いに巻き込みたくはない。

 しかし、お前の血統――我とダンテマの間に誕生した初代クリスタ王女からの血統の力がなければ、オメガオーディンを倒すことはできないのだ。

 封印するのではなくて、今度こそラスボスの息の根を止めてこの世界のエンディングを見ようぞ……。

 我は飛空艇仲間の4人に約束する。



 修行仲間として共に生きてきたあいつとは、戦うことになってしまった。

 やがて我が殺すことになる相手だ。


 ギルガメッシュよ――


 どうしてこうなった?

 聖剣士に憧れて? それとも我が女だから? 未亡人の1000年後の女だからか?

 あいつの真意を確かめてから、我は殺したいと思っている。


 ギルガメッシュよ。

 お前を敵だとさだめて殺す覚悟を決めてから、我はサロニアムの戦場に立っていた1000年前の自分が蘇ってくるのだ。

 そんな自分に辟易とする自分もいて、いつの世でも戦う前はいい気がしなかったことも思い出したんだ。

 お前は地獄の使い魔か?



「我には地獄が似合うのか? ギルガメッシュ――」



 デッキの上では、飛空艇仲間4人の真剣な論議は続いている。

 そんなにかしこまっている様子ではない。

 時折、談笑も交えた“今後の冒険談”をどうクリアーしていこうか? というチャレンジャー達4人の物語だ。


『最果ての誓いの村』の洞窟の中で、心の耳――魔法能力を通じてレイス達の会話を聞いていたリヴァイアが、

 ……そう! 飛空艇のデッキの上の冒険談も、魔法列車の中から聞いていたのである。

 はるか上空を飛行中の飛空艇。回転するプロペラの羽音で、上手く聞き取ることは難しかったけれど。

 ずっと憂鬱な気分で、車窓から流れる景色を眺めていた聖剣士リヴァイア・レ・クリスタリアが、



「ふふっ!!」



 気持ちをゆるめ、口角の緊張を解くことができた冒険談――





第七章 終わり


郷愁編終わり。聖剣聖者編に続く――

この物語は、フィクションです。

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【第二幕 郷愁編】聖剣士リヴァイア物語 ~ リヴァイア・レ・クリスタリア ~ 橙ともん @daidaitomon

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