第55話 ……それでも、我が子孫なのか??


 暗い……



 暗い…。 どこなんだ……? ここは、



「……」

 リヴァイアは、一人立っている。

 真っ黒の、漆黒の暗闇の中に立っている。

「……我は」

 辺りをキョロキョロと見渡してみた。

 誰もいない。


 というより、何もない――


「……わ、我は」

 流石のリヴァイア――聖剣士リヴァイアも、これだけのどこまでも……、どこまでも続いて見える暗闇に、不安を感じてしまう。

 百戦錬磨とは決して誇張な表現ではない。事実として、1000年を聖剣士として生きてきたのだから。

 いや、生かされてきた。生きることを余儀なくされたと言い換えた方が正しいのかもしれない。

 木組みの街カズースや、その街があるグルガガム大陸も、それだけではなくてサロニアム大陸の多くの人々から信仰されている――大海獣リヴァイアサンからの毒気を浴びてしまい、死ぬことができなくなってしまったのだから。

 はっきり言えば悲運の女騎士である。


「もしかして、わ……我は死んだのか?」


 ふと、リヴァイアの脳裏に浮かんだイメージは、死という概念だった。

 誰もが一度は想うであろう、その死という……死後の世界を、リヴァイアも1000年前の騎士団長の頃によく想像した。

 死と隣り合わせの騎士の道を歩んできたリヴァイアだ。

 腰に下げている『エクスカリバー』で、魔獣を何匹も、何匹も、そして幾人もの敵兵を切り殺して、刺し殺して生存してきた。

 口から血を吐き、自分の腹から流れ出る血を両手ですくいながら……、ああ自分は殺されたんだという確認を取りながら、寂しい視線をリヴァイアに向けながら息絶えていく者達を、何人も、何人も目の前で見続けてきた。


 あなたを殺したくて、こんなことをしているんじゃない……


 なんて綺麗事を吐き捨てることは、騎士団長リヴァイアとしてあってはならない。

 無論――それは聖剣士リヴァイアとしても同じである。

 敵の命を奪うことが自分の仕事なのだから、なのだからと割り切って……自分の行為は正しいのだと信じて今日まで生存してきた。


「我は死んだのか……」


 目の前で敵兵が命を落としていく姿が、1000年を経た今でもまぶたの裏に焼き付いている。

 そして、この後この敵兵が死んで、そういたら、どこに行くのだろう……と時たま考えてみた。

 天へ魂が昇ってとか、あるいは地の底に落ちてとか、


 でも、いまいち分からない。想像できなかった。


 なぜならば、一度も死んだことがないからだ。皮肉にも、聖剣士になった今では死ぬことすらできないのだから、リヴァイアにとって死後の世界というのは夢のまた夢であり、


「死んだ……やっとか?」


 希望であり、願望であって……、



 喜び?



「私が死ねるわけないことは、私がよ~く知っているくせに……」


「……誰だ?」


 背後から声が聞こえた。

 聖剣士らしからぬ背後に付かれたのは不覚――

 条件反射、リヴァイアは腰に下げているエクスカリバーの柄を握る!

「!」

 スッ―― と一歩前へ歩んでから腰を屈めて姿勢を低く、そのままの状態で今度は体位をクルッと180度反転させて、背後にいるであろうその声の主に対して攻撃態勢をとった。


「誰って、忘れたの? 私はあなただということを」


「……どういう意味だ」


 暗闇の中では、相手の表情も顔色もよくは見えない。

「……」

 リヴァイアは柄をきつく握るが、まだ鞘から剣を抜こうとはしない。

 相手が何者で、どういうタイプの攻撃を仕掛けてくるか、見極められないこの状態で……万が一には味方か誰かかもしれない相手、もしくは自分よりも強敵かもしれない相手に対して、剣を抜く行為は軽々けいけいで危険だからだ。


 その相手――


 暗闇の中を一歩、また一歩とゆっくりとリヴァイアに向かって歩いてくるのが見える。

「……」

 リヴァイアは警戒を解かずに、

「……そんな、険悪視線を向けないでよ。私さん」

「……私さん?」

 いつでもエクスカリバーを鞘から抜けるように、抜いてすぐに切り掛かれるように両足を大きく開いて体制を踏ん張る。


「そうよ。忘れたの? 私さん」


 この暗闇の中で、何故か足元から膝へ、腰へ胸へと……、シルエット状態だったその人物の容姿が見えてくる。そして、首も、顎も口も、鼻も……目も次第にくっきりと人物を確認できるまでに見えてきたのだった。


「……おまえ……は」


 見えてきたその人物の表情を、リヴァイアは驚きの気持ちで、同時に半分嫌悪な気持ちで見つめる。

 なんて表現すればいいのだろう?

 オメガオーディンやリヴァイアサンよりも……、出会いたくない相手である。


「そう、私はあなた……リヴァイア・レ・クリスタリア」


「嘘をつけ……。リヴァイア」

 リヴァイアがリヴァイアに言い放つ言葉は、傍から聞いていると「私が私に……」という一人称で語られる独り言のように聞こえるだろう。

 だが――、


「……ダークリヴァイアか」


「それって敬称なの? それとも別称?」

 ダークリヴァイア――聖剣士リヴァイアのダークな気持ちが具現化された、正確には夢の中に現れた自分の剣士としての本音。

 無意識の中に内在している彼女の本音と、普段は意識している聖剣士としての気持ちと、相反する2つの気持ちの葛藤の相手である。


「ダークリヴァイア! ……何の用だ」

「ひどーい……。あなたのためを思って、こうして夢の中に現れた私に対して、もう少しくらいは歓迎してほしいんだけれど」

 容姿は聖剣士リヴァイアと瓜二つ、まったく同じ。勿論、エクスカリバーも腰に下げている。

 別に騎士団らしい甲冑をまとっているわけではない。彼女が着ている服というのは、サロニアムの繁華街で一般的に売られているそれ。

 流行に敏感なサロニアムの人々も満足してもらえるだろう、現代風にファッションデザインされた普段着のような、それでいてカジュアル感ある服――


 確か、キャラクター紹介の時に[ユニクロ]ファッションのようだと書いたような――


 だけど、違うところが1つある。それは全体の色だ。モノトーンのように全体的に色が薄暗い。だから、ダークなのだと言えばそれまでなのではあるけれど……。


「何の用だと聞いている!」

「そんなにカッカ……しないでよ。私さん」

 ダークリヴァイアは両手を後ろに回して、聖剣士リヴァイアに対して敵意のないことを見せた。

 一方の聖剣士リヴァイアはというと、エクスカリバーの柄を握りしめたまま警戒を解こうとはしない。万が一には切り殺そうと本気の様子でもありそうだ……。


「私が、ダークリヴァイアが確認しに来たのよ」

「確認だと?」

「ええ……、確認。だって、あなたって意気地の無いところが多々あるしね」

「……私に? ……我に意気地が無いと? 我は聖剣士だぞ」


 ふふっ……。


 唇を緩めるダークリヴァイアは、それ見たことかとしたり顔を作った。

「聖剣士を辞めたいと思っているくせに、いざ本音を見抜かれようとしたら聖剣士という冠にすがってさ」

 それから、ゆっくりと歩みだした。聖剣士リヴァイアの前へ……。

「す……すがってなんか」

「図星でしょ? そうなんじゃない?」

「……違う」

 リヴァイアは顔を下へと俯いて、あからさまに拒否反応を見せる。

「やっぱ! 当たりなんじゃない。私さん――」

 そのリヴァイアを、すたすたと歩んで彼女の目の前すぐに立ち止まるや、ダークリヴァイアが下から俯く彼女の表情を覗き上げてくる。

「そうやって、今更羞恥することもないと思うよ。だって、聖剣士リヴァイアなんだから――、この世にたった1人しかいない聖剣士さまなんだからさ! もっと胸張っていいんじゃないかな?」

「う……うるさい! ダークリヴァイアにリヴァイアの」

「何がわかる! ……て? そりゃ、私はあなたなのだから……、リヴァイアだからわかるってね」


 その通りである。

 聖剣士リヴァイアが会話している、夢の中で話しているその相手はダークリヴァイア――自分自身なのだから。


「……ああ、そうだった」

 開き直ったか……、リヴァイアはゆっくりと顔を上げてダークリヴァイアを見つめる。

「……私はあなたなんだから、隠してもお見通しなんだから」

 後ろに組んでいた両手を放すダークリヴァイが、その手を銀色になびくリヴァイアの髪を静かにく。


「……」

 リヴァイアは梳かれているダークリヴァイアの行為を、叩こうとはしない。


 しばらくの間、上下へと髪を梳いてから、


「んで! 覚悟は決めているんでしょ」

 ダークリヴァイアが手を銀髪から放して尋ねた。

「……ああ。決めている」

 リヴァイアは大きく頷いた。



「ギルガメッシュを殺す――」



 目を閉じてリヴァイアが言い放ったその言葉を、

「そう……」

 ダークリヴァイアは間近に聞いた。そして、小声で返事をすると、

「そりゃ、よかったかな? ちゃんと私から聞けてさ――」

 もう1人の自分は視線を上げて、遠い漆黒の暗闇を見たのである。




       *




「……はっ」

 リヴァイア――聖剣士リヴァイアが魔法列車の警笛の音に気が付いた。



「トンネルを抜けると……本格的な北海の雪国ですな」


「ええ……、サロニアム大陸の砂漠地帯では絶対に見ることのできない風景ですね」


 法神官ダンテマが無邪気な様子で車窓の向こうに流れる雪山の絶景を目で追っている。彼に釣られるようにクリスタ王女も車窓に流れるそれを見て微笑んだ。

「万年雪なのでしょうな……、私等、砂漠から旅々たびたびのように訪れた者からすれば、物珍しい雪原・雪山の風景なのですが、地元民にとっては」

「ええ……、毎日雪かきを欠かさず行っていることでしょう。それは、さぞ辛い重労働なのだと思います」

「でも……、まあ。港町アルテクロスにも砂漠から度々黄砂が吹き荒れるのですから。その砂が髪の毛にまとわりついたり、口や目に入ったり、服の中や靴の中に入ったりしますから」

「そうですね……。グルガガム大陸の北海に黄砂は吹くことがありませんから。その土地、土地で一長一短の自然の猛威に苦しんでいることは、こちらもサロニアムやアルテクロスと同じなのかもしれませんね」



「……クリスタ」

 リヴァイアは進行方向とは逆向きの窓側に座っている――

「聖剣士さま……。目が覚めましたか?」

 その向かいの席にはクリスタ――14代クリスタ王女が着座。

「……ああ。我は」

「ええ……すっかりと、ぐっすりと眠っていましたよ」

 なんだか困惑気味のリヴァイアを可愛く見えたのか、クリスタ王女は首を傾けて笑顔で返した。

「聖剣士さま。さぞ……お疲れのご様子ですね」

 続いて、通路側に座る法神官ダンテマが斜め向かいのリヴァイアに話し掛ける。

「カズースの駅を出て、すぐにコックリと眠っていましたよ」


「カズースの……そんな前から我は寝ていたのか?」


「はい。聖剣士さま。ぐっすりと……でしたよ。私達は聖剣士さまを起こさないように、ずっとひそひそ声で話していたんですから」

 クリスタ王女も法神官ダンテマに話を合わせる。


「……そ、そうか。我としたことがな……」


 リヴァイアは、騎士団長を称してきた自分がうっかりと……魔法列車に揺られて眠ってしまったことを少し悔やんだ。

「そんな……ことないと思いますよ」

 そこへ、クリスタ王女が、

「聖剣士さまだって、そりゃお疲れになる時があると思いますから……、それにこの魔法列車は開業してから1000年を走ってきたベストセラーな観光列車でもあるのですから……乗り心地が快適ですし、だから、思わず聖剣士さまも眠りにつくことはあっていいのだと思います」

 と、優しくリヴァイアに語り掛けてから、車内販売で購入したウメコブ茶をコップに注いで彼女に渡した。

(この世界にも、梅があるのですね……)


「あ……ありがとう」

 受け取ったウメコブ茶を一気に飲み干すリヴァイア――


「……? このお茶は北海の塩だな?」

「お口に合いませんでしたか? 聖剣士さま」

「北海の塩は、サロニアムや港町アルテクロスとは違って、ちょっと癖があるから……でも、まあ我はこの北海で生まれて暮らしてきたのだが……懐かしい味といえばそうなのであるが。……あと、聖剣士さまではなくて、リヴァイアと言ってくれないか」

 服のポケットからハンカチを取り出すリヴァイアは、自分の口を拭った。


 微妙な塩味のお茶?


「それでは……、リヴァイア」

 先にクリスタ王女から注いでもらったウメコブ茶の残りを飲み終える法神官ダンテマ。

「よろしいのですか? ルン達と別行動をして」


「……ああ、その話か」

 渋い顔をしながらウメコブ茶を飲み終えたリヴァイア――流石の聖剣士リヴァイアもこのお味にはお手上げの様子である。

「……問題はない。我から飛空艇には乗船することを拒んだんだ」

「そうですか……。レイスはリヴァイアを飛空艇に乗船させようと、説得してきたことでしょうね」

 わが娘レイス――レイス姫を思うクリスタ王女だ。

「ああ……どうしてリヴァイアは魔法列車に乗るの? 飛空艇ならダンテマ村までひとっとびなんだから……と、だから、我はレイス達をダンテマ村に来てほしくないのだと……はっきりと言い切ってやった」

「そしたら……?」

「……そうしたら、レイスは号泣した。我が最愛の娘の号泣したその顔を、我は永遠に忘れられないのかもしれない」

「まあ、レイスが号泣したのですか?」

「……そのレイスを、アリアやイレーヌ、勿論ルンも宥めて説得して、いや、無理矢理に全員で飛空艇に乗せて我と距離をとってくれた」

 リヴァイアが車窓を見上げる。


 遥か向こうに見える景色は、彼女には見慣れた北海の雪原と連なる雪山――


「我は、羽交い絞めに飛空艇に乗せられようとするレイスに、先に聖都に行って待っていてくれ……と……」

 語尾を言い終えることなく、リヴァイアは大きく嘆息をついたのだった。


「聖都――リヴァイア・レ・クリスタリアですね」

 法神官ダンテマが口ずさむ。

「……ああ、ダンテマ村の先にある聖都だ。お前達もこのまま魔法列車に乗って、先に聖都に行っていてくれ」

 2人に視線を合わせることなく、リヴァイアが言った。

「……このダンテマもですか。初代ダンテマの名をかんむった村を通過しろと?」

「あの村は、今でも死者の村だぞ」

「……クリスタミディア牢獄塔の、その……、囚人達の……その」

 クリスタ王女が言葉を濁し濁しに、すると。


「その亡骸を捨ててある村だ」

 リヴァイアは、躊躇ためらうことなくはっきりとそう吐く。


「お前達にも見せたくない。あのダンテマ村は、駅前や大通りは立派に整備されてはいるが、その本質は死者の村であることに変わりはない。それに――」


 車窓から顔を放すと、正面に座るクリスタ王女を見つめて、

「クリスタ王女――あなたはアルテクロスの王女なのだから、死者の村の裏路地には今でもならず者が闊歩しているのですよ。ならず者は、自らをレッドリボンと称して、腕に赤いリボンをつけて自分達の境遇――村はずれで被差別な扱いのまま生きなければならない自分達以外の、よそ者をまるで蟻地獄の如く待ち構えて食い物にしているのです」


 雪深い山村の中に生きるレッドリボン――自警団か賊か? まるで、[ドラゴンボール]の最初の巻くらいに出てくる敵ですね。


「だから! 万が一にも王女に傷一つが付くことがあったとしたら、外交問題にまで発展するのですから……」

 真剣な表情で進言した。


「それに――」

「それに?」


 そんな真剣な表情のリヴァイアに対して、クリスタ王女はあっけらかんと言葉を掛けてくる。

 対して、リヴァイアは大きく息を吐いて銀色の髪の毛を触りながら、

「アルテクロスの王女が、こうしてお忍びにグルガガム大陸の魔法列車に乗車しているなんて……これ自体も外交問題ものなのですから」

「あら? そうですか? 1000年前から開通している伝統の魔法列車に乗ることは、私の夢でもありましたから」

「夢……ですか?」


「ええ!」


 クリスタ王女は腕を組んでから自信ありげに、向かいに座る少し眉をひそめて戸惑った表情をつくっているリヴァイアに対して、

「私も法神官も―― 実はルンの飛空艇に乗船してもらおうかと相談したのですけれど、やっぱ止めておこうと思いました」

「はい、王女と相談した結果、私達も魔法列車に乗車することにしたのです」

 続いて、法神官ダンテマが言葉を挟んだ。

「ルンは……ルン達には彼らの飛空艇仲間としての繋がりがある。一方で、私も王女も、はっきりと言ってしまえば興味本位で旅に出ているようなもの。彼等には混血の聖剣ブラッドソードを持ってオメガオーディンと戦うという使命があります。彼等にしかできないことが……」

 続いて、クリスタ王女が――

「ええ……、私達は私達なりにルンとレイス達の知恵袋になることができればいいかも……という気持ちを持って、こうしてカズースから旅に加わることに決めたのです」


「でも……それでは港町アルテクロスの政務は?」


「リヴァイア―― あなたが気にすることなんてありません。まあ、アルテクロスは領主と大臣が実権を握って政治を執りおこなってくれているのですから。王女は飾りですね」

 腕を組んだまま、クリスタ王女はまた車窓の流れる雪山を見る。

「そんなこと……」

 目の前に座る14代クリスタ王女は、遠い自分の子孫――初代クリスタの末裔だ。

 月日は経って、クリスタ家が港町アルテクロスの王女となり、その末裔が今こうして自らを飾りだと思っている。


 こんな気持ちで、私はクリスタを生んだはずではない……


 リヴァイアは、自分が1000年を生きてきた……生きなければならなかったことのキツさを、今、はっきりと自覚してしまう。

 自分がさっさと敵兵からの剣に切られて死んでいたら、そうしたら聖剣士になることもなくて。聖剣士になることもなければ……末裔の肩身の狭さを知ることもなくて。

 なんて、したくなかった――


「そんなことであって、王女はかまいませんから……。だから、こうして魔法列車に観光気分で乗車することができているのですよ♡」


「……クリスタ?」


「その通りですよ! リヴァイア」

 法神官ダンテマが、

「私達は、木組みの街カズースで……念願の温泉にゆったりと浸かることもできたのです」

「温泉……カズース」

「はい、リヴァイア♡ はっきりと言いましょうか……。王女は港町アルテクロスでは一目を置かれる立場なのかもしれません。けれど、お城の中ではただのシンボルとしての扱いですから……居ても居なくてもかまわないというのがアルテクロスの現実ですから……だから、木組みの街カズースの名物温泉もしっかりと味わっちゃいましたから」




       *




 それから、しばらくは3人は、会話を止めてしまう――


 少し喋りすぎて、言葉が過ぎたと各自が思ったのか、普段は言うことのない心にある気持ちというものは、旅という環境では思わず本心を喋ってしまうのだろう。

 それがいいのか悪いのかも……よく分からない。

 旅というのは、そうやって旅する者達の心を洗って、流してくれて。


 魔法列車に揺られている3人は―― しばらくそれぞれの視線を車窓の外に向けて、流れて行く雪の風景を見ていた。


「……我は、もうすぐ降りるぞ」

 風景を見たまま、ボソッとそう言ったのはリヴァイアだ。

「運転手と車掌にお願いして、次の無人駅に停車してもらうことにしているから」


「……ダンテマ村ですね」

 法神官ダンテマが気が付く。


「ああ……、そうだ」

 リヴァイアが頷いた。

「シルヴィー君から、その……私にも教えてくれました」

 口籠るクリスタ王女に、

「クリスタ……、そうか。シルヴィーから聞いたのか?」

「はい。……ギルガメッシュですよね」


「ああ……。そうだ! 元魔法使い上がりの大盗賊ギルガメッシュと戦うんだ……」

 視線を向かいに座るクリスタ王女に向けて、その表情はとてつもなく険しかった。

 女騎士としての、敵を殺す時の覚悟の視線である――

「戦って……その……、どうする気ですか? もしかして……その、ころ……す」

 恐る恐る、クリスタ王女が言葉を濁しながら、けれど、


「無論だぞ! 殺すことになる!!」


 そんな王女の気持ちをくみせずに、冷淡にリヴァイアが言い放つのであった。


「殺す……ですか」

「ああ……、忘れるな! 我は聖剣士リヴァイアだぞ。我が剣を握る理由は、敵を殺すことにある。敵とはギルガメッシュに他ならぬ。だから、殺すことになる」

「本当に……、その殺す気ですか?」

「くどい……、我は覚悟を決めて殺すんだ」


「……」

 クリスタ王女、リヴァイアの迫力に圧倒されたのか、両膝の上で指を重ね重ねて俯きそれを見つめる。


 ちらりと……そんな王女の顔色を、1000年前にサロニアム次期王子を守護してきた第四騎士団長の自分を、不意に思い出してしまったリヴァイア――

 まったく……。

 帝王学を学んできたはずの末裔の王女が、敵一人をあやめることすら驚くなんて……それでも、我が子孫なのか??

 という具合に、聖剣士はちょっとだけ王女に対して情けなく感じてしまう。


「王女……。いいですか? 我がギルガメッシュを殺す理由は多々あります。まず、我のエクスカリバーの魂――昔名であるホーリーアルティメイトの魂をリヴァイアサンから貰い受けた張本人。次に、その目的は、我と会って、未亡人で子供を産んだ我と添い遂げたいというよこしまな欲望――、そんなわがままを許すほど我は暇ではない! 我にはルンとレイス達と一緒にオメガオーディンと戦っていくという崇高な使命があるのだから」


「それは……わかっています」

 淡々と言い放ってくるリヴァイアの言葉に、思わずクリスタ王女が口を挟む。

「……リヴァイアにしか、できないのだから。それは……、リヴァイアにとって、とても大切な使命なのだから、そうなのでしょう。ギルガメッシュを殺してでも、なんとしてでも奪い戻したいという思いを、私も、ダンテマも尊重したいと思います」

「……そうですか。クリスタよ」

 言葉に力が入ってしまった自分を、落ち着かせようとリヴァイアは肩の力を落とした。

「すまない。少し言葉に力が入ってしまい……」


「……そんなことを仰らないでください。聖剣士さま!」

 気持ちが高揚してしまったのか? 思わず、クリスタ王女がリヴァイアを聖剣士さまと敬称を込めた。

「王女――」

 諫める法神官ダンテマが左手を彼女の肩に当ててから、

「……問題ありません。ちょっと気持ちが……、動揺してしまっただけです」

「そうですか……。御意に」

 そのまま、王女の肩を摩り続ける。


「リヴァイア……、あなたにはギルガメッシュが倒せる見込みがあるのですね?」

 クリスタ王女がそう尋ねると、

「当たり前だ。ギルガメッシュはゴールドミッドルを追い出されて、魔法都市アムルルも厄介払いになって、それから北海の山村で我と出会って修練を積んだ仲なのだから、あいつの実力なんてとうに知っている。勝てる相手だ」

「そうですか……。それはよかったです。だったら、私達はもう何も言いません。存分にギルガメッシュを退治してください」

 無用な問いだと自認してしまう王女は、それからまぶたを少し下げてしまった。


 その眼差し――


 リヴァイアのそれは鋭かった。

 殺意の目と称した方がいいのだろう。人を殺す覚悟を決めた目なのだろう。

 殺してでも手に入れなければならないホーリーアルティメイトの魂――

 それだけではなく、悪の道に入ってしまったかつての修練仲間への仕置きも込めて、


 ギルガメッシュを殺す――


 聖剣士、そして騎士としての当たり前の覚悟。


「……」


「……」


 リヴァイアの言葉を聞くと、法神官ダンテマもクリスタ王女も口を閉じてしまう。

 そうして、2人は再び車窓の流れていく雪原の風景を無言で見たのだった。



「ありがとう……ダンテマ。そして……クリスタよ」



 聖剣士リヴァイアは、その2人の顔を見ることはなかった。

 自分も同じように、車窓に流れていく雪原を目で追っていた。



「我――リヴァイアと、ダンテマとクリスタか」



 少し気まずくなってしまった車中の魔法列車の中でリヴァイアが思い描いたことは、自分と初代ダンテマと、その2人の間に生まれた初代クリスタ王女の3人の家族旅行だった。

 そう言えば、1000年前は騎士団に生きて、戦い戦いの日々だったっけ?

 旅行をする暇さえなかった自分達を思い出して、リヴァイアがこの魔法列車に乗車している自分を含めた3人を通して、家族を思い出していた。



「まあ、なんだ……。へんてこりんな家族旅行になってしまったな」



 1000年を生きてきた聖剣士リヴァイアからの、せめてもの冗談が、



「……」


「……」



 けれど、向かいの席に座っている2人には通じなかった――





 この物語は、フィクションです。

 また、[ ]の内容は引用です。

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