第369話 夜の森の迷宮(42)

「どう思う?」


 俺の問いかけにテリーと白アリが即答する。


「台座の上に魔力が渦巻いている様に見える」


「惑星が誕生するところみたい」


「確かに神秘的だな」


「惑星創造とか、神様になった気分ね」


 俺とテリーが抱いた感想とは大きくかけ離れた感想を白アリが口にした。

 取り敢えず、こいつは放っておこう。


「ミチナガの想像が正しければ……」


「待つ価値は十分にある」


 テリーの言葉を引き継いで俺が言い切ると、テリーはニヤリと笑って小声で言う。


「ベスちゃんが死んじゃったら責任の取りようもないもんな」


「不吉なことを言うなよ」


「OK、OK。もう少し様子を見るのに賛成だ」


「そうね。あたしも賛成よ」


 二人が同意してくれたのは心強い。


「じゃあ、皆に説明をしよう」


 ダンジョンのコアが設置されていた台座を見つめながらテリーと白アリの三人でそんな会話をしたのが四日前のこと。

 結局、一週間もの間ダンジョン内で様子を見ることとなった。


 いま、台座の前には俺と俺の左腕に当たり前のようにしがみ付いているベス。

 そして、テリーと白アリはもちろんのこと、黒アリスちゃんとボギーさん、聖女、ロビン、が集まっていた。


「なんか胡麻粒みたいなのが浮いていますね」


 ダンジョンコアが設置されていた台座を見つめながらベスがつぶやいた。


「新しいダンジョンコアが出来つつあるように見えるんだが、ベスは何か感じないか?」


「ミチナガさんの優しさを感じます。あたしのことを心配してくれているんですね……」


 頬を染め、潤んだ瞳で見上げる。

 話が進まないのでスルーすることにしよう。


「この台座の上に浮いている胡麻粒のような塊がダンジョンコアではないかと考えているんだ」


「言われるとそんな気がしますね」


「何か感じないか?」


 ベスも反省したのか今度は意識を集中して胡麻粒のような塊を見つめた。

 彼女が塊を見つめる間、辺りは静まりかえる。


 周囲が緊張して彼女の反応を待っていると、


かすかですが魔力を感じます。魔力の質はダンジョンコアにとてもよく似ている気がします」


 静寂を破って彼女の声が静かに響いた。

 テリーが嬉しそうに手のひらに拳を打ち付ける。


「よーし! やったな、ミチナガ!」


「ああ、これは新しいダンジョンコアが出来たと考えても良さそうだな」


「予想通りねー。さっすが私たち」


 白アリも嬉しそうにサムズアップをしてみせる。


「兄ちゃん、頑張った甲斐があったじゃネェか」


「暇さえあれば祈りを捧げていたのも何かしらの効果があったのかも知れないな」


 ボギーさんとテリーがニヤリと笑った。


「どういうことですか?」


「それがさ、ベスちゃん。元々あったダンジョンコアが破壊されても、新しくダンジョンコアが作られるならベスちゃんが死亡するリスクが減るはずだって言って、毎日祈るようにして台座を見ていたんだ」


「兄ちゃんも可愛いところあるよナァ」


 テリーとボギーさんが俺をからかうように笑った。


「まあ! ミチナガさんがそんなことを……!」


 頬を染めるベス。

 恐る恐る黒アリスちゃんの方を見ると、白アリと聖女が先手を打って彼女のことを取り押さえていた。


 二人とも頼もしいぞ。

 俺は黒アリスちゃんとベスの言動は見なかった、聞かなかったことにして言う。


「さあ、これから地上に戻るぞ」


「長かったわねー。ようやく陽の光を浴びれるわ」


「少し羽を伸ばしたいですね。海水浴なんてどうですか?」


「良いわねー。水着を買わなきゃ」


「際どいヤツにしましょう、際どいヤツに」


 白アリと聖女がキャーキャーと騒ぐ傍らでテリーとボギーさんが言う。


「海水浴よりも温泉の方がいいな」


「いいねー、温泉。檜の風呂なんて最高だろうな」


「檜の風呂かあ、良いですね」


 意気投合するテリーとボギーさんに聖女が容赦のない言葉を浴びせる。


「二人ともオヤジ臭いですよ」


「俺はオヤジだよ」


「そうかー? 良いと思うけどな、温泉」


 大きな問題がクリアになったことで全員の気が緩んでいるようだ。

 ここはリーダーとして少し締めるか。


「あのー。皆さんお忘れでしょうか? 外ではまだ戦争が続いているんですよ」


 水の精霊のウィンが呆れたように言った。


「そう言や、そうだったな。すっかり忘れていたぜ」


「ラウラ姫が聞いたら泣きますよ」


 ウィンの突っ込みに悪びれる様子もなくボギーさんがニヒルに唇を綻ばせる。


「姫さんには内緒にしておいてくれ」


「では、貸しということでお願いします」


「分かった、分かった」


 きりがなさそうなので、俺は再び皆に言う。


「これから地上に戻るから急いで準備をしてくれ」


「準備なんて直ぐよ」


「空間魔法で収納して終わりだからな」


 白アリとテリーがそう言って辺りに散らばった生活用品を瞬時にアイテムボックスへと収納する。

 この様子を遠巻きに見ていたアイリスの娘たちも帰り支度を始めたのだと分かったのか、慌てて自分たちの荷物を片付け始めた。


 五分と立たずに帰還準備が終わった。

 皆が集まってきたところで俺はベスに声を掛ける。


「ベス、頼む」


「はい」


 返事とともに彼女が両手を前方に突きだした。

 突き出された手から数十センチメートル離れたところに黒い空間が出現する。


「これが【闇の門 LV5】なのか?」


 俺たちの鑑定でも感知することの出来なかったベスの固有スキル。

 ダンジョン内から任意の場所に空間を繋ぐことができる。


 ベスは俺の質問に首肯すると、


「この門の向こうがこのダンジョンの入り口です」


 静かに告げた。

 ベスが個人的に使っていたときは一緒に他の生物を連れて出入るすることが出来たと言っているので大丈夫なのだろう。


「まずは俺が入る。その後でもう一度この闇の門を潜ってこちらへ来る」


 他のメンバーが潜るのは安全が確認出来てからだと告げた。

 誰も反対をする者はいない。


「じゃあ、行ってくる」


 俺は黒い空間に足を踏み入れた。

 空間の向こうに踏み入れた足の裏に草を踏む感触が伝わる。


 黒い空間を抜けると森があった。

 振り返ると黒い空間が存在し、その向こうには森が広がり、夜の森の迷宮の入り口がある。


「よし! 無事に抜けた!」


 思わずガッツポーズをしてしまう。

 いや、そんなことをしている場合じゃない。直ぐに戻らないと。


 俺は再び黒い空間を潜った。

 真っ先に目に飛び込んできたのはベソをかいたベス。続いて心配そうにこちらを見る仲間たちだった。


 泣きながら胸の中に飛び込んできたベスを抱き留めると、何ごともなかったかのように余裕の笑みを浮かべる。

 

「ただいま」


「お帰り、ミチナガ」


「元気そうじゃネェか、兄ちゃん」


 テリーとボギーさんが口元を綻ばせて応えてくれた。



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        あとがき

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


3月9日、コミカライズ版の『救わなきゃダメですか? 異世界』1巻が発売となります

作画はタイジロウ先生(@taijiro___)です

WEB版ともども応援頂けると嬉しいです

どうぞよろしくお願いいたします

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救わなきゃダメですか? 異世界 青山 有 @ari_seizan

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