第368話 夜の森の迷宮(41)
ベスの衝撃の告白から丸二日。
ダンジョンに変化はなく、迷宮守護者であるベス本人にも変化はない。
「いいもんだネェ。美人の手料理を寝転んで待ってのは」
ボギーさんが漂ってくる調理中の匂いに鼻をひくつかせて笑みを浮かべる。
視線を巡らせると目が合った。
「銀髪の嬢ちゃんも特に変わりなく溶け込んでいるし、黒の嬢ちゃんも落ち着いたようだ。そう難しい顔をすんじゃネェよ」
「それはそうなんですが……」
ダンジョンコアを台座から外して二日間が経過したがこれと言って異常は見当たらない。
しかし、ベスは迷宮守護者という特殊な立場だ。
ダンジョンコアをダンジョンの外へと持ち出すことで彼女にどんな影響が出るか分からないという不安がまだある。
テリーが白アリと一緒に料理をするベスを見ながらこちらへと歩いてきた。
「ベスちゃん、元気そうじゃないか」
「本番はこれからだけどな……」
「不安なのは分かるけど、こればっかりはやってみないとなー」
「それは分かっている……」
「どうしても踏ん切りがつかネェんなら、他のダンジョンのダンジョンコアを持ちだして実験してみるか?」
「それも方法の一つですよね」
ボギーさんの言葉にテリーが賛同する。
それは俺も考えていた。
ダンジョンコアを持ち出すことでダンジョンマスターにどんな影響を及ぼすか。
何も最初がベスである必要はなかった。
他のダンジョンで実験出来る可能性はある。
そう……、可能性があるだけだ。
ダンジョンマスターを生け捕りにしてダンジョンコアだけを外に持ち出し、生け捕りにしたダンジョンマスターの経過を観察する。
果たしてそんなことが簡単にできるだろうか……。
しかも、それが出来るまでこのダンジョンを放置することになる。
「何にしても俺たちはミチナガの決定にしたがうからさ」
テリーがそう言うと、ボギーさんも無言でうなずいた。
「俺がリーダーだからって」
俺の言葉を遮ってテリーが言う。
「勘違いするなよ。ミチナガがリーダーだから決定に従うんじゃない。ベスちゃんのことだからミチナガの決定に従うんだ」
「そうそう、こういうことは、責任を取る人間の決定に従うもんだからな」
テリーも同意するボギーさんも楽しそうな笑みを浮かべている。
「責任を取るって……」
「取るんだろ、責任」
「取るよな、ミチナガ」
二人の圧が凄い。
確かにベスにとっては……命がけの問題だからな……。
知らん顔は出来ないのは分かっていた。
しかし、二人から改めて言われるとプレッシャーがキツい。
「ベスちゃん、良い子だよなあ」
テリーがベスの方を見てしみじみと言った。
いや、うら若い女性の奴隷を三人も抱えているお前が言うのは何か間違っている気がする。
「俺が二十年若かったら放っておかネェのにナァ」
とボギーさんがからかうように笑った。
「良い子だとは思いますよ」
いままでの俺の周りにはいなかったタイプなのは間違いない。
女性陣に視線を向けると和気藹々と言った雰囲気で料理をしていた。
巨大な中華鍋を片手にベスが白アリに指示を仰ぐ。
「白姉様、チャーハンが間もなく出来上がります」
火魔法で生み出された炎の上で巨大な中華鍋が片手で軽々と振られる。肘から先の一振りでチャーハンが宙を舞い、一粒も零れることなく中華鍋へと収まる。
肉弾戦でオーガを圧倒する【身体強化 LV5】の筋力とボディーコントロールの真価を見た思いだ。
「ありがとう、ベスちゃん。ここはもういいから、聖女ちゃんと一緒に出来上がったモノを順次テーブルに運んで頂戴」
「はい、白姉様!」
「アイリスの皆はそっちを片付け始めちゃって。ライラさん、細かい指示は任せるわ」
「はい、白姉」
「白姉、こっちも出来上がりました」
味見をした小皿を片手に満足げな顔で黒アリスちゃんが言った。
「ありがとう。じゃあ、黒ちゃんも聖女ちゃんたちと一緒にテーブルのセッティングをお願いね」
こうして見るとベスも白アリたちも普通の女の子にしか……、いや、普通よりも少しばかり逞しい女の子にしか見えない。
心配していた黒アリスちゃんとの仲も問題なさそうだ。
「黒の嬢ちゃんも落ち着いたようじゃネェか」
俺の心の内を見透かしたようなボギーさんの言葉にテリーがしたり顔で言う。
「ボギーさんもまだまだですね。あれは内面に抱え込んでいますよ」
「怖いことを言うねー」
「俺には分かります。三人も奴隷を抱えているんですよ。女性同士の表向きの和やかさと内面のキリキリしたものは二人よりも分かっているつもりです」
「言うなー、兄ちゃん」
ボギーさんはテリーの言葉を笑い飛ばしたが、俺は笑い飛ばせない。
後でテリーに相談しようか……。
「で、どうするんだ?」
ボギーさんが俺に聞いた。
テリーも無言で俺の答えを待っている。
「あと一日、三日間ダンジョン内で様子を見ましょう。その後、ダンジョンの外にダンジョンコアを持ち出して、いつでもダンジョンに戻れるよう近場で三日間様子を見る、と言うのでどうでしょう?」
「決まりだな」
「それじゃあ、食事をしながらそのことを皆に伝えようか」
頼んだぞミチナガ、とテリーが俺の背中を押した。
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あとがき
■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有
本作品、次回より 2回/月 のペースで投稿を続けていく予定です
今後も引き続き応援頂けると幸いです
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