Ⅹ 友拐の結末(2)
さて、その頃。総督府では……。
「――てな訳なんでさあ! 向こうにはそうとう腕の立つ狙撃手もついていやがる。ここは、力押しで助け出そうなんてすりゃあ、お嬢さまの身が危ないですぜ?」
ようやく帰り着いたカナールが、偶然の誤解に基づく犯人像を大仰な身振り手振りでクルロス達に報告していた。
じつは、二度の発砲音と慌てて逃げて来る彼の姿に、岩場で待たせて置いた漁師も何かヤバイことに巻き込まれていると思い込み、彼をその場に残すと早々に立ち去ってしまったのだ。
おかげでカナールは陸路で道なき道を帰ることとなり、総督府に到着したのが今のこの時刻である。
「そうか。それではやはり、おとなしく身代金と交換するしかあるまい……」
カナールのもたらした誤情報をクルロスも信じ込み、犯人の要求に従う方針を改めて固める。もとよりその金も用意していたので、彼としてはそれほど抵抗のあることでもない。
「しかし、いまだに引き渡し場所についての連絡がありませんね。こちらの動きを警戒しているんでしょうか?」
すると、今度はモルディオが、そんな懸念事項を心配そうな顔で口にした。
確かに、朝の手紙だけでそれ以降の連絡は何もない……もっとも、それは彼らが考えているものとはだいぶ違う、
「もしや、そなたが気づかれたのがマズかったのではないか? それで犯人達は警戒を強めたのでは……」
「ええっ!? ……い、いや、俺はどう見ても衛兵じゃないですし、あれくらいでんなこたあないでしょう? 明日の朝まではまだ時間がありやすし、きっとその内、連絡が来ますよ」
不安の中、見つかった(…と思い込んでいる)カナールの失態を責め始めるクルロスに、彼は慌てて責任逃れをし始める。
……と、その時。
「お父さま、ただいま帰りましたわ」
コン! コン! コン! とノック音がしたかと思うと、開いた執務室のドアの向こう側から、ひょっこりイサベリーナが顔を出した。
「ああ、お帰り。それより今、大変なんだよ。おまえが誘拐されて身代金を要求する手紙が届いてね……って、イサベリーナ!?」
その声に反射で挨拶は返したものの、まさかその本人がいるとは思ってもみないクルロスは、一人ボケツッコミをかましながら彼女を二度見する。
「お、お嬢さま!?」
「なっ!? …んなアホな……」
同じくモルディオとカナールの二人も、彼女の方を振り返ってポカン顔である。
「誘拐? ……なんの話ですの?」
一方、そのイサベリーナ本人も、なんのことだかまるでわからず、訝しげに眉をひそめて皆の顔を見回した。
「お、おまえ、あのメジロと名乗る輩に誘拐されたんじゃなかったのか!?」
「まさか。誰が言ったのか知りませんけど、メジロさまに失礼ですわ! お船から景色の良い湾を眺めながらの、それはそれは楽しいお茶会でしたわよ」
驚きに目をパチクリとさせながら引きつった声で尋ねるクルロスに、少々怒り気味な様子でイサベリーナはそう答える。
「し、しかし、山の手にあるという住宅もどこを探してもありませんでしたし……」
「ああ、それなら山の手にお家を買おうとは考えていますけど、まだ迷っているとかフォンテーヌさんが言っていましたわ。山の手にお家があると勝手にわたくし達が思い込んでいたんですわね」
続いてモルディオが疑問を呈するも、それも他愛のないフォンテーヌとのおしゃべりで得た情報をもとにイサベリーナは即答で一蹴してみせる。
「け、けどよ、俺はあの砂浜で、賊の船の様子見してる最中に銃で狙い撃ちされたんだぜ? あれはどう説明すんだよ?」
「あら、よく見ればあなたは以前お会いした探偵さん! どうしてここに?」
さらにカナールも慌てて狙撃された事実を持ち出すが、その声にまじまじと彼の顔を見つめ、それが以前、魔物の出るホテルで出会った探偵であると認識したイサベリーナは訝しげに小首を傾げる。
「あんたが誘拐されたってんで呼ばれたんだよ! なあ、あの船に相当腕の立つ狙撃手が乗ってただろう? そいつに俺が狙い撃ちされるとこ、あんたも見てなかったか!?」
「誘拐だかなんだかしりませんが、もしかして、あなたもあの美しい浜辺にいたんですの? まあ、確かにフォンテーヌさんとマスケット銃を試し撃ちしてはみましたし、フォンテーヌさんの銃の腕前はピカイチでしたけれど……あなたを撃った憶えなどありませんわよ?」
少々切れ気味に理由を答え、改めて狙撃手のことを問い質すカナールであるが、やはりその誤解もイサベリーナはあっさり否定する。
「話がまったく噛み合わせんな。その、賊の船というのはいったいどんな船だったのかね?」
なんともちぐはぐな双方の話に、混乱するクルロスが再び口を開いてカナールに尋ねた。
「……え? あ、ああ、水色の妙に派手なキャラックです。もう一艘、白いキャラベルもいたな……」
「それはまさにフォンテーヌさんのお船ですわ。とっても可愛いキャラック船でしたわよ? 白い方はメジロさまのお知り合いの船ですわね。船上パーティーを開いてメイドや衛兵達をもてなしてくれましたの」
問われて即座に答えるカナールだが、それを捕捉修正するかのように、楽しげな様子でイサベリーナは続ける。
「水色のキャラック? そんな洒落た賊の船があるか!? なんだ、すべてはそなたの勘違いか!」
「確かに。こうして無事にお嬢さまも帰ってきたことですし、我らの早とちりだったのでしょう……あの身代金要求の手紙もただの悪戯ですね」
嬉々として話すイサベリーナの言葉に、クルロスとモルディオはカナールの報告を疑い、最早、完全にすべては単なる勘違いであったと納得している。
「ええっ!? んなバカな! だ、だって銃で狙い撃ちされたんですぜ!? それも二度も!」
「バカはそなただ。まったく、役立たずもいいところなハーフボイルド探偵だの。もう要はない。とっとと帰れ」
旗色が悪くなり、動揺しながらなおも反論するカナールであるが、最早、クルロスは聞く耳を持たず、まったく取りつく島もない。
「ええぇ!? そ、そんな……んじゃあ、今回の報酬の残りはどうなるんすか? さすがにそれはいただけるんすよね?」
「そんなもんなしに決まっておる。前金を返せと言われないだけいいと思え」
さらに一番大切な報酬のことを慌てて確認するカナールだが、それもバッサリと斬り捨てられてしまう。
「えぇぇ~そいつはあんまりだあ! あんなに苦労してただ働きかよぉ~」
「何も有益な働きしておらんだろう? ほら、とっと帰らんか。しのごのぬかしてると反逆罪でしょっ引くぞ?」
「お父さま、今日は最高のお友達ができましまわ。今度はうちでお茶会を開いて、フォンテーヌさんやメジロさまをご招待いたしましょう?」
なおも言い争うカナールとクルロスであるが、イサベリーナはそれも気にはしていない様子で、今日の楽しいひと時を思い出しながら、多幸感に満ちた微笑みを湛えて父親にそう告げた。
さて、完全に忘れ去られていたが、ここにもう一人、いまだこの誘拐計画が現実のものだと信じて疑わない者がいた……。
「――へへへ、これで身代金の30%……つまりワイン樽4杯分の銀貨が手に入りゃあ、充分、新しい船を買う頭金ができるな。これで俺の海賊団も復活できるぜ……いや、これからは犯罪コンサルトをメインにやってった方が儲かるかな?」
詐欺師ジョシュアは独り自身のアジトの部屋で、完全なる〝捕らぬ狸の皮算用〟をしながら悪どい笑みを浮かべていた。
(EL Vestido De Dama Y EL Mosquete ~令嬢ドレスとマスケット銃~ 了)
El Vestido De Dama Y El Mosquete ~令嬢ドレスとマスケット銃~ 平中なごん @HiranakaNagon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます