第41話 おっさん、久しぶりのスナック
「で、なんでお前の後ろに明日香さんがいるの?」
恵子さんの店に入った俺と姉貴を見るなりの良太の第一声がこれだった。
その声を聞いて先にスナックの中で盛り上がってた連中やホステスたちも一斉に静まり、首だけこちらに向ける。
俺は姉貴に見えない角度で、みんなにごめんと謝った。
「なんだい、良太。あたしが来ちゃいけないってのかい?」
「いえいえ、まさか、そんなことあるわけじゃないですか。なぁ、みんな?」
スナックにいた連中が一斉に頷く。ここで下手に茶化しでも入れようなものなら、この後で酔った姉貴に何をされるか分からない。触らぬ姉貴に祟りなし。昔は恵子さんと一緒に地元のレディースたちを仕切っていただけに、元レディースを妻に持つヤンキーだった連中は姉貴に頭が上がらない。しかも、酒を飲んだ状態の姉貴はとにかく絡む。ウザイほど絡む。しかもパワハラ的に呑ます。
「大丈夫だよ、みんな。私も来てるから、ママが暴走したら止めてあげる」
姉貴の後ろから亜紀が顔を見せると、途端にみんなが安心したように飲みだす。実家の時と同様に酔った姉貴のブレーキ役として、ここでも亜紀は機能しているようだ。いや、亜紀がスナックで機能しているってどうなのかとは思うが。とりあえず、空いている席に座ると既に酔っている馴染みの連中が声を掛けてきた。
「英二、前に連れて歩いていた可愛い子ちゃんはどうした?」
「あの子との馴れ初め聞かせろよ」
「ちょっと、英二は失恋したばっかなんだから、その話はすんなって良太に言われているでしょ」
顔を赤くしながら絡んできた連中をやんわりと窘めたのは、ホステスの冴子だった。恵子さんの舎弟の一人で、俺とはガキの頃からの付き合い。俺のグラスにビールを注ぎながら、つまみをさりげなく出してくれる。
「ありがとうな。別に話せと言われれば話すけど、正直に色々と話すと相手方に迷惑かけることになるから」
「まあ、相手があの財閥のご令嬢だもんねぇ。下手に英二が話せばスキャンダル間違いないし」
「なんで、綾華が財閥のお嬢様って知ってんの?」
「英二が綾華ちゃんと商店街に来た時に大騒ぎになったでしょ。その時に、綾華ちゃんの名前をネットで調べた奴がいてね。四条綾華って名前から簡単に分かったみたいよ。あの子、書道や華道で賞を貰ってるし」
「マジで? 綾華って賞を貰うほど凄かったんだ。いや、でも同姓同名って可能性もあるじゃん?」
つまみとグラスを空にしながら返した俺の疑問に、ビールを注ぎ直した冴子は呆れた顔で言ってきた。
「アンタねぇ、そういう事をキチンと把握しておかないからオンナにモテないんだよ。それに、四条なんて名字は滅多にないし、あの子の実年齢とネットに掲載されている日時を計算して一致してたら、十中八九は本人確定でしょ」
こえぇな、ネット社会。そういや、ネットで炎上しちゃうと特定班と呼ばれる連中があっという間に、炎上主の所属校や経歴まで調べられてネットにアップしちゃうしな。所属校の学生に聞き込んだり、金を握らせれば住所だって簡単に割り出せるし。まあ、綾華は関しては住所特定までは不可能だろう。白菊女学園も四条家もセキュリティ万全そうだし。でも、今の世の中、下手な事って出来ないよなぁ。
そんな事を思いながら馴染みの連中とも近況報告的な世間話をしていたら一時間が経過していた。酒が好きな連中の集まりなので、俺も含めてみんなすっかり酔っている。酔っていないのは、接客に専念しているホステスやママである恵子さんぐらいだ。ちなみに、姉貴は恵子さんを相手にカウンター席ですっかり顔を赤くしているし、亜紀は酔った連中相手にオレンジジュースを飲みながら楽しく話していた。
そんな時、扉を開く鈴の音が鳴った。
「いらっしゃーい、って、どうしたのお嬢ちゃん?」
来店の挨拶をした恵子さんの声が疑問形に変わった事が疑問に思い、俺を含めて何人かが扉に目を向ける。
そこに居たのは高級そうな防寒具に身を包んだ黒髪の小柄な美少女だった。
なんか、見覚えある子だな。酔った頭でボーっとそんな事を考えていると、その子が恵子さんに話しかけた。
「ここに若宮英二様がいらっしゃると聞いたのですが、いらっしゃいますでしょうか?」
決して、大きな声ではないが凛として可愛らしい澄んだ声と台詞は、扉付近で飲んでいる連中の注目を集めるには十分だった。応対したホステスが俺の方に顔を向けると、その視線を追った美少女も自然と俺の方向に顔を向け視線が合う。
それでようやく気付く。雪菜だ。初めて見る私服姿、ましてや防寒具に身を包んでいたので最初は気づけなかった。
「見つけましたわ、英二様!!!」
ひときわ大きなソプラノ声をあげた雪菜へ店中の視線が向かった。なんで、こんなところに雪菜が??? 普通に考えているはずのない少女。しかも、今の言葉から考えて俺を探していた様子。酔いながら混乱しまくりの俺の元に雪菜が近寄ってきた。
「英二様、こういう場所にいらっしゃっては駄目ですわ。わたくしと一緒にいらっしゃってくださいな」
俺の手を引っ張りながら雪菜は俺を立たせようとする。綾華級の美少女がスナックに入ってきて俺を連れ出そうとしている。みんなが呆気にとられるのは当たり前。なんなら、俺も呆気に取られている。そんな中、酔って顔を赤くした姉貴が、ふらつく足取りで近寄ってきた。
「英二、この子は誰だい?」
「わたくし、九条雪菜と申します。英二様をお迎えに参りましたの」
「なんで、英二を?」
「それは英二様がわたくしの大切な方ですので」
その雪菜の台詞にどよめく店内。なんなら、俺も心の中でどよめく。いや、俺がいつから雪菜の大切な存在になったのか。しかも、この場所でいきなりそんな事を言われるといろいろと後が怖いんだけど。
「えーと、念のために聞くけど大切ってどういう意味かな?」
「英二様をお慕いしております」
「なんか、最近同じような言葉を聞いた気がするんだけど……ちなみに君の年齢は?」
「十六歳ですわ」
雪菜の台詞に再びどよめく店内。みんな、俺が綾華に振られた事を知っているので、雪菜の今の台詞であれやこれやと騒ぎ始める。綾華と仲の良かった亜紀に関しては軽蔑の目を向けてきており、何を勘ぐっているかは想像できた。姉貴も亜紀と同様だったようで鬼のような目つきで俺を睨んでくる。
「英二、これはどういう事?」
「いや、俺にも何がなんだが……」
「問答無用だ、綾華ちゃんって子がいながら、この大馬鹿が!!!」
酒でリミッターの外れている姉貴が怒りに任せて俺に殴りかかってきた。
座ってグラスを持っている態勢の俺ではロクに防御もできるはずがない。
顔面を殴られると観念した瞬間、雪菜が飛び出し、姉貴の腕を取り姉貴を背中から床に組み伏せた。
派手な音とともに床にあおむけに倒れる姉貴は、何が起きたか理解できてない様子だ。それは店内にいた連中も同様だ。酔っていたとはいえ、元レディースの頭だった姉貴を十六歳の小柄の美少女が組み伏せたのである。
「英二様に何をなさるのですか。この方に危害を加えるのは、わたくしが許しませんわ」
姉貴に向かって啖呵を切る雪菜。この事態に顔を青くする店内。
この後、姉貴がどういう行動に出るか想像に難くないからだ。
助けたご令嬢に惚れられた〜非モテ親父の何処がいいんだ?〜 水河忍 @mizukawa
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