果てない砂丘の徒歩懲役

ちびまるフォイ

砂漠で心を浄化しよう

悪人砂丘は広く、どこまでも砂が続いているようだ。


「はぁっ……はぁっ……今、どれくらい歩いたんだ……」


徒歩懲役となってこの砂丘に放り出されてからもうずっと歩き続けている。

砂で足を取られて普通に歩くよりもずっと疲れる。


腕に取り付けられた歩数計を見てみると、まだまだ徒歩懲役の歩数は残っていた。


「もう歩きたくない……なんとかならないのか……」


腕をいくら振っても歩数計の数字は動かない。ごまかしはできないらしい。

八つ当たりで歩数計を投げようにも腕へじかに取り付けているので外せない。

外すには腕を引きちぎるしかない。


ただちょっと悪さしただけでこんな目に合わされるなんて。


「これが最期の水か……」


リュックからペットボトルの水を取り出してノドを潤す。


砂丘で目が覚めたときには背負わされていたリュックには、

食料や水の他に何に使うかわからない薬品が入っていた。


水は飲み干してしまったので、最悪のケースでは怪しい薬品を飲むしかない。


「……歩くか」


徒歩懲役で与えられた歩数を終わらせないと、砂丘からの解放はない。

疲れたとダダをこねる自分の心をぐっとこらえて立ち上がった。


食料も水も、3日3晩を歩き通すにはとても足りない量。

このままでは徒歩懲役を踏破するよりも早く死んでしまう。


「……ん? なんだ?」


砂丘の蜃気楼に見える幻かと思った。

何度確かめても見間違いではなかった。


自分と同じリュックが砂山の向こうに見える。


「おーーい! だれか! 誰かいるのかーー!」


砂にもつれながらリュックのもとへ駆けつける。

そこにはすでに白骨とリュックだけが落ちていた。


骨の腕に巻かれている歩数計にはまだ徒歩懲役の数字が残っていた。

徒歩懲役を終えるよりも先に死期が来たのだろう。


「なにか……なにか使えるものはないか」


リュックを漁ってみても、当然ながら食料も水も残っていなかった。

せいぜい残っていたのはなぜかリュックに積まれている薬品だった。


「この人、死ぬまで薬品には手を出さなかったのか。

 ということは、これは飲めない……よな」


くんくんと薬品をかいでみる。あきらかに人体に有害そうな香りがした。

白骨のリュックの薬品と自分の持っている薬品を見比べてみると色が違った。


うっかり手をすべらせて薬品同士をまぜたとき、ボンと煙が出て混ざった部分がキレイな水になった。


おそるおそる匂いをかいでみても薬品臭さは感じない。

死を覚悟で飲んでみると、まごうことなき水だった。


「そういうことか。徒歩懲役された人間たちは、他の人達と協力しないとダメだったのか」


この白骨は孤独に砂丘を歩き続けた結果、あえなく力尽きたのだろう。

背中に背負わされていた薬品の効果も知らずに。


白骨の薬品と自分の薬品とで、水を取り戻したことでまた歩みを進められる。


進み続けていると、砂丘にもたれかかるようにして休んでいる人が見えた。


「おーーい! おーーい! 生きてるかーー!?」


声を張って手をふると、座り込んだ人は痩せた腕を力なく振って答えた。

かけよると、ミイラのように体は干からびていた。


「大丈夫か!? ほら水を!」


「ああ……ありがとう……」


水を飲ませると男はやっと生気を取り戻した。


「もうだめかと思った……。助かったよ。優しい人だ。自分の水を分けてくれるなんて」


「薬品同士を混ぜれば飲み水が作れるんだよ。ほら」


「知らなかった……ずっと、ずっと一人で歩いていたから……」


男の歩数計はもうすぐ0になりそうだった。


「すごい、あとちょっとじゃないか!」


「ああ……でももう限界だ……足が動かないんだよ……」


「だったら俺が背負ってやるよ。これで歩数計が動けばきっと0になる」


「なんで見ず知らずの相手にそこまで……」


「徒歩懲役で延々と歩き続けていたら、心が浄化されたんだ」


座り込んでいる男を背中にしょいあげると、一歩を踏み出した。


「ああ、ありがとう。あんたの一歩が……ちゃんと計測されているよ」


「よかった! これなら徒歩懲役を終えてこの砂丘から脱出できる!」


「何からなにまで、本当にありがとう! 君のことは絶対に忘れない!」


「俺もだよ。あんたとあえて本当によかった!」


それからずっと進んだところで、ついに徒歩懲役終わりのときがきた。

歩数計が0になったとき、アラームが砂丘全体に響く。


歩数計の位置情報を頼りに車が砂丘を超えてやってきた。


「ここで徒歩懲役を終えた反応があった。お前か?」


「はい、俺です」


腕の歩数計は「0」を示していた。


「よし乗れ」


「ああ……助かった!」


車は砂丘をぐんぐん進んでいく。

安心感と疲れで車の中でぐったりと眠ってしまった。


次に目を覚ましたのは砂丘を抜けた後だった。




「こ、ここは……?」


じめっと肌にまとわりつく湿気。

背の高い木がいくつも伸びて空からの光を遮っている。

草陰からはがさがさと猛獣の気配を感じさせる。


「ここは熱帯雨林だ。ここでお前は徒歩懲役をしてもらう」


「待ってください! 話が違うじゃないですか!!

 徒歩懲役を必死の思いでクリアしたのに、まだ課すなんて!!」


運転手は意に介さずに答えた。



「今回の徒歩懲役は、お前が他の人間から歩数計を奪ったことへの罰だ」

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