消えた芸都タワー

澄岡京樹

フラグ不足

消えた芸都タワー




芸都げいとタワー、あるじゃないですか」

「ああ。なんなら今見えてるな」

 舎弟のムネナガが自身の坊主頭をなでながら話題提起してきたので、とりあえず答えた。


 首都〈芸都〉の名物、芸都タワー。電波塔の役割を担っている他、地上五百メートルの高度を誇る展望台をはじめとした観光施設の側面も併せ持つ。形状としては、タワー最上部付近の展望台エリアが横に膨れており、UFOが刺さった塔といったところか。そんな風に見えなくもない。


 だがそこは今、一般人の立ち入りが禁じられていた。ひと月前からずっとである。


「アニキはタワーに入れなくなった理由、知ってます?」

「いや知らないな。ムネナガは知ってんのか?」

 俺が訊ねると、ムネナガは耳元まで寄ってきた。


「……実のところ、タワーで謎の儀式が行われているって噂なんすよ」

「儀式? 謎の魔術師集団かなんかのか?」

 正直どうでもよかったのでてきとうに答えたのだが、ムネナガは真剣だった。


「いや……それがどうも——この前の闇インテリ絡みらしくって」

「闇インテリ? ……ああ」


 ムネナガは妙な仮称をつけがちなので一瞬何のことかと思ったが、数日前に出くわした謎の研究者たちのことでまちがいないだろう。

 たしかに奴らと対峙したのは芸都タワーの近くだったが——


「ムネナガ。その噂に裏付けはあんのか?」

 訊ねるとムネナガはモチロンと大きく頷いてみせた。

「探偵の山下さんいるじゃないすか。昨日あの人と会ってですね、闇インテリの話をしたところ、そんな儀式の噂があるって聞いたんですよ」


 それは果たして裏付けと言えるのだろうか。あの探偵がやる気を出している以上、かなりの巨悪が暗躍している可能性はあるが……


「まあいい。……それで、探偵は他に何か言ってたか?」

「えーっと……あー、確か芸都の語源はげーととかなんとか……」

「あ?」


 芸都がげーと? ゲート《門》ってことか? ……よくわからん。まああの探偵がわかりやすく推理を披露した試しなどないのだが。


「とっとにかくですね、なんかタワーをにウンタラカンタラらしいんす!」

「……」


 なんというか話にならない。そもそも『きょうかい』にも色々ある。境界、教会、協会——探せばいくらでも同じ読み方の単語が出てきそうである。


「まだあるんすよ! 山下さんこうも言ってたっす! って!」


 ——寝言か? 何を言っているのかさっぱりわからない。世界のルール? 本当に何を言っているんだ?


 なんというかどうでも良くなってきたので、俺は行きつけのカフェに行くことにした。その直後、謎の振動が起こった。


 それは世界そのものがズレたかのような振動だった。……地震ではなかった。何かが倒れたということもなかった。だが——


「なんだ……あのタワーは」


 そこには芸都タワーではない、見知らぬ赤い電波塔が立っていた。


 ——いや、知らないはずなのに、

 ……アレは東京タワーだ。そしてここは首都〈東京〉——。


 段々と、芸都のことを思い出せなくなっていく。げ——□都——ああ、もう、思い出せない——


「ムネナガ、俺たち、」

 正体不明の違和感を胸に抱きながら舎弟に話しかける。俺たちは魔獣の力を使って戦うヤンキー——だった——はず——あれ、魔獣って、なんだっけ——


 ◇


「アニキー、東京タワーより高ェタワーできるってマジっすか?」

 ムネナガが今更すぎることを言ってきた。芸都タ——スカイツリーのことである。


「ん? 今なんか別のタワー言いそうになったな」

「え? どうしたんすかアニキ?」

「いや、なんでもねえ。よくわからん」


 まあ、そんなこともあるだろう。何か忘れているような気もしたが、放っておくことにした。




芸都不明奇譚・ノーマルエンド1『消えた芸都タワー』、了。

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消えた芸都タワー 澄岡京樹 @TapiokanotC

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