あなたが首輪をつけているそれ、本当に人間ですか?

ちびまるフォイ

人間らしく見える動物たち

「ちょっとあんた何やってるんですか!?」


「なにって……犬の散歩ですけど?」


「犬!? あなたは人間にリードをつけて、

 こんな真っ昼間に四つん這いで歩かせるのが

 まっとうな人間のやることだと思ってるんですか!?」


「は、はあ? あなたこそ何言ってるのよ?

 ココアちゃん、変な人は放っておいていきましょうね」


騒ぎが大きくなり、周りに人が増えてもおかしな目で見られるのは自分だけ。

自分の目にはどう見ても、リードを繋がれた人間が見えている。


「あんた達もなんとか思わないのか!

 人間をこんなふうに扱うなんて間違ってる!」


「はいはい、どうも警察です。落ち着いてください。

 お酒でも飲んでるんですか? それともドラッグ?

 とにかく、話を聞きますからパトカーへ」


「おかしいのは俺じゃなくてあっちの……!」


強引にパトカーで拉致されて、その後は警察署でみっちり説教となった。

叱り尽くされたことで自分の中でも目で見たことを嘘だと信じるくらいには矯正された。


「人間が人間をリードでつなげて散歩するなんて……見間違いだよな」


きっと疲れていたのだと自分を納得させて家に帰った。

テレビの電源を入れると、可愛いワンちゃん猫ちゃん特集がやっていた。


『見てください、可愛い猫ちゃんですね~~!』


レポーターはそう言っているが自分の目にはどう見ても人間にしか見えない。


「うそだろ……まさか、動物が人間に見えてるのか……!?」


どうして誰も自分の味方になってくれなかったのか理解した。

他の人には犬猫に見えているのに、自分だけ人間に見えていたからだろう。


寝れば治るとか、酒を抜けば良くなるとか。

自分の中での療法をさまざま試したが症状はまるで治らなかった。


「諦めて病院で見てもらおう……恥ずかしいけど」


最近じゃ犬猫だけでなく他の動物も人間に見えるまでエスカレート。

やばい精神病なんじゃないかと先に知っておいたほうがまだ対策できるだろう。


久しぶりに外へ出ると、そこは人間だらけの町に変わっていた。


電線には人間が止まり、ゴミ捨て場に人間が集まっている。

スズメとカラスなのだろうか。見た目ではもうわからない。


コンクリートの上ではアメを口で運ぶ人間がいる。


「あ、あの……あなたは何の動物なんですか……?」


「女王様がお腹をすかせている。早く巣へ戻らなくちゃ」


「もしかして……アリか!?」


症状は悪化して動物だけでなく昆虫すら人間に見え始めている。

ますます危機感を感じて病院へ急いだ。


「先生、診断結果は!?」


「別になんの異常もないですよ」


「異常があるからここへ来たんです!

 動物や昆虫が人間に見えているんですよ!?」


「それはあなただけでしょう? なにかの勘違いでは?」


「多くの人がそうならないと、俺の証言は認められないんですか!?」


「たまにうちの病院でも自分が病気だと認定してほしくて来る人もいます。いちいち相手にしてたら仕事ができんのですよ」


「もういいです! 自分で調べます!!」


もはや信じられるのは自分だけだった。

付け焼き刃の医療知識で必死に自分の体を検査しまくった。


成果はまるで出ないのに、症状は悪化する一方だった。


「はぁ……食欲でない……」


最近では症状が悪化したことで植物すら人間に見え始めている。

野菜のサラダなんか頼んだら、グロテスク過ぎて箸がつけられない。


かといって肉も食べられないのでずっと栄養ゼリーをすすっていた。

自分の治療も諦めかけて自暴自棄になりつつある。


普段は擬人化されたものを見たくなくて避けているテレビの電源を入れた。


『見てください! 動物園の動物がすべて人間になっています!』


『驚いたよ。漁船のいけすに入ってたのが全部人間だったんだから』


『ああ私の芸術が! せっかく作った生け花が人間になっている!!』


どのチャンネルに切り替えても内容はすべて同じだった。

自分以外にも、あらゆるものが擬人化されて見えるようになって混乱している。


「世間がこんなことになってるなんて……!

 やっぱり俺がやるしかない!!」


誰よりも先にこの病気について向き合って研究をしてきた。

世界の人々を誰よりも早く救えるのは自分しかいない。


失われていた情熱を再び燃やして研究に没頭した。


日を追うごとに自分の体が擬人化ウイルスにより蝕まれていく。

ついには機械すらも人間に見えるようになっていった。


研究のため使っている顕微鏡も、採取に使う注射器も。

メモにつかっていた文房具すら人間に見えてくる。


「これは人間じゃない。えんぴつだ。だから大丈夫」


「ぎゃーーー! 頭が!! けずられるぅーー!!!」


人間を傷つけているという罪悪感をすべて握りつぶした。

すべては世界の人々を救うため。自分の安い正義感なんて軽く捨てられる。


「できた……ついにできたぞ!!」


休まず続けた研究が実を結び、治療薬を作ることができた。

すでに効果は自分の体で検証済みだ。


これまで人間に見えていた道具や動物、植物からなにまで全部本来の姿で見えるようになった。


「ようし早くこれを使って、みんなを救わなくては!!」


電波塔に登ると自分の声を広く伝えた。


『みなさん聞こえますか! ついに私は擬人化されて見える病気のワクチンを開発しました!

 これからヘリでその薬の粉末をまきます! みなさんは救われます!』


ヘリをレンタルして空を巡回しながら、ワクチンの粉を空からばらまいた。

地上の人たちはその粉を吸い込んで擬人化の病気を治していった。


「これでみんな治療できたはずだ」


ヘリポートを見ると、ヘリの到着を待っている人たちでごった返していた。

きっと治療の感謝を伝えにここまで来たんだろう。

嬉しさにゆるむ口元をきゅっとしめて、ヘリから降りた。


「やあ、市民のみなさん。私のために集まってもらえるなんて恐縮です」


拍手で迎えられると思いきや、いきなり胸ぐらを掴まれた。


「おい! てめぇ、擬人化を治しやがって! なんてことしてくれる!!」


「え!? ええ!?」


ヘリポートに集まった人たちはかわるがわる暴言を吐きまくって殴っていった。


「せっかく、従業員を犬に切り替えて給料ゼロでこき使えてたのに!

 お前がウイルス治したせいで客にバレたじゃねぇか!!」


「豚肉だと偽ってたのに人肉だとバレたから、商売あがったりだ!」


「お前なんか人間じゃねぇ!! きっと人間に見えている動物に決まってる!!」


狂ったように殴りかかる彼らの目はまさに獣そのものだった。

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