第4話 ルビー

「さあ、まずは自己紹介をしましょうか」


 エリが飲み終わるのを待ってアンリは言いました。


「私はアンリ。あなたのお名前を教えてくれるかしら?」

「エリ……です」

「そう。よろしくね、エリ」


 アンリはそう言ってにっこりと微笑んだあと、未だそっぽを向いている妖精へとエリの視線を促して言いました。


「彼女はルビー。見ての通り妖精で、わたしとはずっと昔からの付き合いなの」

「ちょっとアンリ! なに勝手にあたしの名前を教えてるのよ!」

「あら、ごめんなさい。嫌だったの?」

「当たり前よ! あたしは人間なんか大嫌いなんだからっ!」


 ルビーはぷりぷりと頬を膨らませてしまいます。エリはその様子を見てしょんぼりと肩を落としました。


 エリにとって妖精は憧れの存在です。出来ることなら仲良くしたい。


 悲しげに俯くエリの耳元に顔を寄せると、アンリはそっと囁きました。


「あんなこと言ってるけれど、ちょっと人見知りの激しいだけで、本当はとっても優しい良い子なのよ。仲良くしてあげてね」

「うん……」


 エリは視線をルビーへと向けて、ぎこちない笑みを浮かべて言いました。


「あの、えっと……よろしくね、ルビー、ちゃん?」


 しかしルビーはまたも睨みつけてきます。


「気安く名前で呼ばないで。あんたと仲良くなる気なんてないんだから」

「……うぅ、ごめんなさい……」


 冷たくされたエリの瞳にふたたび涙が溜まっていきます。今度こそこぼれ落ちようと膨らんでいく涙。アンリのとがめるような声が響きます。


「ルビー?」

「……ふん」


 ルビーは無視していましたが、やがてちらりと横目で確認するようにエリを見ると、


「ま、まあ?」


 とその小さな腕を組んで言いました。


「どうしてもって言うなら……ルビーって呼んでもいいけどねっ!」

「……ほんとう?」

「しょうがなくよっ、しょうがなく! あんたがどうしてもって言うんなら特別に許してあげるってだけなんだから!」

「うん……! ありがとう、ルビー」


 エリの表情がパッと明るく輝きます。そして思わずルビーに向かって手を伸ばしそうになって、


「あ……」


 先ほどのことを思い出してピタリと止まってしまいます。


 そんなエリの様子を見かねたのか、ルビーはぶっきらぼうな口調で言いました。


「別にいいわよ、触るくらい。乱暴に掴んだりしなきゃね」

「い、いいの?」

「早くしなさいよ。あたしの気が変わらないうちに」

「う、うん……」


 エリは恐る恐る手を伸ばしました。掴むようにではなく、そっと人差し指だけを。その小さな人差し指に、ルビーのさらに小さな手が触れました。


「うわぁ」

「……なによ?」

「あったか〜い」

「当たり前でしょ。生きてるんだから」


 きらきらとした表情で触ってくるエリのことを、ルビーは不満げな顔を見せながらもどこか気恥ずかしそうに受け入れているのでした。

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【短編】『世界樹の魔法使い —正しさの伝え方—』 pocket @Pocket1213

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