年明けと神様と

怜 一

年明けと神様と


 午後23時59分。

 席の端で板にもたれ掛かった私は一人、スマホに表示された時計を見ながらカウントダウンを呟く。


 「3、2、1」


 時刻は0が三つになって、日付が1/1に切り替わる。しかし、周りには誰もいないから、友達とあけおめを言い合うわけでもなく、年明けを喜んで騒ぐ酔っ払いの声も聞こえない。年末年始も関係なく、私を乗せて忙しなく走る電車の音だけが響く。


 この、いまいち年明け感のない独りぼっちの年明けを迎えるのは、今年で三年目だ。現役の女子高生が家族とも友達とも過ごさずに、わざわざこんな寂しいことをしているのには訳がある。その訳とは────


 「次は〜」


 説明するのも野暮なので、しないでおくことにする。どうせ、もうすぐ解ることだし。

 乗り換えの駅へ到着するアナウンスが流れ、私はスマホをダッフルコートのポケットにねじ込んだ。


 五分ほど待って乗り換えた電車は人でごった返しているため、席には座れず、立っていることすらやっとだった。真冬なのに蒸し暑いすし詰め状態の車内を爪先立ちのまま、揺られること二十分。終点に着いたところで、やっと、この拷問から解放された。


 雪崩のように流れる人波に逆らわず改札を抜けると、青いベンチコートを着ている係員さんが大きな看板を掲げていた。その看板には、この先にある神社までのルートが記されていた。


 三年選手の私は、毎年ご苦労様ですと係員さんを心の中で労いながら、人混みをかき分けていく。石畳で舗装された緩い坂道を登っていくと、道の両脇に屋台が立ち並ぶエリアが見えてきて、その辺りから、神社へ参拝する人々の列の最後尾が形成されていた。


 ここに来ている大半の人は、この最後尾に並んで、寒さに身体を震わせながら某遊園地のアトラクション並みの待ち時間を過ごし、やっと順番が回ってきたら幾ばくかのお賽銭を払い、お参りを済ませて帰るのだろう。この苦行じみたことに、こんなに人が集まるなんて、よくよく考えなくても不思議なものだ。


 この神社に祀られている神様への信仰心が成せる技なのか、はたまた年越しというイベントを楽しみたい人達が集まっているのか。どちらにせよ、私は、この色んな人達が笑って、楽しそうにしている雰囲気が好きだったりする。


 私は、最後尾に並ぶことなく、屋台と列の間にできた二人分くらいの隙間を進んでいく。その道中で、たこ焼きと焼きそばを一パックづつと、大判焼きを二つ。そして、甘酒を二つ購入した。食べ物がいっぱい入った袋を腕に通して、両手に紙コップを持った私は、大通りから人気のない横道に逸れる。


 暖かい賑わいを背に、街灯もない真っ暗な夜道は石畳から、コンクリートに変わり、それから土や草へと変わっていく。すれ違うのは人から木々になり、虫の声すらない森の中を、私は恐れることなく、ずんずんと邁進していく。


 一応、人が歩けるように整備されているものの、夜中にこの道を迷いなく歩けるのは、地元民以外では私くらいのものだろう。

 額に汗が滲みはじめた頃に、やっと目的地に到着する。そこは、長い間、手入れされていない古びた鳥居が構えられており、老朽化して倒壊寸前といったボロボロの社がぽつんと寂しく建っている神社だった。


 「やっぱ、ここ遠いよ」


 ため息混じりに愚痴る私は、上がった息を整えながら三段しかない石段を上がる。すると、社の縁側に腰を掛け、退屈そうに夜空を見上げるライダースジャケットを羽織った女性───葉月の姿が見えた。私が鳥居を潜ると、葉月は私に気付き、


 「おっ。やっと来たな」


 と言って、赤と青が入り混じった長髪を靡かせながら駆け寄ってきて、私が無言で差し出した甘酒を奪い取った。私との一年振りの再会より、食い気を優先する。それが葉月なのだ。とても大人びた外見からは考えられないほど、子供っぽい。


 ちびちびと舐めるように甘酒を飲む葉月は、社の縁側に戻って腰を下ろしてから、


 「あっ。あけおめことよろ」


 隣に座った私にビッと掌を上げて雑に新年の挨拶を済ませた。


 「適当すぎ」

 「毎年のことだろ。それとも、わざわざ私に畏まって挨拶して欲しいか?」

 「え、ヤダ」

 「私だって嫌だ。それより、今年の貢物はなんだ?早く食わせろ」

 「はいはい。なにから食べる?たこ焼き、焼きそば、大判焼き」

 「もち、たこ焼き」

 

 私は、ビニール袋から少し冷めてしまったたこ焼きが入ったパックを取り出して、私と葉月の間に置く。紅色の目を輝かせた葉月は、輪ゴムで括られていた爪楊枝で大粒のたこ焼きを頬張った。


 「あんま急いで食べると喉詰まらせるよ」

 「へーひへーひ」


 ハムスターのように頬を膨らませた皐月は、ハフハフと湯気を吐く。くっ。美味しそうに食べてるな。

 つられた私も、爪楊枝を刺したたこ焼きを頬張る。うん、やっぱり美味しい。こういう屋台飯は普段食べないからか、こういった日に食べると余計美味しく感じてしまう。


 舌に残った濃厚なソース味を、少し温くなった甘酒で流し込む。

 不意に見上げた夜空には、小さいな光が無数に散らばっていて、その美しい光景に目を奪われた。この景色、地元じゃ見られないよなぁなんてことを思いつつぼーっと眺めていると、あっという間にたこ焼きを完食してしまった葉月が訪ねてきた。


 「今年、大学受験だろ?私に会いにきてよかったのか?」

 「へぇ。覚えてたんだ」


 自分の誕生日すら覚えてない葉月なのに、意外だ。


 「まぁな」

 「心配しなくても大丈夫だよ。私、頭良いから」


 片膝を抱えた葉月はハッと笑って、


 「私の杞憂だったか」


 私に真夏のようなカラッとした笑顔を向けた。


 「地元の大学か?それとも上京か?」

 「葉月、親みたいなこと訊いてくるじゃん。そんなに気になるの?」

 「まぁ、それなりに」

 「ふーん。どうして?」

 「私に貢物を持ってこられなくなるくらい柚子が遠くのほうに行くと、私が困るからな」

 「理由はそれだけ?」

 「それだけ」

 「本当に?」

 「………」


 あっ。顔背けた。

 もう一押ししてみよ。


 「ねぇ。本当に?」

 「………」

 「ねぇねぇ」

 「しつこい」


 葉月はムッとした横顔で、蠅を払うかのように手を振る。まったく、素直じゃないなぁ。そんな葉月にサプライズ。


 「それも心配しなくていいよ。私が受験するのは、この街の大学だから」


 こちらに素早く振り向いた葉月は、寝耳に水といったように目を大きく見開き、ぽかんと口を開ける。


 「私が志望校に合格したら、この街に一人暮らしする予定。年一どころか毎日でも貢物を渡せるよ。どう?嬉しい?」

 「あ、あぁ…」

 「そ。よかった」


 してやったりといった私の笑みとは反対に、葉月は呆気にとられた様子だった。こんなに気持ちいいリアクションを取ってくれるなんて、驚かせた甲斐があったな。

 私は、ビニール袋から取り出した二つの大判焼きのうちの一つを葉月に差し出す。

 

 「だからさ、葉月は受験に合格できるように、この神社から私を見守ってて」

 「それが、今年の願い事か?」

 「うん」

 「本当に、見守るだけでいいのか?」

 「うん」


 葉月は、それ以上は何も言わずに大判焼きを受け取った。


 「私、絶対合格して、この街に来るから。それまで待っててね」


 優しく微笑んだ葉月は、


 「待つのは慣れてる」


 と言って、大判焼きに齧りついた。



+


 買ってきた屋台飯を一通り平げ、月が水平線に近づいた頃。私は、プラスチック容器を纏めたビニール袋を片手に立ち上がる。


 「それじゃ、そろそろ帰るね」


 まだもう少しだけ話していたいという名残り惜しさを抱えつつ、縁側を降りると、


 「柚子」


 葉月に呼び止められた。

 振り返ると、葉月は私に向かって何かを投げた。緩い放物線を描いた何かを、見事、私は両手でキャッチした。掌を広げて見てみると、光沢のある真っ赤な布に金色の刺繍が施され、合格祈願の文字が縫われていた。


 渡した張本人が、ぶっきらぼうに言い放つ。


 「それくらいは持ってけ」


 なにそれ。嬉しいじゃん。


 「ありがと、葉月」


 私がお守りから顔を上げると、いつの間にか縁側にいた葉月の姿は消えており、葉月が居た場所で炎が燃え尽きる瞬間だけを捉えることができた。葉月、恥ずかしくなって逃げたな。


 ほんのりと温かいお守りを手に握った私は、ボロボロの鳥居を潜り、徐々に明るくなっていく空に目を擦りながら帰路についた。



end

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