photograph

遊月奈喩多

ねぇ、こっちを向いて。

 アルバムをめぐると、目に入るのは瑠花るかの写真。スマホのなかに保存していてもよかった――というか実際に瑠花の写真ばかり集めたフォルダは作ってあるけれど、こうやって台紙のアルバムに貼っておくのもいいものだ。

「また写真見てるの、美紗みさ?」

「うん、だって瑠花って可愛いんだもん! あっ、もちろん今の瑠花もね」

「そう、かな……」

「うん!」

 本当なんだから、もっと自信持てばいいのに。すっかり変わってしまった彼女を、思わず抱き締めたくなった。



   * * * * * * *


 天野あまの瑠花るかは、端的に言って美しい。美人のカテゴリーには全然入ると思うし、それでいて仕草とか笑顔とか、そういうところはとても可愛い。去年高校最後の体育祭でクラスメイトたちとハイタッチしていたときの笑顔なんて、きっと太陽だってあんなに輝けないだろうっていう眩しさだった。

 瑠花を見ている瞬間が、とても幸せだった。クラスメイトの特権のようなもので近くにいられた3年間がとても幸せで、だから離れてしまうことがとても辛くて。


 思い出がほしい、そう思った。

『…………っ!!???』


 黄昏に染まる遠い思い出の教室。

 宵闇が全てを飲み込むその前に。


 わたしは、ふたりきりになった教室で瑠花にキスをした。たったひとりで故郷を離れてしまう名残惜しさを噛み締めていた彼女を見つけた、空き教室の窓際で。

 振り向いて、曖昧な記憶からわたしを探し出そうとしてくれていた彼女の隙をついて、誰も来ないうちに、見よう見まねのファーストキスを。

 その瞬間の彼女の顔は、今でも覚えている。

『んっ、んんん、――――っ!!』

 戸惑って、怯えて、涙すら滲ませた綺麗な瞳。咄嗟とっさのことでろくに抵抗もできずにいるのをいいことに、わたしはキスを続けた。舌を絡めて、息苦しくなって少し隙間を作りながらも、彼女を離したくなかった。

 やがて彼女が事態をちゃんと飲み込んでからは、あっさりと振りほどかれてしまったけど。


『なに、なんなの!? ねぇ、なんなの!?』

 よっぽど嫌だったのか、制服の袖でゴシゴシと口許を拭い続ける瑠花。目の端に涙を溜めた顔が夕焼けにとても映えていて、ひどく胸を掻き乱されて――――


 カシャッ

『は?』


 カシャッ、カシャッ

『きれい……』


 瑠花がそんな風に誰かを睨むところなんて、見たことがなかった。瑠花がそんな風に泣いてるところなんて、見たことがなかった。瑠花がそんな風に本気で何かを嫌がるところなんて、見たことがなかった。

 スカートから覗く地面にへたり込んだ脚も、必死にわたしの痕跡を消そうとするあまり唾液に濡れた袖も、そんな姿を見て悦に浸るわたしを見つめる、本気で軽蔑したような目も。


『なに撮ってんだよ……、なに撮ってんだよ!! ふざけんな、お前!!』

 鼓膜を破るような、本気で怒ったような声も。もちろん驚いた、驚いたし、怖かったけど、それでもわたしは携帯を向けずにはいられなかった。


 だって。

『ふざけんな、何がしたいわけ!? 何なんだよお前ほんとにさぁ! キモいんだよ、なに笑ってんだよ!?』

 笑わずにいられなかったよ。

 だって、そんな瑠花が全部、大好きだった。


 あの瞬間だけは、瑠花は全部わたしのものだった。他の人たちに見せないような瑠花まで、わたしに見せてくれていた。

 ねぇ、そんなに幸せなことってある?


 わたしの携帯を奪おうと伸ばしてくる手も、唾を飛ばしながら吐き出される怒号も、鬼のような形相で目を剥いている姿も、全部わたしだけのもの。

 そして、その最後に。


『あっ、』

 まだ瑠花を撮っていたくて、後ろに下がりながら逃げていたわたしの視界がぐるっと回ったあと。


 まっ逆さまに校庭に落ちるわたしに向かって、手を伸ばしてくれてたの、嬉しかったなぁ……、ふふふっ♪


   * * * * * * *



「ねぇ瑠花、瑠花って可愛くない?」

「さぁ……」

「じゃあ可愛いって言われない? 大学とかで言われるんじゃないの?」

「……さぁ、大学行ってないし」

「そっか、ごめん」

 ごめんね、知ってた。あの日以来、ずっとわたしの傍にいてくれてるもんね、瑠花は?


 教室の窓から落ちたけど、別に命に別状はなかった。その代わり、窓の下に設置されていた水道に思い切りぶつかったせいで(らしい)、自力で歩くことができなくなってしまった。

 多くの生徒や先生が窓から落ちるわたしと、そんなわたしを呆然と見つめる瑠花を見ていたせいで言い逃れなんてできなかった瑠花は、警察沙汰にまでなったことを問題視されてせっかく推薦で決まっていたはずの進学も白紙にされてしまった。


 わたしが目を覚ましたのは、もういろいろ済んだ後のことで。まず病室にやって来た瑠花に、怖くなるくらいの低姿勢で謝られてしまった。そして、あの日の拒絶ぶりが嘘のように献身的になってくれている。

 退院した後も、わざわざわたしのいるアパートまで越してきて面倒を見てくれている。わたしもそれに甘えて、ずっと一緒。


 ……でも、何かが違うんだよね。


 瑠花に対する違和感は日に日に増して、どんどん気持ち悪くなって。その理由がわかった頃、わたしは開き直ることにした。

 瑠花がわたしへの罪悪感でわたしといてくれるなら、わたしはそんな瑠花をどんどん利用してしまおう、って。きっと彼女はわたしの要求なら何も拒まないに違いない――ていうか、何も拒まれなかった。何でもしてくれるし、何でもさせてくれる。

 もう、彼女は前のような――太陽を思わせるような――眩しさを失って、どこか卑屈に笑うようになって。到底わたしの好きだった瑠花ではなくなってしまったけど。


 それでもね、信じてるんだ。


 いつか、わたしとずっと一緒にいる日々の中で、彼女は自分を取り戻してくれる。だって知ってるから、いつもわたしの部屋に来るときに持ってきてるもの。

 きっとわたしとの日々に我慢できなくなって、そのナイフでわたしを刺すときには、瑠花はあの日わたしを拒んだときみたいな瑠花に戻ってくれるから。


 だから、それまでせいいっぱい、瑠花の罪悪感を利用させてね? 可愛くて綺麗で、大好きな瑠花。

 わたしはその日を待ちながら、あなたと思い出を重ねたいの。

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