第二部 エピローグ  ―  めでたし、めでたし

 ついにこの星を発つ時が来た。嵐の季節は去って、晴れ上がったチュラの空はどこまでもすみれ色に続いている。修理を終えたひょっとこ丸も、元の大きさを取り戻したアリス3号も調子は上々だ。

 いつもより早起きしたふたりはおめかし中だった。銀河は探偵帽とアリス3号から借りたハーフマントに身を包み、アリス3号は女王様のように花の冠を頭にのせて蝶ネクタイまで着けている。きょうはこれからレモとキンタの結婚式に招待されていた。銀河とアリス3号のお別れパーティーもいっしょにしてくれるらしい。

 ポチに乗って、レムが迎えにやって来た。

「おはよう、隊長さん、3号さん」

 晴れやかに降りて来て、銀河の顔を見上げる。

「隊長さん、ほんとに行ってしまうの?」

 ちょっと寂しそうだ。

「また会えるさ。君も探検家になったら、いつかいっしょに冒険しよう」

「はい、絶対に約束します!」

「オトウトポチクン、タンコブハナオッタカナ?」

 向こうではアリス3号がお別れをしている。

「コンドアッタラマタレスリングシヨウ」

 銀河も姉さんポチの所へ行ってお礼を言う。

「ありがとう、恐竜さん。君がいなかったら、ぼくたち、何もできなかったよ。正直御苑しょうじきらんどにも辿り着けず、きっとあのまま飢え死にしていたし、レムを助けることも、鍵を取り戻すこともできなかったはずさ。これからもしっかりみんなを助けてあげて」

 姉さん竜は両目からポタポタ涙を落した。

「さぁ、これで涙をふいて。ぼくまでうつりそうだから」

 そう言って、銀河はポケットから唐草模様の風呂敷の切れ端を取り出した。

「これは君が記念に持っていて。ぼくのことを忘れないように」

 姉さん竜は全部の触手と尻尾で銀河の全身をきつくきつく抱きしめた。こうしてまた一つの初恋がはかなく散り去って行ってしまった、のだろうか。

 銀河の体が触手に持ち上げられて、背中の特別席に載せられる。


 正直御苑しょうじきらんどではお祝いとお別れに詰めかけた大勢の人々が、到着したふたりを満場の大歓声で出迎えてくれた。

 おなじみの顔ぶれの他にも、レモとキンタの友人や家族たち、親類や職場の仲間や上司たち、囚人や来賓や両方の村の知り合いの人々など、立派なホールの宴会場もすっかり満員御礼だ。よく見ると誰もが金色と銀色に縁どられた招待状を手にしていて、招待文の最後には「正直堂印刷」とか「嘘つき堂印刷に非ず」などと記されていた。皆、お互いに声をかけて笑い合ったり、こちらにあいさつしてくれたり、実に賑やかに盛り上っている。世話係の人たちが飲み物やおつまみを配っていた。あれ?むこうでカクテルを振舞っている人には見覚えがある。確か、正直屋本舗ほんぽの事務のおねえさんだ。面接係だったおじいさんもいる。そのそばで賑々にぎにぎしく乾杯している三人組は、紛れもなく、あの、、桃割れ髪アロハシャツのおばさんと、和服水着さんと、迷彩服鉄かぶとのおばさんだ。少し離れた席から、あの若者が、三人おばさんたちの立ち飲みしているグラスの中へ釣糸を垂れているのに、誰も気づいていない様子だ。よく見ると、若者のひざの上にもたれかかるように、赤いとんがり帽子の番人が酔い潰れていた。正直村第一億七番役場受付の人造人間の案内嬢は、四千とんで七十八階の就職窓口のおばさんと、嘘つき村第一役場に非ずの四百四番窓口のおじさんを引き合わせている。そんな人混みを縫うようにデザートの盆を片手に、涼しい顔の冗談で客たちを煙に巻きながら給仕して行くのは、誰あろう、あの日傘おばさんだ。重粒子砲を構えた精鋭機動隊員の案山子が、早く騒ぎでも起こらないものかとホールの隅で待ち構えていた。ふんどしのはずれかけていたおじいさんと、おじいさんを蹴っていた半被はっぴ姿の女の子もふざけ合っている。

 やがて、お祝いムードも最高に高まった所で、進行役の支配人がみんなに呼びかけた。

「皆さん、ご注目のほど」

 おしゃべりが止み、全ての顔が一斉に彼を向く。

「お待たせしました。それではこれより花嫁、花婿の入場です!」

 高らかなファンファーレと共に、右側の螺旋らせん階段の踊り場に当ったスポットライトの光の輪の中に、レモの姿がまばゆく浮び上った。左側の踊り場にはキンタがいる。二人は、一段一段、踏みしめるように両側から降りて来て、中央のゴールの壇上に降り立つと、寄り添って見つめ合い、手を取って微笑み合った。何て清らかな姿だろう。淡い黄色に透き通ったウェディングドレスのレモも、黒いスマートな宇宙着姿のキンタも、きょう、ここで生みなおされたばかりのようにけがれない。いつの間にそういうことになったのか、純白のレースのドレスをまとったアリス3号が歩み出て行って、ブーケの束をレモに手渡している。気のせいか、花嫁にも負けないほどきれいに見えてしまう。彼女自身にもいつかこんな日が来るのだろうか。 —— いや、それはない。

 そびえ立つウェディングケーキにナイフが通り、何十ものくす玉が頭上で一斉に割れると、まん中の、一番巨大なバルーンの中から四羽の黒ツグミともう一つ、何か鳥みたいな物が現れて、新郎新婦の頭の上に幾度も幾度も天使の輪を描いて祝福した。ガシャガシャと怪し気な飛び方をしていたのは九官鳥だ。九官鳥は飛びながら自分のおヘソから抜き取ったコバルト色の指輪を二人の間に落し、レモとキンタが、見事にそれをキャッチする。それから目を回してちて来た九官鳥の首根っこを取り押え、そのおヘソにもう一度二人で一緒に指輪をはめ込んで、ここにレモとキンタはめでたく結ばれた。。生贄いけにえから救い出された二人の子供たちが、両側から盛んに毒野花の吹雪をふりまいた。

「ありがとう、皆さん」

 レモたちが壇上から手を振った。歓声と拍手でみんなが答える。

「そして、とりわけ銀河さん、アリス3号さん。わたしたち、どれだけ深く感謝申し上げれば良いのでしょう」

 もう一度、洪水のような声援が湧き起り、それは銀河とその相棒に向けられた。

「この良き日、おふたりもまた未来へと旅発って行かれるのですね。私たちが、きょう、こうして無事に結ばれ、正直村と嘘つき村双方の、こんなにも多くの皆さん方に祝福してで頂けるのも、全ておふたりの命がけの大活躍のおかげです」

「我がチュラは、あまりにも急激に、あまりにも多くの変化にさらされたために混乱してしまいました」

 キンタが後を引きとる。

「ぼくたちはこれから共に力を合せて良き昔に学び直し、進歩と弊害へいがいを切り分けて、母なるチュラを再び宇宙一、幸せな世界に育てて行くことをここに誓います」

 ひときわ高く、拍手がくり返された。キンタの正直語もすっかり板についていた。

 支配人が先を進める。

「それでは、次に、銀河くんの我が星にしるされた偉大なる学術的功績を讃えて、STKA及びUTKA、並びに正直村、嘘つき村両村議会を代表し、STKA第二代所長、黒ひげ大博士より、栄えあるプライ・モーディアル・ポーチ大勲章を贈らせて頂くと共に、その足跡そくせきを末永く語り継がんがため、記念像の除幕をとり行わせていただきましょう。では、哲学科学アカデミー名誉博士銀河くん、どうぞこちらへ」

 呼ばれるままに壇上に歩み出た銀河の首に、学士帽に肩ガウン姿の礼装で登場した黒ひげ大博士から、重力スライム製の見事なメダルが授けられる。包まれる喝采の中で傍の幕が落ちると、そこから未来を指さす凛々りりしい少年の立ち姿が現れた。よく見ると足元に一寸法師になったアリス3号を引き連れている。


「銀河お兄ちゃん」

  式典が終っても熱気のめやらないエントランス・ホールの人混みの間から、ミモが別れを告げに来た。

「お兄ちゃん、アリス3号さん、本当にありがとう。デュラン・デュランも手術が成功したの」

「ヨカッタネ。グアイハドウ?」

「体は治ったけど、まだ口はきいてくれない。でも、大丈夫。わたし、わかるの。きっと立ち直ってくれるって」

 ミモの瞳が一瞬キラッとひらめいた。

「わたし、お金をためてはぐれロボットさんたちの学校を作るの。ご主人様がいなくても一人で生きて行けるように友達の作り方や生きがいの持ち方を教えてあげたいから」

「すてきだな、ミモにぴったりの役目だね。そうだ、じゃあ、帰りにひょっとこ丸までついて来て」

 銀河もうれしかった。

「百万チュラン寄附するよ。余っちゃったから」

「ほんと!?やっぱり銀河お兄ちゃん、大好き!でも、それならもう一つだけ付けて欲しいおまけがあるの」

「何だい?」

「アリス3号さんを置いて行って。理想の校長先生をしてもらうから」

 それはやめておいた方が良い。

「無理よね、相棒あいぼうさんだもの」

 ミモにも最初からわかっている。

「銀河さん、わたしを抱っこして。今度会うときはもう大人になっているの?」

「なっていて欲しい?」

「いやだ、成長しないで!」

「そう。じゃあ、大人になりかけたら預言者よげんしゃに頼んで若返らせてもらうよ」

「約束ね」

 他にも、山羊ヒゲさんや口裂けお姉さんや正直御苑しょうじきらんどの人たちが次から次へとやって来て、何度も何度も名残りを惜しんでくれるのだった。

「お主ら、いずこにまいらんとするや」

 二人組の博士まで来てくれた。だが、キジムナン博士の言葉が変だ。見ると、二人のえり元にタイピン型翻訳機が留っていた。

「道中、無事息災で行きやがれ」

 非コロボック博士の方はフキのかさがしおれかけだ。

 けれども、一番最後にやって来たのは、別れるのが全然寂しくない、というより、会えなくなるのが嬉しいくらいの相手だった。

「わたしって、ちっとも悪くないでしょ?勇敢で、気立てもいいし … 。あなたたちにはいじめられたけど、赦してあげましょう。恨んでいない証拠にお土産みやげをあげるわ。どちらでも好きな方を選んでいいわよ」

 目の前に大きな葛籠つづらと小さな葛籠つづらが出現した。

「コッチダ!」

 まずい、と思った通り、アリス3号が大きい方の葛籠つづらに飛びついた。案の定、中からお化けがとび出て来てポンコツ少女は気絶した。

「バカ … 」

 銀河は心の中でかぶりした。本当にこのままここへ残して行こうか?

 突然、ド・ドンと花火がとどろいた。出発の合図にみんなが用意してくれたらしい。

 外へ出て見ると、満天のスパンコールがすみれ色の空に次から次へと舞い上がっては、ゆっくりと枝垂れ降りて来る。

 ポチの触手が伸びて来て、銀河とレムとミモを背に積んだ。ついでに、起き上がったまま寝ぼけているおバカロボットも。

「さぁ、ひょっとこ丸の見送りに出かけよう」

 支配人が呼びかけると、その場にいた人々はひとり残らず、それぞれの飛行カプセルに乗り込んだ。

 ゆっくりとポチが飛び発つ。全員、あといて来る。透き通ったカジマヤーの光が乱されて、その辺りの地上に影を作るほどの大編隊だ。

 一瞬、ポチがぐんと速度を上げた。

 振り返ると、みんなの乗った無数のスライム・カプセルは、花火にまみれて、チカチカと瞬く昆虫の大群のようだった。


 そして出発の準備が整い、ひょっとこ丸が再び新たな冒険を目指して飛び発って行くまでの残りの幾ときかの間、この星の人々を救った二人の英雄は、仲の良い兄妹か恋人どうしのように互いを深くいたわり合い、口げんかひとつすることはなかったと、嘘つき村の年代記には今も残っている。


                                   (終)


                                     

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凸凹ほし絵巻 友未 哲俊 @betunosi

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