第二部 ⅩⅢ:私をバカと呼ばないで

 その一週間後、発表式典会場の大広場には、朝早くから無数の人々が押し寄せていた。レモとキンタの登場を今や遅しと待ち構えている。数えきれない報道陣や記者たちもすっかり準備を整えて待ち受けていた。全世界に生中継されているらしい。平和か戦争かの瀬戸際せとぎわなのだからそれも当然だ。お祭り騒ぎの中にも緊張感が張りつめていた。まん中に立派な発表台の設けられた中央村民広場は、それはそれは広大で、両側に背の高いデパートやショッピングセンターの建物がずらりと立ち並んでいる。向かい合った対岸の建物どうしを行き来するための横断橋の透明な回廊が幾本となく頭上の空中を横切っていて、そこからも大勢の人々が下の様子をのぞき込んでいた。

 嵐は相変わらず暴れている。だが、この日のために用意された仮設のスライム製透明ドームが一帯を深々とおおい包んで、広場や建物から暴風と豪雨を完璧に締め出していた。

 レモとキンタがうまく話せることは、銀河とアリス3号にはもうわかっていた。気を持たせて、本番までお披露目ひろめこそしてくれなかったが、きのう最後のレッスンに向って行く時も、二人の顔は幸せそうに火照ほてっていたからだ。まちがいなく成功して、この星を救ってみせてくれるにちがいない。

 さぁ、いよいよだ。二つに割れた群衆の間から二人の姿が堂々と発表台に現れた。たちまちあたりが静まり返る。

「キンタさん」

 よく通るレモの声が言った。

「わたし、あなたのことが大嫌いです。今すぐ別れて下さい!」

 銀河もアリス3号も、こんな台詞せりふを笑顔で言う人ははじめて見た。

「レモさん」

 キンタが答える。

「もう何週間かすれば嵐の季節も終るでしょう。そうしたら、ぼくたち結婚しましょう」

「ヤッタ!!」

 歓声がどっと火を噴いた。この星の有史以来、人々の起した最大の拍手喝采だったに違いない。その場にいる全員の空前絶後のスタンディングオベイションがとどろき渡った。「ヤッタ!ヤッタ!!ヤッタ!!!」アリス3号が大はしゃぎで何度も何度も跳び上がる。アニキにしっかり抱きつくなり、猛烈にキッスする。が、この時ばかりは銀河もよせとは言わなかった。見れば世直し派の人たちまで大喜びではないか。心の奥の奥では、やっぱりみな戦争なんかイヤだったのだろう。不満そうな人などどこにもいない。

 おや、何だろう?

 頭の上で小さな悲鳴が起きた。見上げると横断橋のひとつで何かが起っていた。バラバラと人影が散って行く。と、何者かが人々をけ散らして橋の真ん中に躍り出てきた。デュラン・デュランだ。熱線銃を握っている。パニックになった人々が蜘蛛くもの子を散らすようにあたりから逃げ出した。

「人間ども、ロボットの恨みを思い知れ!」

 正気を失っている。

「死なせてやろう!まずはお前だ」

 発射された熱線が銀河のすぐそばの地面にパックリと穴を開けた。

「アブナイ!」

 二発目の熱線が、銀河の代りに、体ごととっさにアニキを押しのけたアリス3号のボディーを貫いた。

 アリス3号はひざを折って地面に崩れ落ちた。その胴体に大きな穴が開いていた。

 あたりが静まり返った。

 みな一瞬の出来事だった。

「アリス!」

 銀河はアリス3号の頭を抱き起す。

「アリス、しっかりしろ!」

「アニキ、モウダメダ … 」

 アリス3号の顔が銀河を見た。

「アブナイカラハナレテ」

 最後の力で銀河を突き飛ばす。銀河の体が地面に落ちた時、小さな爆発が起きて、アリス3号がバラバラに吹き飛んだ。

「アリス!」

 大きな破片や小さな部品が散り散りにくずれ飛び、もう手の施しようのないことが一目でわかった。焼け焦げたネジや歯車を必死でかき寄せて、銀河は両腕と上体でただただおおい込む。ひとつのかけらさえ失えない。

「誰かそいつを取り押えろ!」

 我に返った人々が口々に叫び始め、恐れを忘れた何人かの者たちが、アリス3号と銀河の有様を嘲笑あざわらって見つめているデュラン・デュランの方へ向かおうとした。だが、相手が悪すぎる。

「皆殺しだ!」

 回廊を上から下へ、あちらからこちらへと目にも止らぬ早業で跳び渡りながら、今度は狙いも定めず、やたら滅法めっぽうに乱射しはじめた。丸腰で、戦い方さえ知らないチュラの人々の手にはとうてい負えない。みな金切り声を上げて逃げ惑うばかりだった。熱線銃で穴だらけになったシールドから嵐がどっとなだれ込んで来た。お祭り騒ぎだった広場は一瞬で修羅場しゅらばと化した。これでは本当に皆殺しだ。

「待て!」

 その時だ。穴の開いたドームの上空から何かが降りてきた。ポチだ。背中に誰かがまたがっている。見上げた人々はあっと驚いた。アリス3号がもう一人、弟イタチの背にさっそうと仁王立ちしているではないか。

「降参して銃を捨てろ!」

 デュラン・デュランはぎょっとして振り仰ぐ。

「何の魔法だ!?」

 銃口から熱線が再び放たれる。だが、ポチは翼をすっと滑らせていともやすやすと身をかわす。次の瞬間、アリス3号の両腕から発射されたレーザーが、あっという間にデュラン・デュランの体を撃ち抜いた。右側半分から火を噴いて相手は吹き飛んだ。もう一度狙いをつける。

「悪いのはあなたよ!私はちっとも悪くない!」

 これがとどめだ。

「やめて!!」

 小さな影がひとつ、突然とび出して来て、デュラン・デュランとポチの間に立ちはだかった。ミモだ。目にいっぱい涙をためて両腕を広げて守っている。

「おじさんは良いロボットなの。ほんとはやさしいの」

 

 だが、そんな騒ぎさえ、銀河には何ひとつ届かなかった。

 物音ひとつ聞こえない。時間の止まった世界にひとり残されて、穴だらけになり果てたドームからなだれ込む暴風雨の中にひざを折ったまま、抱き集めたアリス3号のかけらを全身でおおい続けていた。

「アリス … 」

 アリス、アリス、お前ってどこまでバカなんだ。なぜレーザー砲を使わなかった。相手を倒すかわりに自分の身でぼくをかばったりして … 。そうさ、わかってる。お前はそういう奴なんだ。怖くて銃が撃てないんだろ。ドジで間抜けでやさし過ぎたんだ。人騒がせで、弱虫で考えなしの奴なんだ。なのに …

 いま初めて、アリス3号の制作者がなぜ彼女をこんな風に作ったのか、銀河にも少しわかった気がした。だが、もう手遅れだ。

「アニキ」

 空耳だ。アリス3号の声がする。

「ナクノハハヤイヨ」

 爆発で吹き飛んだ大きな残骸の一つから、一台の、それは小さなアリス3号がもぞもぞとい出てきた。寸法が片手に乗りそうなほど小さい他は、声も姿もそのままだ。

「アリス!? 」

 間違いない。

「君なのか … ??」

 アリス3号はアニキを見上げた。

「ワタシノセイサクシャガ、モシモノトキノタメニ、ワタシヲワタシノムネノトコロニイレテオイテクレタノ。ワタシカラフクゲンスレバ、モトノオオキナワタシニモドセルヨ」

「アリス!」

 銀河はアリス3号を両手にギュッと握り取る。あまり力を入れ過ぎて、ドラム缶型の寸胴ずんどうが情けないきしみを上げるほど。

「死んだかと思った」

「ワタシガイナクナッタラサビシイ?」

「バカ、ほんとに赦さないぞ」

 まわりの世界が息を吹き返した。ざわめきとどよめきがふたりを囲んでいた。

「よし、元の大きさに戻してもらおう。支配人さんならできるはずだ」

「ウン … 、アニキ、デモ、ヒトツダケオネガイシテモイイ?」

 アリス3号がつぶやく。

「何だい?」

「ワタシヲフクゲンスルトキ、モットスタイルノイイビジンニカエテホシイノ。ソレカラ、アタマトココロモ、モットカシコクテ、ユウカンナロボットニウマレカワラセテ」

「 … いいよ … 」

 銀河は目を閉じて少しの間、考えてみた。それから静かにこう伝えた。

「いいよ、それが君の望みなら。そうなったら、きっと大勢の人たちが君を欲しがるね。でも、そうしたら、ぼくは、美人で賢くて勇敢になった君をその中の誰かに譲って、またどこかの裏町で、えない売れ残りの相棒あいぼうを探さなくっちゃね」

 散乱した瓦礫がれきの中に膝まづく銀河の手のひらに包まれて、アリス3号はずいぶん長い間、黙り続けていた。ちっぽけなガラスの頭で、何かを考える歯車の動きがカチャカチャと響いている。

「ワカッタ、ガマンスル」

 アリス3号はとうとううなづいた。

「ダカラモウ、ワタシノコト、バカッテイワナイデ」


 次の日、船室で昼食を料理していた銀河はアリス3号にバカと言った。

「バカ!山椒さんしょとコショウの見分けもつかないのか」

「ア、バカトイッタ!」

 コショウのつぼを胴体と両腕に抱え込んでテーブルの上をヨタヨタと運んでいた一寸法師ロボットは、怒ってつぼを放り出した。

「アヤマレ!ミッツカゾエルウチニアヤマラナイト、ココデジバクスル」

 幸い、船内にもうもうとコショウ粉がたちこめたおかげで、ふたりともそれ以上喧嘩を続けることができなくなった。このとき、アリス3号に数分の間クシャミし続けられる機能が備わっていたことは、もっけの幸いだったと言わねばなるまい。

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