第二部 Ⅻ:創世記 その3

 そう言うと、アレグレットは杖でふたりにに琥珀こはく色の光の粉を振りかけた。と、そのとたん、ふたりの体は軽々と地上を離れて、一瞬で沼地を抜けるや、あの絶壁のふちの宙空に浮んでいたのだった。この星を初めて探ったあの日のように、下界には赤茶けた大峡谷が、真っ青な大空に向って視界の果てまで険しくそそり立ち、はるかその底を中央大河が銀色の背を光らせて滔々とうとうと延びて行く。ずっと向うの峰には深い緑に包まれた正直御苑しょうじきらんどの姿がわずかにのぞき、その先は村への分れ道へと続いているはずだ。その先には異空間のメガロポリスがあり、さらに別のどこかにははぐれロボットたちの墓場が隠されている。

「このあたりも三年前までは、それはすてきなお花畑だったわ」

 アレグレットは遠い目でつぶやいた。

「枯れることもしおれることもない、ありとあらゆる種類の花たちがどこまでもどこまでもずーっと奇跡のように咲き乱れていて、甘い蜜の香りでそれは息がつまりそうなほどだったの。さぁ、こっちよ」

 妖精はもう一度杖を振ってふたりを崖底へ導いた。あの日、逆さまに落ちて行ったのと同じ底なしの峡谷を、きょうはちゃんと頭を上にして降りて行く。と、複雑に入り組んだ岩々に閉ざされていた視界が突然開け、その彼方に懐かしいあの巨大な瀧が再び姿を現した。ふたりとも息を飲む。

「もっと近くへ行きましょう」

 アレグレットは切り立った崖と崖の間を回り込むように旋回し、ワープしてふたりを瀧の間近へと導いた。

 今やすぐ眼下に,瀧は壮大な翼を広げていた。どんなにのぞき込んでも底は見えず、どちらに目をっても果てがない。ただドーッというはるかな地響きだけが幾重にも幾重にも木霊し合って、時間そのもののように未来へと落ち込んで行く。霧としぶきが泥だるまのアリス3号を完全に洗いきよめ、銀河までがぐしょ濡れだ。そして、今朝がたアリス3号を空から飾っていた虹の柱が、今、さわれそうなほどくっきりと、目の前に太い天の門をそびえ立たせているのだった。

「 … 時々迷うの」

 アレグレットがそっとつぶやく。

「本当に星を耕してしまって良いのかしらって … 。ポテンシャルを解き放つのは確かにひどく危険なことだもの。眠りから目覚めた悪い心や災害に傷つけられていく大勢の人たちのことを思うと切ないわ。でもね、 —— ねぇ、銀河くん、3号くん。本当はどちらを選びたい?どこまでもどこまでも果てしなく続く楽園か、底知れない海や暴れまくる火山や目くるめく断崖か … 。じゃ、あとは君たちにまかせて私もそろそろ次の星へ行くことにするわ。またどこかで会いましょう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る