最終話 推ししか勝たん!

ON-AIR #13


 教頭の後をアナちゃんに腕を掴まれる形でついてゆく。

 何か悪い事したっけ……。

 そんな気分になるような連れられ方。

 あ、ライブストリーム部って書いてある部屋だ。


「あとはよろしいですかな、先導さん」

「ありがとうございます。私もユウにお願いするだけですし」

「では」


 ああもう!

 話が勝手に進んでいくよ。

 これだから大人ってやつは……。


「失礼しますー」

「あ、お姉さん!」

「はい、お姉さんです」


 お姉さん?

 確かに年は上だからお姉さんと言えばお姉さんだけど。


「いる?」

「奥にいますよ。呼んできますね」


 えっと、何年生かわからないけど、先輩……だよな。

 顔も声も可愛かったな。

 どこかで聞いた気もするけど。


「ナル、お姉さんだよ!」

「あ、連れてきたのかな」


 ふぁ!?

 ちょ、いや、え!?

 今鼓膜に心地よい刺激を与えたのはまさか……。


「ユウ、お待ちかねの子を連れてきましたあ」

「お姉ちゃんが嬉しいんじゃないの? あ、初めまして。先導ユウっていいます」


 今、体が硬直している。

 気持ちは爆発しそうなのに。

 う、動け!

 とにかく、口を動かさねば。


「は、ハジはじめマシまして。お、おしと……ゆうといいます」

「本当に同じ名前なんだね! いつも応援ありがと。君の配信もちゃんとチェックしているよ! ずっと私のこと話しているから恥ずかしいけど」


 いつも応援ありがと……。

 配信をチェックしている……。

 それを言える人は一人しかいないよな。

 いや、まさかそんな。

 入りたかった部活を紹介されているだけだ。

 何を妄想しているんだ。

 この学校に理想を求めすぎだろ。

 落ち着け、落ち着けよ!

 これでも五万人のリスナーを抱えたストリーマー、穂村トオルだぞ。

 もっと堂々としていけ!


「あはは! 押戸君が固まっちゃった。穂村トオルさん、推しが目の前にいますよー」


 推しが目の前……。

 いや待って。

 なんでアナちゃんが僕の配信名知っているの!?

 おまけに僕の推しが目の前とか。

 先生が生徒を惑わせてはいけないでしょ。


「それじゃあ私も名乗らなきゃね。配信名は加根羽ナルっていいます。ライブストリーム部へようこそ」


 僕に向けて発せられた彼女の声は、耳の中を浄化しながら通り抜ける。

 そのまま鼓膜に到達すると、癒し周波数で震わせた。

 これがあるから生きていられると思えるほどだ。

 配信をするきっかけとなった声。

 知っている……いや、そんなレベルじゃない。

 スピーカーやヘッドホンからとは違う、肉声だ。

 天使の声がより深く、脳内へと直接届く。

 

 これはヤバい。

 ああ、倒れそうだ。

 中の人に会ってしまったんだ。

 それに、勝手に脳内で描いていた容姿に限りなく近い可愛さ。

 駄目だ。

 これは生きていることが途轍とてつもないことに思えてきた。

 会ってしまった、会ってしまった――――会っちゃった!


ON-AIR #14


 部活と学校について説明をされていたみたいだけど、頭の中が真っ白で何も覚えていない。

 だって、教えてくれたのはナルちゃんだ。

 今の僕は、冷静なんて言葉を持ち合わせていない。

 セーブ機能はどこかへ飛んで行った。


「押戸君、限界を超えているわね。また改めて教えてあげて」

「うん。でも事務所の人には紹介しないと。このまま連れていくけど、仕方ないよね」


 どこへ連れて行かれるんでしょうか。

 これ以上は頭も心もいっぱいなんですが。


「契約も含めての入学だから」


 けいやく?


「えっと、契約って?」

「やだなあ。事務所との契約も入学の条件じゃない」


 なんだそれ。


「聞いてない」

「お姉ちゃん、伝えるの忘れているんじゃない?」


 アナちゃんは驚いた顔をしながら手で口を塞いだ。


「やだ。私肝心な事を言い忘れていた!?」

「お姉ちゃんならやりそうだなあ」

「てへ」


 いや、てへって。


「あの、お姉ちゃんってことは」

「それも言っていないの?」


 アナちゃんは両手を合わせて謝ってきた。


「ごめん、私たち姉妹なの。君はナルが推しで、私はトオル推し」


 なんだってー!


「僕がアナちゃんの推し!?」

「推し合い圧し合いね!」


 アナちゃんそれ、笑えない。


ON-AIR #14


 あれからナルちゃんに連れてこられたのは、学校から程近い所にある会社。

 ビルの入り口にあるテナント看板の一つに社名が書いてある。


AIMエイム FORフォー HAPPINESSハピネス PROJECTプロジェクトって、あの?」

「そうだよ。私の所属する配信グループ、通称AFHプロ。今日から君も一員になるの」


 ――――マジ?


「あの、話が」

「マネージャー! 連れてきました」


 ナルちゃんのマネージャーさんと思われる人に紹介をされた。


「あなたが……毎回あれだけのパワーで配信ができるのなら、今後が楽しみね」

「私とコラボとかさ、いっぱいできるよね?」


 コ、コラボ!?

 夢にまで見たコラボが現実に。


「うちに所属はするけれど、初めは今まで通りで。プロジェクトには徐々に混ざってもらいましょう。よろしくね」


 マネージャーさんに続いてナルちゃんとも握手をした。

 握手をしちゃった!

 心臓がもちそうにないよ。

 とりあえず、また学校へ行くのかなんて思った自分を殴ってやりたい。


ON-AIR #15


 昼間のドタバタから夜の配信へと時は流れて。

 いつも通り配信をしている。

 僕の様子がいつもと違うことに気づくリスナー。

 どうしたのかと、ざわついている。

 理由を話さなきゃ。


「みなさんに報告があります。僕、AFHプロに所属が決まりました」


 一瞬チャットが止まる。

 次の瞬間、勢いよく流れ始めた。

 クラッカーやくす玉のスタンプ、リスナーの個性が出ているお祝いメッセージが続々と目に入る。


 目から熱いものがこぼれ落ちた。

 そして涙腺崩壊。

 泣きながらみんなに感謝し続けた。


「五万人記念配信のつもりが、とんでもない報告になりました。ありがとう、みんなありがとう!」


 その後は、どうやって配信を終わらせたのか覚えていない。

 とにかく確実に言えることは――――。


 Vアイドルを推していたら、受験はなんとかなりました。

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Vアイドルを推していたら進路はなんとかなりました 沢鴨ゆうま @calket

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