第4話 ふたりだけの、世界
あたしに勉強をさせるばかりで青春をさせてくれない学校を出たら、もう海の向こうに夕陽が沈み始めているところだった。
急いで海岸の方に戻ってくると、あたしは我慢出来ずに制服のままレナの手を掴み、砂浜を走った。やっぱり青春はここにある!
「よっしゃー行くよレナ! 勉強で火照った頭を冷やすのじゃー!」
「えっ? ちょ、ちょっとミウ、まっ」
「待ちませぇーん!」
そのまま二人で夕暮れの海にどぼーんと飛び込んだ。もちろん、下にはちゃんと水着を準備済み! けど脱いでる時間ももったいなかったのだ!
「っぷはー! やっぱ海はキモチイーね! どうせお風呂入るんだし思いっきり濡れてこ! ほーら水かけちゃうぞー!」
「…………」
「あ、あれ? レナ?」
「…………」
髪先からぽたぽた水滴を落としているレナは、ずっと無言で立ち尽くしていた。
透け透けだ。
レナの濡れた制服の下から、レナがお気に入りにしてる可愛い白の下着が見えた。
「……あ。え、えーっと、水着……着て、なかったんだ?」
「……待ってって、言ったよね?」
「あ、あはははっ! テンション上がっちゃってっ、ゴ、ゴメンね~レナ?」
「待ってって、言ったよね?」
「は、はいすみません!」
あこれぜったい本気で怒ってる! やばいやばいどうしようあっそうだ!
「ちょ、ちょっと待っててレナぁ! レナの大好きなリッチミルク味のアイス持ってくるからぁ! ゴメンねゴメンねごめんなさぁ~~~い!」
慌てて海から上がって逃げるあたし。背中から、レナの痛い視線が突き刺さってくるような気がした。
レナは、朝ご飯を食べたいつもの青いベンチに座ってあたしを待ってた。あたしも隣に座ってレナにアイスを手渡す。あたしたちの制服はもうだいぶ乾いてきていた。
「レ、レナさん? 怒ってる?」
「怒ってないよ。早く帰って下着を洗いたいなとは思ってるけど」
「ご、ごめんね~ホントに! お詫びにあたしが洗うから許して! あとお風呂で背中も洗うから! 寝る前にマッサージもするからぁ! 堪忍してぇ~!」
「…………しょうがないね」
レナが許してくれてホッと一安心するあたし。あー良かった!
それからあたしたちは、真っ赤に染まった世界の終わりみたいな水平線を眺めながら、コンビニの冷凍カップアイスを手の熱で溶かしつつ二人ぼっちで食べた。たわいない話をしてバカみたいに笑った。この時間が、あたしはすごく好きだった。
そんなとき、ゴゴゴゴとすごい音が空を引き裂いた。
ロケットが空に昇っていく。
おっきな宇宙船を乗せたロケットは、あっという間に空の彼方へ消えていく。
あたしは立ち上がってびしっと敬礼のポーズをした。
「人類に栄光あれー!」
なんかそれっぽいことを言った。
音がしなくなるまで二人でロケットを見送っていたら、あたしのアイスがずりっと溶けて制服の内側に落ちた。「あっ」と思ったときには、胸の辺りからお腹、太ももまでツーッと冷たい感覚が伝わってきて「ぴにゃーっ!?」と変な声を上げてしまう。
「動かないで、ミウ」
「ひゃい!」
慌てて制服をまくり上げると、レナがハンカチであちこちを拭き取ってくれた。こそばゆいし恥ずかしいし冷たいしであーもう驚いた!
「ありがとレナ!」
「うん。はい」
「いいの? やったぁ!」
レナが差し向けてくれたスプーンをぱくっと咥える。うん、リッチミルク味もよき!
そのまま冷たいアイスを喉に流し込んでから、またベンチに座って言う。
「ねぇレナ。今のって、最後のやつ?」
「そうだね。最後のやつだね」
「そっかぁ。それじゃいよいよホントに二人ぼっちだね!」
「うん」
なんとなく足を開いてから、ロケットが貫いて形の変わった雲を眺める。夏の雲は、もくもくと揺れて空に溶けていった。あの空の向こうに、本当に楽園があるのかな。
レナがつぶやく。
「ミウは、後悔してる?」
「え?」
「ここに残ったこと」
うーん。
「あたし、あんまり後悔したことってないんだよね」
「え?」
「だって、そのときあたしがやりたいって思ったことをやってるんだもん。もちろん失敗とかたくさんあるけどさ、やらなかった方がよかったことってないよ。今回もおなじ。大好きな海や星を毎日見られるし、何でも食べ放題飲み放題だし、アニメや映画も観きれないくらいたくさんあるし、漫画もたくさんだし、時間がいくらあっても足りないくらい! あー、レポートだけはめんどくさいけど、それが人類の役に立つならまーいいっしょ! 一人ぼっちだったら寂しかっただろーけど、レナがいるからね!」
にへへ、と笑うあたし。レナは大きな目でぼうっとあたしを見ていた。
なんだかちょっと照れくさくなって、あたしは自分の毛先をくるくるしながら言った。
「ま、バカだから難しいこと考えないだけかなー! てゆーかあたしよりレナの方が後悔してるんじゃないっ?」
レナはキレイだし頭も良いから、きっとあっちを選択しても上手くやっていけたと思う。わざわざこっちに――よりにもよってこの街に残るなんて、よっぽどあたしと離れたくなかったのかなーえへへへ!
そう思っていたら、レナが答えてくれた。
「後悔はしてないよ」
「え?」
「ミウがいるから」
レナの指先が、あたしの指先に触れる。
「ミウが、いるから」
心臓がどくんってなった。
静かな波音と、自分の心臓の音だけが聞こえる。
あたしは、ぼうっとしていた。
世界が止まったみたいだった。
「……何か、言ってよ」
海風にサラサラと髪をなびかせながら、レナがぼそっと恥ずかしそうにつぶやいた。
夕焼けみたいに染まった頬が妙に色っぽくて、すごく、キレイだった。
あたしは、指と指を絡ませてしっかりとレナの手を握った。
顔を近づける。
ぴぴぴ、と生体チップが鳴った。
ハッとしたあたしが左の手首を指でトントンすると、そこからぷわんっと立体映像が浮かぶ。あたしの身長や体重含めた恥ずかしい個人生体データを隠すように、中央にでかでかと表示された『緊急』の文字をタップした。
『――――まで あと 1000 日』
ちゃんと読まずにハイハイっと映像を消す。夕陽は海の向こうに消えていた。あーもういいとこだったのにぃ!
「いよっし! そろそろ帰ろレナっ! 今日はねぇ、久しぶりにレナのハンバーグが食べたいなー?」
「……いいよ。それじゃあ、スーパーに寄っていこうか。まだたくさん残っているからね」
「うぇーいやったー! 食べたら温泉も行こうね! それでお菓子食べながら朝までアニメ鑑賞会~!」
「ダメだよ。テスト本番も近いからしばらくは二話だけね」
「そんなぁ~!」
ウキウキ気分で歩き出したのに出鼻をくじかれた! ひぎぃ!
ぴたっと止まったあたしは、けれど不思議とおかしくなってきて、レナの手を掴んだ。
「――レナ! 二人ぼっちで幸せになるぞー!」
レナはしばらくぼうっとあたしを見つめて、それからくすっと笑った。
「もう幸せだよ」
おおう! なかなか良いこと言うじゃないですか! さすがあたしの嫁!
それからあたしたちは、また手と手を繋いで子どもみたいにスキップしながら帰った。
ざざぁん、と波の音だけが聞こえる。
――美しい海。
あたしの名前。好きな名前。
これからも、あたしはずっとレナと一緒にいたい。
いつか来る最後のときまで。
終わりなんてみんな同じだ。一緒にいる相手や場所、そのタイミングが違うだけだ。だからきっと、あたしの選択は変わらなかったと思う。
だって。
あたしたちは、永遠に二人ぼっちだからね!
〈了〉
ふたりぼっち、永遠の夏 灯色ひろ @hiro_hiiro
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