◆チラ見せ◆ 二度目は、きっと―白豚妃2巻番外編より―

 1月15日発売「白豚妃再来伝 後宮も二度目なら」2巻では、大っ量の書き下ろしをさせていただきました。

 番外編タイトルは「二度目は、きっと」。

 内容はずばり…初夜編です!

 富士見Lさまと私の羞恥心の許すギリギリのところを攻めてみました(爽やか)。

 どんな内容なの…中村にそんなの書けるの…大丈夫なの…と心配、もとい、気になる読者さまのために、出版社さまに許可をいただき、一部チラ見せをさせていただくことにしました。

 どうか楽しんでいただけますように!



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《番外編 あらすじ》

「続きは玄岸州げんがんしゅうに帰ったらな」。

 そんな礼央りおうの言葉にやきもきしながら、貧民窟に帰り着いた珠麗じゅれい

 冗談だと受け流そうとしていたが、なんと帰郷の夜、礼央は本当に、珠麗の腕を取った。

 ところが、忠義者の夏蓮かれんが礼央に牙を剥き、珠麗がそれを庇ったことで、礼央と珠麗は険悪な空気に。

「私を抱こうって言うなら、嫁入り道具一式、耳を揃えて持ってきてから言えってのよ、クソ野郎!」

 勢いのまま珠麗が啖呵たんかを切ってしまったところ、礼央はふつりと姿を見せなくなる。

 それから一月、放置されたと思ったら、急に礼央が現われて――?



***



 米俵こめだわらのようにかつがれた珠麗が、礼央の家に着く頃には、夕暮れの赤が宵闇の紫紺に塗り変わろうとしていた。


「帰して! 帰してったら! 夏蓮が心配するし! というかせめて下ろしてくれない⁉ この担ぎ方、微妙にお腹が圧迫されて苦しいんですけど! 歩かせてほしいんですけど!」

くつが汚れるだろう。いやだ」


 珠麗はじたばたともがくが、礼央は一向に譲らない。


 たしかに、強引に着替えさせられた衣装とお揃いの沓は、恐ろしく繊細な刺繍と金細工が施されていて、汚れるのを厭う気持ちはわかるのだが、なぜ彼のような男が突然そんな気遣いを見せるのかは不思議でならなかった。


「っていうかなに⁉ 目的地はここなの⁉ しょ、処刑現場はここなの――わあっ」


 ぎゃあぎゃあ騒いでいると、突然腰をつかまれ、地上に下ろされる。

 ただしそれは、土の上ではなく、清潔に磨かれた礼央の家の、敷居しきいの内側だ。


 その数歩先には、なぜか立派なしつらえの火鉢ひばち鎮座ちんざしていた。

 もう春だというのに、赤々と火が燃えている。

 いや、玄岸州は常に寒いから、心地よくはあるのだが。


またげ」

「は⁉」


 突然命じられて、珠麗はぎょっと目をいた。


(この巨大な火鉢を⁉)


 なにしろ目の前の火鉢は、珠麗の腰ほどの高さがある、異様に大がかりなものだ。

 しかも燃えている。


 まず間違いなく、これをまたごうとしたら、全身火だるまになるだろう。


「や、む、無理でしょ、普通に焼け死ぬっての!」


 赤い衣装をまとって、火鉢を跨ぐ。

 字面じづらだけ見れば婚礼のようだが、明らかにこれは命を奪いにかかっている。


 よって珠麗は、この一連の礼央の行動を、己を処刑するためのものと断じた。


 先日、珠麗が「抱くと言うなら婚礼準備後おととい来やがれ!」なんて啖呵たんかを切ったものだから、腹を立てた礼央は意趣返しに、婚礼をして自分を殺そうというのだ。


(せ、性格、悪っ!)


 涙目になって硬直していると、礼央は「のろい」とぼやき、珠麗を今度は横抱きにした。


「うぐえっ!」


 ――ト……ッ!


 潰れたかえるのような悲鳴とは裏腹に、軽やかな跳躍音が響く。


 気付けば、珠麗は礼央に抱えられたまま、火鉢を跳び越えていた。

 なんだか、大道芸で火の輪くぐりを強要された獣の気分だ。


「へ……っ? え? 生きてる……っ?」

「おら。頭下げろ」


 己の全身に触れて無事を確認していると、礼央がどさりと珠麗を床に下ろし、強引に頭を掴んでくる。


「うぎゃあ⁉」


 まさか、ひたいを床に叩き付けて殺す気か。

 珠麗は絶叫したが、手は額がぶつかるぎりぎりで止まり、しかも向かいでは、なぜか礼央も頭を下げていた。

 真剣な顔と、目が合う。


「一礼、完了だな。次」

「へっ?」

「ほら。しっかり持て」


 ぽかんとしていると、今度は身を起こされ、なにかを押し付けられた。

 皇帝の所蔵品と言ってもおかしくないくらいの、上等なつくりのさかずきである。


 礼央は、珠麗が手にしたままの杯に、いつの間にか用意されていた瓶で酒を注ぎ、手首を掴んでそれを呷った。


「よし。次は返杯」

「はいっ?」

「飲め」


 次は同じ杯に酒を満たされ、飲めと迫られる。

 目を白黒させている間に、ぐいと杯を唇に押し付けられ、珠麗はなし崩しに酒を飲み下す羽目になった。


「よし、次」


 礼央は国宝級に見える杯をひょいとそのへんに放り出すと、今度はますを押し付ける。


け」


 中には、色とりどりの豆と飴が入っていた。


「い、いや、私たち、なにしてるんですかね……っ?」

「豆撒き」

「いや、そうじゃなくて」


 さすがにここまで来れば、礼央が婚礼めいたなにかをしようとしていることはわかる。


 だが問題は、いつの時点で彼が自分を殺そうとしているのかということだ。


「こ、この、茶番は、どこまで続けるおつもりなんですかね……っ?」

「茶番?」


 恐る恐る問えば、礼央がむっとしたように眉を寄せた。


「これは、茶番ではなく、本番の婚礼だが」


 しん、と、針の落ちる音さえ聞こえそうな沈黙が満ちる。


 数拍置いてから、珠麗は「えええっ⁉」と顔を上げた。


「えっ? これ、婚礼⁉ 本物の⁉」

「ああ」

「婚礼を模した処刑じゃなくて? 意趣返しじゃなくて? 純粋な婚礼⁉」

「はあ?」


 礼央はそこで、あからさまな呆れ顔になった。


「なぜそこで、処刑だなんて発想が出てくる。おまえの思考回路はどうなってるんだ?」

「いやいやいやいや! そっちこそでしょ⁉」


 咄嗟に突っ込んでしまってから、珠麗は改めて、「婚礼」の二文字を舌で転がした。


「え……? わ、私たち、婚礼、してるの……? な、なんで……?」

「おまえが言ったんだろうが」

「ええ……?」


 それは、たしかに言った。

 愛人にされるなんてごめんだ、手を出そうというなら、相応の覚悟をしてこいとは。


 だがまさか、本当に礼央がその通りにしてくるだなんて。


「そ、そこまで、私のことを、その、だ、抱きたかったの……?」


 あまりに予想外だ。

 どう受け止めてよいのかわからない。


 だってまさかこの男が、自分を抱くためだけに、ここまでの労力を払うだなんて。


「り、礼央って、そこまで、肉欲の権化だったの……?」

「そろそろ殴っていいか」


 ごく素朴な疑問を口にすると、これまでになく低い声で凄まれた。


 びくっとする珠麗に、礼央は深い、それは深い溜息を落とす。

 呼気をすべて出し切ってしまうと、彼はやがて、顔を上げた。


「おまえだからだ」


 黒曜石のように鋭い瞳が、まっすぐに珠麗を射貫く。

 筋張った手が伸ばされ、珠麗の頬に触れた。


「おまえを、俺のものにしたいから。でなきゃ、こんなクソくだらないこと、誰がするか」

「り……礼央、は」


 指の触れた先が熱い。

 いいや、顔が、全身が、燃えるようだ。


 徐々に近付いてくる顔を、珠麗は愕然として見守った。


「わ、私のこと、好きだったの……⁉」

「…………」


 不意に、ぴたりと礼央の動きが止まる。

 彼はしばし無言で天を見上げてから、ただ一言、「そこからか?」と呟いた。


「な、なんでそんなに呆れるの……っ?」

「いや逆に聞くが、なぜわからないんだ? これだけ口説かれて、口づけまでされておいて……おまえ、そんなに軽々しく男と口づけるのか」

「しないわよ!」


 珠麗はぎょっとして叫んだ。


「あ、あれはだって、礼央が、私のことを単にからかったんだと思ったから……」

「本気だ」


 再び、礼央の手が伸びてくる。

 真っ赤になった顔を見られたくなくて、両手で顔を覆おうとしたが、寸前で手首を掴まれた。


「珠麗。おまえがほしい。だから妻にして、抱く。いいな?」

「や、ちょ……、ちょっと待って……」


 だめだ、頭が追いつかない。

 手首から伝わってくる熱に、珠麗は泣きそうになった。


「つ、妻にするって言ったって、そんな、突然」

「手順通りに婚礼まで挙げただろうが」


 花嫁衣装を着て、男が女を迎えて、火鉢を跨いで、夫婦で一礼して、杯を交わして、豆を撒いて。

 一連の出来事をたどって、それはたしかに、と珠麗は思った。


 たしかに、天華国の一般的な婚礼の手順を踏んではいるけれど。


「で、でも、天地と親に三拝してないじゃない!」

「『からす』は皇帝以外の天を仰がず、地になど伏せない。親はろくでもないから拝する必要もない。よって省略だ」

「う、宴は⁉ みんなに知らせて、祝ってもらうことこそが、婚礼の意義でしょ⁉」

「荒くれ者どもにおまえを晒すなんてごめんだ。知らせたいなら、明日、邑中むらじゅうれを出してやる。いいや、王都まで触れを届かせてもいい」


 にやり、と意地悪い笑みを浮かべた礼央に、なぜだかぞくりと背筋が粟立つ。


「さあ。これで婚礼は完了だな。おまえはもう、俺のもの。そして」


 しっかりと腕を押さえたまま、礼央の顔が近付いてくる。


「待……っ」


 唇に、熱。


 長い時間を掛けて珠麗の唇を翻弄し、やがて少しだけ身を離すと、彼は告げた。


「残るは、初夜だ」


 窓から差し込んでいたはずの夕陽は、すっかり月光に取って代わられていた。

 すぐ傍で赤々と焚かれた火鉢の炎が、礼央の顔に揺れる影を落としている。


 黒い瞳は、まぎれもない熱を浮かべて、こちらを見ていた。


「…………っ」


 じり、と、床に座り込んだままだった尻で後ずさる。


 なにもかもが予想以上の速さで進んでしまい、頭がはち切れそうだったのだ。


「き、今日は無理……っ」


 半泣きになった珠麗は、とうとう掴まれていた両手を振り払い、逃げを打った。


(無理無理無理!)


 礼央は、自分のことを好いていた。

 婚礼への憧れを、律儀に果たしてくれていた。


 それらは正直なところ、嬉しかった。想像以上に。


 けれどだからこそ、感情が湧き上がってしまい、収拾がつかないのだ。

 嬉しくて、恥ずかしくて、泣きそうで、叶うならこの場で叫びだしてしまいたかった。


 こんな状態で初夜なんて、迎えられるわけがない!


「勘弁してください!」

「するかよ」


 だが、背後からがっしりと腰に手を回され、珠麗の逃亡劇はわずか数秒で幕を閉じる。


 そのままひょいと横抱きにされ、珠麗は恭しく連行された――寝室へと。





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 続きは書籍にてお楽しみください!

「白豚妃再来伝 後宮も二度目なら」2巻を、どうぞよろしくお願いいたします。

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後宮も二度目なら 〜白豚妃再来伝〜 中村 颯希 @satsukinkmr

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