第2話 二人の巻き髪女子
「なんて素晴らしい巻き髪だ!」
シュゼットの背後から巻き髪を称賛する男性の声が聞こえた。
「あら、あなたもお分かりですの?今日は私史上一番…」
男性の声を聞いたシュゼットが、そう言いながら振り向くと、そこには学者らしき知的な風貌の男性がある少女を熱心に見つめていた。
男性が見つめていた先は、ティラミスだった。
男性から熱視線を浴びているティラミスという少女もまた、アルドの仲間。彼女はBC2000年頃の古代で召竜士として過ごしていたが、アルドと共にこのエルジオンに来ていた。
ティラミスはシュゼットと似た紫色を基調とした洋服だが、動きやすい黒のロングブーツに膝上丈のバルーンシルエットのスカート、背中から足元にかけては透け感のある柔らかい薄紫のマントがなびいていた。
そして何より特徴的なのはその髪型。
黄金色の髪は耳横の位置でツインテールにされており、均等な幅で見事な螺旋を描き、縦に伸びている。
計算しつくしたような毛量バランスで、歩くたびに柔らかいバネのように弾んでいた。
「これだよ、まさにこれだ!私が追い求めていた究極の美髪!輝きと強さ、そしてその中にある柔らかさ!すべてを君は持っているー!」
男性は目を輝かせながら、至近距離でティラミスの髪の毛を観察していた。
「なっ、いきなり何事か!召竜士に対して急に近寄るとは、失礼な…!」
ティラミスはあからさまに不機嫌な顔をして、その男性から退いた。その様子をアルドとシュゼットは少し離れた場所から見ていた。
「あっ、あれはティラミスじゃないか!にしてもあの男の人、急に大きな声出して何なんだ。ちょっと様子を見に…」
ちょっと様子を見に行ってみるか。と言い終える前に、アルドの目の前からシュゼットの姿が消えた。そして、勢いよく走っていき男性とティラミスの間に割って入った。
「ちょーーーっとお待ちなさい!」
「!!!」
「!!!な、なんだね君は!」
ティラミスと男性は驚き、男性は突然現れたシュゼットの姿に戸惑った。
「このわたくし、今日のヘアセットは自分史上一番の仕上がりですのよ!この娘の巻き髪も確かに素晴らしいですが、わたくしの方がより魔界のオーラを感じていただける完成度ではありませんこと?」
シュゼットはティラミスを背に、男性へ詰め寄った。そして自慢のカールしたツインテールを手でなびかせながら熱弁した。
出来栄えに自信があったシュゼットは、男性から高い評価を得ていたティラミスに対して、一気にライバル心に火が付いたのだ。
シュゼットは元々負けず嫌いな性格ではあるが、今日だけは巻き髪で誰にも負けたくはなかったのだ。
その様子を背後からティラミスは冷ややかな視線で見つめていた。
「…おぉ、おぉぉ…、…おぉぉ‼︎」
シュゼットの乱入に男性は戸惑ったものの、そのふんわりと巻かれた柔らかい巻き髪を目の前に、男性の目の色はみるみる変わっていった。
「はぁ、はぁ…、おい、シュゼット。そんな急に走り出すなよ…!」
やっとアルドが追いついた。
「これはまた、ふんわりニュアンス感のある素晴らしい巻き髪だ!髪の間を空気が通り抜ける…風を感じるぞ!」
男性はシュゼットの髪をいろんな角度から観察した。シュゼットも自分の髪に注目してくれた男性のリアクションに満足気の表情だった。
「そうでございましょう?わたくしの魔力もこの髪のごとく…」
「君たちにお願いしたい、ぜひ僕の研究に力を貸してくれないか?!」
男性はシュゼットの話を遮り、ティラミスとシュゼットを交互に見た。
「あんたは一体何者なんだ?」
男性の行動を不審に思ったアルドは聞いた。
「僕はエルジオンの生物科学センターの研究員をしている者だ。今研究の真っ最中なんだが、センター内のほかの研究も手伝わされていて、なかなか思うように自分の研究が進まないんだよ。あと少しで完成しそうなんだが…。」
「その研究ってどんなものなんだ?」
アルドが聞くと、
「よくぞ聞いてくれた…!」
そう言いながら、男性は細長いガラスの試験管を取り出した。その中には青い色をした薬品が入っており、厳重に蓋が閉じられていた。
「人類が生まれてどれほどの時間が経ったことか。にもかかわらず、人類は様々な頭髪の悩みを抱え苦労をしている。猫毛や癖毛、固い毛質や切れ毛。悩みはキリがない。だからこそ頭皮に塗るだけで生えてくる髪質を自在にコントロールし、思い通りのヘアスタイルを楽しめるような薬品を開発しているのだ。」
男性は持っていたカバンから研究レポートのような書類を出しながら続けて言った。
「概ね薬品の基礎は完成しているんだ。あとはどんな環境にも耐えられる、強くて美しい髪の毛、即ち、君たちのような素晴らしい巻き髪にセットできるような髪の毛が細胞の核として必要なのだよ!」
その発言を聞いて、3人は嫌な予感がした。
「だから、君たちの毛髪を僕にくれないか?!」
男性は必至な顔で訴えた。
「ちょっとだけでもいいんだ!」
「髪の毛を?」
「人にあげるのは、ちょっと抵抗がありますわ…」
アルドたちが戸惑って固まっていると、
ピピピピッ、ピピピピッ、
男性の胸ポケットに入っていた通信端末に着信が入った。
「もしもし…。えっ…!い、いえ…申し訳ありません。はい…はい、すぐに向かいます…はい、失礼します。」
どうやら仕事上でトラブルがあったようだ。男性は焦った表情のまま通話を切ると、
「研究室から呼ばれてしまった…!せっかく素晴らしい毛髪に出会えたのに…」
「早くいかないと、怒られるぞ。」
男性は焦りながらも未だシュゼットとティラミスから離れようとしないので、アルドは研究室に向かうように促した。
「あぁ…分かった、分かったよ。」
男性がカバンに書類を無造作に詰め込んだ。
「じゃあな、君たち!」
立ち去る途中、紙が数枚ハラりと落ちた。
「あっ、ちょっとこれ!」
アルドが気づいて拾ったが男性は気づかず、駆け足で3人のもとを去っていった。
「その紙はなんですの?」
アルドの拾った紙をシュゼットとティラミスが見る。
『毛髪強度チェックシート』
「髪の強度?」
「そうみたいだな。これによると、いろんなの環境下で髪がどうなるか、5段階で評価するようになっている。」
どうやら男性の研究に必要な情報を収集するためのもののようだ。
「見ず知らずの人に髪を提供するのは何だか気が進まないですが、このチェックシートの作成くらいなら、協力してあげてもよろしくってよ。」
「ま、あの学者の要望を断ったこともある、我も力を貸そう。」
「2人とも優しいな!俺も着いていくよ、ちょうど紙も3枚あるし!」
そういうと三人はチェックシートに目を通し、検証のできそうな場所へ向かった。
Beautys High 与世山とわ @towa_10
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