第21話 召喚術師、新たなる旅路の中で

「馬ぁっ鹿野郎おっ!! ミフィーラお前っ、なに持ってきてやがんだあああっ!?」 

「持ってきてない。この子からくっついてきたから抱っこしてるだけ」

「それを持ってきたと言うんだ! 僕とフェイルの忠告を聞いていなかったのか!? あれほど親を刺激するなと言っただろう!」


 ラダーマークより遙か東方の低山地帯。


 雲一つない抜けるような青空。


 俺とシリルとミフィーラの三人は、赤茶けた岩場を死ぬ気で走っていた。


 ガランガランと激しく打ち鳴っているのは、俺がリュックサックの横にくくり付けている鍋やヤカンで――三人とも、それなりの荷物を背負った旅装束なのである。


 そして、だ。


 ギャーギャーわめきながら走る俺たちの背後に迫るのは、全長二十メジャールになろうかという巨大な地竜の群れ。翼を持たないドラゴンの一種だった。

 大量のヨダレを撒き散らしながら、まるで土石流がごとくにその辺の岩場をメチャクチャに粉砕しながら、三十頭以上の巨大な牙が俺たちをつけ狙っているのだ。


「シリル! ザイルーガだ! ザイルーガを出してくれぇ!」

「駄目だフェイル! ここで召喚獣を出したら、あの群れすべてから完全に敵認定される! 『穏便に子供を返す』どうこうの話じゃなくなるぞ!」

「む~……だったら返すよ。ごめんね、おかーさん」


 不意に、鱗も生えていない小竜を両手で掲げたミフィーラ。


「馬鹿野郎!」

 俺は「きゅ? きゅう~?」と小首を傾げる小竜をミフィーラから奪い取り、小脇に抱えた。走るスピードは決して落とさない。


「今ぁ返してどうする!? 母親が一番ブチ切れてるんだぞ!? 見境なく子供殺す可能性があんだろうがぁ!」

「なんとか身を隠せる場所を探そう! 竜の群れが落ち着くのを待つしかない!」

「どこにあるってんだ!? そんな場所ぉ!」


 ――――――――――――――――――――――


 交易都市ラダーマークに銀の天使喰いが現れたあの日から、早一ヶ月半。

 俺たち三人は学院を休学して、長い旅に出ていた。


 というより……いまだ学生の身でありながら、サーシャの父親であるシド国王からの勅命を受けて、“イドの国”の首都である聖都ミルトノーツを目指している。


 “イドの国”のとある遺跡で『パンドラの武器のようなもの』が見つかり、病的に律儀すぎることで有名なイド国王が『それを俺に返したがっている』と言うのだ。


 今頃――――


 今頃、ラダーマークでは、俺のパンドラが踏み潰した大市場やら住宅街の復興が急ピッチで進んでいるだろう。

 俺のバイト先“大衆酒場・馬のヨダレ亭”では、俺がいなくなったことで忙しくなった親方が厨房で怒り狂い、それをイリーシャさんがなだめているかもしれない。


 俺のパンドラと天使喰いがぶつかりあったあの大事件。

 聞くところによると、二体の神話存在が大暴れした割りに死傷者が極端に少なかったことから、“ラダーマークの奇跡”とか言われているらしい。


 犠牲者となったのは、最初に天使喰いに取り込まれた召喚術師が何人かだけで……一応、一般市民の死傷者はゼロということで公式に発表があった。

 俺とシリルは、そんな都合の良い奇跡があるわけがないと、交易都市ぐるみで学院の召喚術師たちに気を遣ってる可能性が高いと踏んでいるのだが……結局、真相は闇の中だ。


 直接の発端となったベルンハルトの責は、奴の実家であるハドチェック家が負うらしい。

 とはいえ、正直、その辺のことは適当にやってくれって感じで俺はまったく関知していなかった。領地や財産が召し上げられて、それがラダーマークの復興財源になったりするのだろう。


 とにもかくにも、だ。


 俺たちの世界は魔獣パンドラによって守られ、少しずつ落ち着きを取り戻しつつあった。


「なぁんでイドの国は、飛行召喚獣が禁じられてるんだよ!」

「仕方ないだろう! 天使以外の召喚獣が飛ぶことを禁ず! それがこの国の教義なんだ! 国には国の歴史というものがある!」


「非常事態だ! こんな山の中っ、誰に迷惑をかけるわけでもねえ!」

「万が一にでもふもとの人間に見られれば大事おおごとだぞ! すぐに密告されて聖都に入れなくなる!」


 いつまでも経っても落ち着かないのは俺たち三人ぐらいなもの。


 今日だってよせばいいのに『猛石竜の子育てを見てみたい。ドラゴンなのに群れで子育てするの』というミフィーラの興味に付き合って寄り道したら、こんなことになっている。


 そりゃあ――

「フェイル・フォナフ、シリル、ミフィーラ――あなたたち、こんなところでいったい何をしているのですか?」

 俺たち三人の評判を聞き付けたシド国王が不意に心配になって、愛娘であるサーシャ・シド・ゼウルタニアにお目付役を命じたのも納得だ。


 いきなり俺たちの頭上に現れた六枚翼の大天使。

 そして、大天使の手のひらの上で腕を組んでいるサーシャ。


 俺はやけっぱちになって「ナイスタイミングだサーシャぁ! 助けてくれええええ!!」と叫ぶのである。


 しかしサーシャはジト目で俺たちを見下ろしただけだった。


「私一人だけ次の町に行かせて……あなたたち三人、ずいぶん楽しそうですねえ?」

「楽しいわけあるかぁあああああああ! お姫様に山登りさせるのはどうかなって遠慮した結果がこれだああああああああ!」

「私、もう心配するのも飽きました。あなたたち三人はいつもいつも道草ばかり。むやみやたらに大冒険ばかり。いつまで経っても聖都に辿り着かないではありませんか」

「お説教は後で聞く! せめてこの子だけでも預かってくれ! 走りにくいったらありゃしねえ!」


 そして俺は脇に抱えていた可愛い小竜をサーシャに投げると、前方を指差してシリルとミフィーラに言った。

「ちょっと待てぇ! この先っ、崖になってんぞ!」


 すると隣を走るシリルから返ってきたのは「跳ぶしかない! 竜の群れにひき殺されるよりはマシだろう!」という世にも恐ろしい提案で。


「これぐらいのピンチ、いつものことだし」

 抱いていた小竜を俺に取られてふくれっ面のミフィーラもそれに同意らしい。


 俺は全速力で走りながら思いっきり頭を掻いた。

 やがて、サーシャに一度視線を振ってから、空中へと飛び出す覚悟を決めるのだ。


「しょうがねえ! どうするかは跳んでから考えるかぁ!」


 俺たちの冒険はまだ始まったばかり。


 やるべきこと、やりたいことは沢山あって――――俺たちの前にはどこまでも続く世界が広がっていた。


 召喚術師を名乗って地元の村に帰るのも、だいぶ先のことになりそうだ。



                               <第一部 了>

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俺の召喚獣、死んでる 楽山 @rakuzan

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