3. 魔導書もInDesignで

 地平線が朱色に染まる夜明け前、僕は掌編を一本書き上げた。


 ふらふらになりながらコキリさんを呼び、読んでもらう。


「……いいでしょう。すぐ製本します」


 そう言って彼女はUSBメモリをノートPCに差し込んだ。


 そのままベッドに倒れ込んで眠ってしまいたかったけれど、この後が気になりすぎて眠れない予感があった。


「あの、どうやって魔導書にするのか、見てもいいですかね……?」


 秘密主義だというから断られるかと思ったらコキリさんはあっさりうなずいた。


「いいですよ。隣の部屋です」


 隣室のデスクには見慣れたものが置いてあった。


「……めっちゃMacBookですね……そんでInDesignなんですね……」


「いまどき手作業で組版するとでも思っていたんですか?」


「え……いや、はあ……まあ……魔導書だし……」


「アドビシステムズからはGrimoireProという魔導書生成ソフトも出ていますから全工程がデスクトップで行えます。そうこう言っているうちにできました」


 MacBookの画面からみょいいいいんと一冊の本が出てきてコキリさんの手に収まった。


 アドビすごすぎだろ! そして風情なさすぎだろ!


 背後で扉が開いた。


「できたのかいっ?」


 駆け込んできたのはマキナ姫だった。昨日よりも装飾が少なく動きやすそうな軍服に着替えているのは、出撃があるからだろうか。

 コキリさんの手にした魔導書を見て目を輝かせて駆け寄ってくる。


「マヒロ先生の魔導書! 読んでもいいかいっ?」


 ところがコキリさんはものすごい目でマキナ姫をにらんで魔導書を背中に隠す。


「殿下。この世には絶対に変えてはならない順番というものがあります。たとえば天地の次に火と水が創造されたこと。春の次に夏が、その次に秋と冬が巡り来ること。そして作者の次に本を読むのが編集者だということ」


 そんな大げさな話なのっ?


 一ページずつ丹念に確認するコキリさんのまわりを、マキナは待ちきれないといった顔でくるくる周回する。


「問題ありません。どうぞ、殿下」


「ありがとうっ」


 マキナはむしゃぶりつくような勢いで魔導書を受け取り、椅子に腰を下ろして読みふけった。一ページごとに表情がころころ変わるのが見ていて面白く、作者としては恥ずかしい。


 姫の顔は終盤にさしかかったあたりで真っ赤に染まる。


「……うわあ……これは……」


 つぶやきも漏れ聞こえるのでこっちとしては恥ずかしいのを通り越して心配になってくる。


「一段と格別だね。こんな恥ずかしい呪文を詠唱しなきゃいけないのか……」


 あ、クライマックスの十二行に渡る大魔法詠唱のところか。恥ずかしいって今さら言われても、それを目当てに僕を喚んだんだろ?


「でも最高だったよ、先生! 恥ずかしければ恥ずかしいほど魔力も高まるんだ!」


 マキナは僕の右腕にぎゅうっと抱きついた。こっちも恥ずかしくて魔力じゃないなにかが高まりそうだった。


「戦闘開始ぎりぎりまで読み込んで呪文を練り上げるよ、きっと勝ってみせる!」


 そう言ってマキナは魔導書を手に部屋を飛び出していった。

 室温が一気に二度くらい下がったように感じられる。


「さて、国枝さん」


 コキリさんが変わらない口調で言って、無造作に空間の穴を引っぱり開けた。向こうに僕のアパートの六畳間が見える。


「お疲れ様でした。もう作業はありませんのでお帰りください」


「……え? あ、ええと、……いや、その」


「どうしたんですか。日本に帰れるんですよ。帰りたがっていたでしょう?」


「いやあ、まあ、そうなんですけど、やっぱり顛末まで見届けたいっていうか」


 コキリさんはちょっと首をかしげて考えてからうなずいて言った。


「いいでしょう。なんにでも好奇心旺盛なのは作家としては悪くないです」


「ありがとうございます」


「それなりの危険はありますので覚悟しておいてください」


「危険ていうと……」


「魔界の化け物が攻め入ってくるかもしれないんですよ。やつらは獲物が苦しむのを見るのが好きですから楽に死ねるとは思わないことです。それと中途半端に生き残ってしまうと聖王国は治療技術が発達しておりますのでたとえば今後の生涯を下半身なしで生活することになるかもしれません」


「……だいぶ好奇心が萎えてきたんですが……」


「どうしてですか? 頭と手さえ無事なら原稿は書けるから下半身なんてなくても」


「よくないですッ全然ッ」


「むしろない方が余計な外出が減って原稿に集中できるのではないですか」


 むちゃくちゃ言う人である。


 だいたい僕は男だぞ。下半身が本体みたいなもんだ。これを言うとセクハラになるので黙っているが。……いや、この国ってそのへんのモラル意識はどうなってるんだろう? ラインがわからないけれど、しかし日本での霧子さん同様に言われっぱなしというのも癪なので、僕は慎重に言葉を選んで言ってみた。


「あのですね、いいですか? 僕の下半身がなくなったらコキリさんがしょっちゅうねじ込んでくるラブコメが一切書けなくなりますよ」


 我ながらぎりぎりを攻めたつもりだった。

 コキリさんはわずかに目を細めて言った。


「下半身がなくなるとどういう理屈でラブコメが書けなくなるのですか? 生理的なものですか、それとも精神的なもの、あるいは両方ですか? 詳しく説明してください」


「いやもうはいなんでもないですごめんなさい」


 日本でも勝てないのだからこっちで勝てるわけもなかった。



 魔界の門を再封印する戦いは、砦屋上の胸壁の陰から見守ることになった。


 紅く燃えるガラスの湖を取り囲むようにして、数十人の屈強な男たちが広い間隔をとって並んでいる。みんないかめしい肩当てと胸当てつきの鈍色のローブをまとっている。武装魔導師といって、熟達した魔力に加えて前線に立つための鍛え抜かれた肉体をも兼ね備えた聖王国の精鋭たちだという。


「障壁を張り直すためには、いま破られつつある古い障壁をいったん破棄しなければなりません。この一帯のマナのほとんどを供給して維持している壁なので、古い方を維持しつつ新しいものを張るという安全措置が行えないのです」


 隣でコキリさんが説明してくれる。


「でもそれじゃ、古いのをどけた途端にあの化け物が出てきちゃいますよね」


「はい。しかも武装魔導師は全員が障壁生成にかかりきりです。そこでマキナ殿下がやつらを一瞬で焼き尽くさなければなりません」


 コキリさんは砦で最も高い尖塔のてっぺん付近に張り出したバルコニーを見やる。


 マキナが、製本したばかりの魔導書を片手に厳しい目つきで湖をにらんでいる。その横顔に少女のあどけなさはほとんどない。戦士の顔だ。


「一匹でも漏れがあると術陣を展開中の無防備な武装魔導師が狙われて作戦全体が瓦解します。だから国枝さんに新しく強力な魔導書を書き下ろしてもらったわけです」


 震えてきた。

 武者震いなんて殊勝なものではなく純粋に怖いのだ。

 僕の小説、そんな効果を求められてたの?


「作戦失敗したら……あの……やばいんですよね」


「この一帯は壊滅しますね。聖王国自体も危うくなります」


「僕の責任重大すぎませんか? そっ、そこまでとは」


 ところがコキリさんは僕をじっと見つめて諭すように言った。


「国枝さんの仕事は終わっていますから、結果がどうなろうと責任を感じることはありません。危なくなったらすぐに日本へのゲートを開きますので避難してください」


「え……いや、それはありがたいですけど、責任は感じちゃいますよ。僕の原稿の不出来でそんなでかい被害が出るなんて」


 コキリさんの目つきは、いつだったか僕に『紅蓮術師アグニス』シリーズの打ち切りを伝えてきたときの霧子さんと同じ、優しさと痛切さの同居するものだった。


「出版物の成果に関しての責任はすべて出版社にあります。成果が出るかどうか疑問なら原稿の時点で書き直しを頼んだり没にしたりすればいいんです。編集者が原稿にOKを出して受け取ったというのは、料理人が自分の眼力を信じて材料を仕入れたのと同じです。できる料理の味は料理人の責任でしょう」


 僕は唾を飲み込み、うなずいた。


 出版社――とか言ってたけど、やっぱり霧子さんですよね? とつっこめる雰囲気ではなかった。


 少し気持ちが落ち着いてきたので魔界の門をもう一度見やったとき、コキリさんがさらっと付け加えた。


「もちろん責任と貢献度はまた別問題です。成功するにしろ失敗するにしろ、貢献度の割合は国枝さんが60%でマキナ殿下が30%、残りが我々といったところでしょう」


「せっかく楽になりかけてたのにまた胃が痛くなってきたんですけど」


 そのとき、地響きが砦を揺らし、ガラスの湖面にはっきりと大きな亀裂が走った。


「障壁破棄及び再展開、開始します!」


「刻詠み、用意!」


 兵たちの声が夜明けの空に響き渡る。


「マナ供給停止します!」


「四十六! 四十五! 四十四! 四十三! ……」


 砦の内外がざわつく。

 湖を囲む武装魔導師の環のさらに外側に、隙間なく円環隊列で並んだ兵たちが控えているが、コキリさんの話からするとこれはもう気休めみたいな配備で、実際に魔物を討ち漏らしてしまったら一般兵では太刀打ちできないだろう。


「――二十八! 二十七! 二十六! ……」


 カウントダウンの声も徐々に引きつってくるのが聞いていてわかる。

 震動の間隔がどんどん短くなってきた。湖面のガラスの亀裂は細かくなり、ほとんど白く染まって見えるようになる。


「――十一! 十! 九! 八! 七! 六!」


 ちらと尖塔を見やった。マキナは左手に魔導書を持ち、右手で開いたページを押さえている。強まってきた風が結った栗色の髪を激しくはためかせている。


「五! 四! 三! 二! 一! 破棄!」


 湖面が砕けて逆さまの豪雨となり宙へと飛び散った。穢らわしい咆吼をあげながら幾多の巨大な影がその雨と噴煙の中を突き破って地上に飛び出してくる。僕は目を覆いかけた。


 そこに響く、マキナの凛とした呪文詠唱――



「――王女は頬をぽうっと染めて顔を寄せてきた。『もう日本にお戻りになるなんて! 今度はわたしのために魔導書じゃなく恋物語を書いてくれるという約束だったのに』僕はあわてふためいて『いやでも仕事があるし編集さんに怒られるし』王女はむくれた。『その編集さんって女性の方でしょう、先生はその方のことが――』」



 なんでラブコメのところ詠唱してんだよッッッッッ?


 マキナがバルコニーから身を乗り出し、魔界の門に向かって右手を突き出した。

 その手のひらにまばゆい黄金色の光が渦を巻いて収束し、一握りの球状に凝固したかと思うと、次の瞬間爆発的に膨れあがり、世界すべてを埋め尽くすのではないかと錯覚するほどの太い光の柱となって放たれた。


 襲ってくる爆光と爆風に、僕は手で顔を覆った。


 指の間から、かろうじてその恐るべき光景を目視できた。


 湖面上空に躍り出た直後の、数百を超える凶悪な魔獣たちが、丸ごと光の帯に呑み込まれて熱と光圧に潰され拉げ拗くれ黒い塵となって消えていく。その悲鳴は熱したガラスを耳から直接流し込まれたかのような凄絶さで、気が遠くなりかけた。


 光が強まり、限界点を超え、やがて薄れ――


 ひときわ強い風が吹きつけ、なにもかもを洗い流した。


 ぞっとするほどの静けさがやってくる。僕はいつの間にか閉じていた目を開いた。気づかないうちに胸壁からずっと後ろまで退がっていた。コキリさんは胸壁に手をかけて眼下を気丈に見つめている。隣に駆け寄った。


 消えていた。


 光だけではない。魔物の姿が、すべて。一匹残らず。


 地揺れの何倍も強烈な、兵たちの歓呼の勝ち鬨があがった。


 ……なんでめちゃくちゃ効いてんだよッ? ラブコメだぞ、呪文じゃなかったぞ?


 冷静さを保った士官たちが必死に声を張り上げて報告と指示に走る。


「全目標消滅確認!」


「深部に第二波、上昇中!」


「障壁展開、全隊退がれェッ」


 湖の――障壁が消えた今、それは湖にはまったく純粋な《穴》だったが――ずっと奥からぎいぎいという鳴き声や翼や爪の音が響いてくる。ぞっとして身を固くした。


 実際のところ、作戦はそれでもぎりぎりだったのだ。


 武装魔導師たちが一斉に両腕を広げ、電流のような光が環となって湖の縁を取り囲み、それが中央に向かって一気にすぼまり透明な膜を形作った――その直後、竪穴を急上昇してきた魔物たちの第二波が真下から膜に激突した。


 身がすくむような地響きが再び襲ってくる。


 しかし、再生成されたばかりの障壁には、傷一つついていない。


 再び盛大な歓声があがった。

 今度は咎める者はだれもいなかった。


 僕は安堵で全身が弛緩し、そのままふらふらと後ずさり、石床にへたり込んだ。

 よかった。僕の魔導書は――ちゃんと効いた。

 なんか、思ってたのとはちょっとちがう使われ方をしたけれど。


「……先生ーっ!」


 少女の声と、ぱたぱたした足音が近づいてくるのが聞こえた。そちらを向く間もなく、マキナが首根っこに飛びついてくる。彼女くらいのちっこさでなければ受け止めきれずに重みでそのまま後頭部を床にぶつけていただろう。


「やったよ先生、ありがとう! すばらしい魔導書だった、ぼくの期待以上だよ! もう詠唱中から一言一句にすさまじい魔力を感じて顔も身体もかっかと熱くなってしまったよ」


 それは恥ずかしいラブコメを音読したからでは……? いや僕も今まさに顔も身体もかっかと熱くなっていますけど。女の子にかじりつかれるなんて生まれてはじめてだし、押しつけられた身体は小さくて華奢でふわふわに柔らかいし鼻を栗毛がくすぐってめっちゃいいにおいがするしもう頭が混乱して――


「それでは国枝さんお疲れさまでした」


 コキリさんが無情な声で僕とマキナを引き剥がした。

 そのまま彼女はきわめて事務的な手つきで虚空をつまみ、みょいいいんと次元の穴を引っぱり開ける。


 ゲートの向こうに見えるのは、なんだかもう何年も帰っていないように錯覚してしまう僕のしょぼくれた六畳間だ。万年床、積み上げられた雑誌と本、捨て忘れたゴミ袋、テーブルに置きっぱなしのカップ麺……。すさまじい圧力で襲ってくる現実の光景が、ほんの一瞬前までこの身にまとわりついていたマキナの甘苦しいにおいを一掃してしまう。


「これから我々は事後処理で忙しくなります。国枝さんの仕事はもうありませんのでどうぞお帰りください。このたびはありがとうございました。後ほどお礼もお送りしますので」


「ちょっと待ってくれコキリ、このあと祝勝会もやるだろう、最大の殊勲者である先生にはぜひ出てもらわないと! いやそれだけじゃなく王宮にも来てもらって父上や母上や姉上たちにも逢ってもらってお礼を――」


「だめです。国枝さんはすぐに本業の方の仕事です。シリーズ打ち切り直後の作家に遊んでいるひまなんてありません、さっさと新作のプロットを立ててもらわないと」


 よくご存じですね? 霧子さんですよね?


 なおも引き留めようとするマキナを無視してコキリさんは僕の身体をゲートに押し込んだ。電流が身体を駆け巡るような感覚が一瞬あり――



 気づけば僕は自分の部屋にいた。


 見回す。

 何度見ても自室だ。次元の裂け目も、どこにも見当たらない。


 時刻は――朝九時か。

 昨日の夜に向こう側に召喚されて、一晩かけて魔導書を書いて、戻ってきたら翌日の朝。時間の流れもそのまま。というか。


 ……全部夢だったりしないですか?


 布団のひんやりした表面をなでる。さっきまで寝ていたなら体温が残っているはずで、冷たいということは夢じゃなかった証拠? いや、床に転がって寝こけていただけかもしれない。よくやるもんな。


 考えてみれば、魔族に侵略されようとしている王国に召喚されるなんてそんな話、現実に起きるわけが――


 ノートPC!


 呆けていた気分がいっぺんに吹き飛んだ。命と同じくらい大事な僕のノートPCがどこにもない。普段ずっと枕元の卓袱台の上に置いてあるのに影も形もない。どこに? あ、いや、砦の書斎に置きっぱなしか? じゃあやっぱりほんとうにあったことなのか?


 と、僕の目の前で再びゲートがみょいんと小さく開き、白い法衣の腕がノートPCをどさりと布団の上に置くと、すぐに引っ込んで消えてしまった。


 あわてて身を乗り出して近づいても、閉じたゲートは完全に消滅し、あとには虚空ばかりだった。


 布団にあぐらをかき、ため息をつく。


 マジにあったことだったのか……。


 色々と思うところはあったが、なんといってもノートPCが戻ってきたことに安堵していて他のことはしばらく考えられそうになかった。作家にとって最大の恐怖は書いたものが消えることなのだ。二度ほどやらかしたことがあるが真剣に死にたくなる。


 PCを開いてみると、魔導書のために書き下ろした小説冒頭部もちゃんと残っていた。


 現実だ。


 霧子さん――いや、コキリさんか――も言っていた。本業があるのだ。実に得がたい経験だったしわくわくさせられたし充実感もあったし最後にたいへん甘酸っぱいきゅんきゅんくる展開も味わわせていただいたけれど、記憶の棚にしまっておいて、今は仕事をしよう。


 徹夜で書いた見開き10枚をあらためて読み返し、推敲し、いくらか加筆すると、霧子さんにメールで送った。新作のプロットができました。冒頭部を実際に書いてみたのでご意見いただければ幸いです。


 一息つき、毛布に潜り込んだ。


 眠気があっという間に部屋に充満して僕を呑み込み、引きずり落としていった。


       *


「……読みましたが、基本的には悪くないと思います」


 三日後、出版社会議室で顔を合わせた霧子さんは、プリントアウトの束に手を置いてそう言ってくれた。


「作家ものということで書きやすい面もあるでしょうし。主人公が高校生デビューで作家生活四年目の二十一歳というのは無理矢理若くした感が満々ですが国枝さんの当人と同じ二十八歳に設定されても残念臭が鼻につきますからしかたないところですね。……なんですか、さっきからじろじろ見て。わたしの顔がどうかしましたか」


「……あ、いえ。なんでもないです」


 見れば見るほどコキリさんである。あの白い法衣に似た服をどこかで見つけてプレゼントしてみようか、とまで考えてしまう。

 読んでもらった原稿の中に、明らかにコキリさんをモデルにした魔導編纂士が出てくるわけなのだけれど、なにも反応はないのか、と僕が落胆しかけたときだった。


「それと、ヒロインについてですが」


 霧子さんがプリントアウトをめくりながら言った。


「この十四歳で即座に懐いてくるスキンシップに遠慮のないあざとい第四王女がメインヒロインということになっていくのでしょうか?」


「え? あ、はい、まあ……たぶん……」


 あざといって言うな。モデルに失礼だろうが。

 霧子さんは紙面を手の甲でぱんと叩いて険しい口調で断言した。


「今時こんなヒロインは売れません。ロリの時代はとっくに終わっています。考え直してください」


「そっ、そうですかね?」


「今の売れ線は頼りがいのある歳上の社会人女性です。この魔導編纂士の女性の出番を五倍くらいに増やしてもっと前面に押し出し――」


 なんでいきなり私情剥き出しになるんだよっ? あなたやっぱりコキリさんですよね?

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ラノベ作家なら魔導書も書けるよね? @hikarus225

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