最終話 マルクの決意

 翌日、僕は祭司様にお話をしたいと申し出た。そして昼食のあと、彼の部屋に向かった。


 祭司様の部屋には相変わらず書類や銅像、杯、杖、などの道具類が数多く置かれていた。普段何気なくお話しているのに、改めて祭司様と向かい合って座ると、なんだか緊張してくる。


「改めて話したいこととは、何かな?」


 僕は襟を正し、羽根飾りが曲がっていないのを確かめる。大丈夫。キャソックをぎゅっと握りしめながら話を切り出す。


「あの、ずっと後の話にはなると思うのですが、祭司様が引退されたあと、この礼拝所を僕に譲っていただけないでしょうか」


 祭司様は、あごひげを撫でていた手を止めて、目を見開く。


「つまり、この礼拝所の跡継ぎになるつもりだという解釈で構わんかね」


「はい。おっしゃる通りです」


 ここの礼拝所が閉まるという話が出た原因の一つに、後継者不足というのがあった。ならば、僕が跡継ぎに名乗りを上げれば理由の一つが消えることになる。

それと、背後にはここの土地が祭司様のご実家へ移ってしまうという懸念があった。


 たとえ僕の後継ぎが見つからなくても、現在ブラッドリーにいる大祭司様の生家であり、領地が比較的街に近いファルベル家であれば、少なくとも大礼拝所の反対は抑えられる上に市参事会もあまり強くは出られない。


「しかし、君は大祭司を目指したいと話してくれていたね。ここは見てのとおり小さな礼拝所だ。ここの祭司から目指すのは遠い道のりになるよ。良いのかい?」


 大祭司様の背中を追いかけることはもうできない。両親の、ファルベル家の期待に応えることはできないし、猛反対された揚句に押されてしまうかもしれない。ここにいる皆は実のところ外に出たいと思っていて、僕の決断は無駄になってしまうのかもしれない。


 それでも、彼らの居場所を守りたかった。アトルの事件で、この地区を悪魔から守れるのは僕達だけだということが分かったから。


 ここに来て、大祭司になることだけが信仰の道ではないことを学んだから。それに、諦めた訳では無い。遠回りでもきっと道はある。


 「コネ」と呼ばれるようなご縁が沢山あった方が良いかもしれない。それだって別に大きな礼拝所にいなくても、夜のお店でお酒に酔わなくても縁を結ぶことはできるはずだ。僕は僕なりの方法で神にお仕えしようと思う。


 だから。僕はできる限り力強く頷いた。


「はい。構いません」


「分かった。君が後を継いでくれることを考慮して、もう一度この礼拝所を存続させられるよう掛け合ってみよう」


「ありがとうございます」


 祭司様は首を振った。


「礼を言うのは私の方だよ、マルク君。この前、アシュリーに転任の話を持ちかけた時、何と言ったと思うかい?」


 え? 多少寂しそうにしていたが、案外前向きだったような気がする。けれど、ベラにそそのかされて還俗も考えていたから、真意は闇の中だ。


「『私は大丈夫です。次こそは上手くやってみせますから』だ。父親として、息子にこんなことを言わせてはいけないと思ったよ。君のおかげでもう一度立ち向かうことができる。ありがとう」


「祭司様……」


 ずっと二人の息子達のことを思いながら戦ってきたのだ。そのお役に立てたことを素直に嬉しく思う。


 僕は二人の様に特別な技能は無いし、祭司様みたいに儀式はできない。ビルのように畑の世話や、建物の修繕ができるわけでもなければ、魔力も無いし、極一部の魔物を除いて歌や踊りで人々を魅了できる訳でもない。先輩の様に要領よく立ち回るのも苦手だ。


 だが、今ここで礼拝所の未来を託してもらうことだけは、僕にしかできないと胸を張って言える。


 あとは両親に手紙の返事を出すだけ。きっと猛反対するであろう彼らとは、長い、長い戦いになりそうだった。


   ***


 それから三年の月日が経ち、庭の花が一気に開く頃になった。プレラーリ・エスタ・ブラッドリーの礼拝堂には人が集まっており、祭壇の上では祭司様と僕が向かい合わせで立っている。


「貞潔の義務に服する意思を持たぬ限り副祭司に進んではならない。汝、貞潔たらんことを誓うか」


「はい、誓います」


「ならばこれらの聖なる品を受け取られよ。これ即ち汝の服するべき職務なり」


 僕は祭司様より聖杯と聖皿を受け取る。杯の中にはポポの花が水に浮かべられていた。これらを一旦机の上に置き、次は麦の酒と聖水の入った瓶、手を洗うための布と受け皿を大礼拝所から来て下さった助祭の方から受け取る。


 祭壇の前に大礼拝所からきた聖歌隊と、近所の求道所の聖歌隊が二列に並び、英雄と聖人達の賛歌を次々と歌ってゆく。


 緊張しながら全部で八曲歌い終わったあと、祭司様から副助祭の職務について説明を受ける。


「我、汝が神の道にかなうよう務めるべきことを告げる。

天におわす神よ我らが罪を許し給え

英雄よ降り立ちし地に祝福を与え給え」


祭司様がお祈りの言葉を捧げている間に祭壇の横からライリーとアシュリーが出てきて、今着ている白いアルバ(キャソックの上に着る服)の上に緑色のストラを肩から斜めにかけ、薄い緑色をしたダルマティカ(上着)を着せてくれる。


 着替えが終わると祭司様から書簡が渡され、それを読み上げていく――。


   ***


「マルクさん。副祭司の叙階おめでとうございます。素晴らしい朗読でしたわ」


 叙階の儀式を終え、着慣れない礼服のまま片づけをしていると、儀式に来てくれたキャロルが話しかけてきた。


「こちらこそわざわざお越し下さって、ありがとうございます」


「いつもお世話になっていますもの。伺うのは当然ですわ。実は、ハルディアさんもこっそり来ていましたのよ。今はきっと門の前でビルさんと喧嘩していますわ」


「あり得そうですね。こんな時くらい仲良くして欲しいものです」


 赤紫色の服に身を包んだ大祭司様がこちらに来る。キャロルがトゥニカの裾を両手で持って会釈をする。


「求道所から参りました。キャロル・ハワードと申します。サイモン様にお目にかかれて光栄ですわ」


「これはこれは、ご丁寧に」


 大祭司様も頭を下げる。僕の為にわざわざ来てくれたのだろうか。キャロルに続けて礼を述べた。


「今日は、お越し下さってありがとうございます」


「儀式を行うには丁度良い日和であったな。まずは叙階おめでとう。私は、この聖階を授かるまで数多くの犠牲を払ってきた。マルクよ。君は君の道を進みなさい」


 悠然とした立ち姿で発せられた言葉は力強く僕の胸に響く。


「はい」


「胸を張りなさい。君を支えてくれる者達がすぐ側にいるのだから」


「はいっ!」


 大祭司様は踵を返し、来客の方々のところへ向かう。大きな背中を見送っていると、傍らに立っていたキャロルが更に一歩近づいてきた。


「マルクさん、これからも一緒にこの礼拝所を盛り上げていきましょうね」


「ええ。これからもよろしくお願いします」


 僕とキャロルは手を取り合って雲一つない青空を見上げた。遠くで、アシュリーとベラ、ライリーの楽しそうな声が聞こえてくる。今日あの二人も晴れて侍祭になった。そろそろ祓魔師と兼任しても良いだろうということになったのだ。一番前の席に座っていたエヴァンス氏が号泣しながら僕のところに来て


「君のおかげで良いものが見られたよ、心から感謝している」


 とおっしゃって下さったのが胸に焼きついている。


 まばゆい光が、僕達の新たな門出を祝ってくれているような気がした。



 今日も一日全ての者が平和に過ごせますように。


 これからもこの世に神の祝福がありますように。



                                    完



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 長い間お付き合いくださり感謝の気持ちでいっぱいです。ここまで来て下さった皆様のおかげで投稿を続けることができました。

 まだまだ番外編を書いてみたいという気持ちもありますが、今後は今回のお話で掘り下げて居なかった人達に焦点を当てた物語を書いていきたいと思います。気が向いたらまた立ち寄って下さるととても嬉しいです。

これにて完結です。改めて本当にありがとうございました。



 本当はここで長々と自分語りするのはかなり痛々しいと思いますが、折角の機会なので書いてしまおうと思います。興味のある方のみ続きをご覧下さい。

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 この作品を書いてみようと思ったきっかけは本当に色々あり、その一つが、とある本に「和製ファンタジーでは一神教の国が悪役になりがち」と書かれていた事でした。実際はそんなことのない作品も多いと思いますが、一度、正義とも悪ともつかない一神教の国に住む人々を書いてみたいと思っていました。


 また、日本人は自分のことを「無宗教」だと思っている人が多い、というお話を小耳に挟んだこともきっかけかもしれません。個人的には大概の方はそんな事ないのでは? と思っています。習慣や文化として埋め込まれている為に宗教的な行動だと気がつかないだけで。

 

 ともかく、そんな風に宗教が文化として浸透しているファンタジー世界を作ってみたい、書いてみたい、という気持ちからこの作品は生まれました。


 実際は一神教と言ってもかなり「ゆるい」感じになりました。なんだかんだ現世利益を求めていわゆる「悪魔」に頼る人もいましたし。

 この作品に登場する「悪魔」は昔々は神様や単なる精霊だったという設定です。一柱の神様のみ信じる人々からすれば、それ以外の存在の殆どは悪魔と呼ばれます。


 そして祓魔師の二人が持つ能力? も聖職者というよりはシャーマンっぽいのではないかと。この世界では神に仕える「聖職者」と異端の「魔女」は実のところ紙一重の存在なのかな、と思いながら書いていました。


 ちなみに色々考えた結果、タイトルが「祓魔師の話」なのに主人公は祓魔師ではないという問題が発生してしまいましたが、結局「祓魔師」というのは誰を指していると皆様が感じているのかが気になります。あとマルクの髪型はキノコ頭と書かれていますが、マッシュルームヘアというよりは、おかっぱに近い感じです。(「おかっぱ」の語源は日本の妖怪なので使えなかった……。)


 以上長々と書いてしまいました。とりあえず少しでも面白いと思って下さる方がいたのであれば、とてもありがたいです。


 

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祓魔師の話 かめさん @camesam

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