第13話 旅立ちの日


※今回の語り部はスモアです。

本編↓



「うん、しょっと」


その日の夜、私は身支度をしていました。

冒険に出かけるための準備です。

旅先での衣服や、魔法を行使するための杖、愛読書。なるべくカバンの中はスリムな方が良いのだろうけど、どうしても荷物が多くなってしまいます。


「入ってよろしいでしょうか、お嬢さま」


明日着ていく服を選んでいると、扉の向こうからメイシュの声がしました。


「いいわよ、入って」

「失礼します。お嬢さま、明日はついに――」

「――ねえメイシュ、明日、どんな服を着てけばいいかな。ライルくんはどんな服でもいいって言うんだけど、やっぱり冒険に出かけるわけだし、それなりの身なりは整えなきゃだし……」


服を自分の体に当てながらわたわたとしている私を、メイシュは不思議そうな目で眺めていました。

やがて、普段はめったに見せない笑い顔を作ると。


「……そのままでも、じゅうぶんお綺麗ですよ」


私は、ちょうどそのとき来ていた服を鏡で見ました。

それは学校の制服で、魔法科を表す青色のスカーフに、

薄い革の防具が両肩についた、とても質素な格好です。


ランタンの暖かい光のなかで、笑みを残したまま、メイシュは言いました。


「明日は早いのですから、もうお休みになられてください」


「……そうね。約束の時間に遅れたらまずいもの」


私は衣服で散らかったベッドに腰を下ろして、

窓辺から見える月を見上げました。


――今日、ライルくんの説得で、お父さんは、私を彼と冒険に出かけることを許してくれました。今までも、べつに引き止められていたワケではないのですが。お父さんの病気のことを考えると、どうしても一歩を踏み出せなかった私に、ライルくんは、自分の持てる全ての力で、手を差し伸べてくれた。


その恩返しに、私は彼の創るパーティに入ることを決意しました。

いえ、恩返しという言い方はおかしいですね。

私がそうしたいと思ったのです。


「……しかし、それにしてもあの、ライルさまはすごいですね」


メイシュは、感慨深そうにつぶやいていました。

私は「なにが?」と尋ねてみます。


「ご主人様を説得するだけでなく、再試験の日程まで整えてくださっていたなんて……」


そう。

お父さんの説得が完了した午後にはもう、私が一度落ちた特待生試験の、再試験の日程が組まれていました。


「――それを難なく合格する、お嬢さまもすごいですが」


「えへへ、そうかな」


私は、彼の頼みで学長が組んでくれた再試験で、なんとか合格通知をいただくことができました。


「なにか、試験のコツでもお掴みになられたのですか?」

「コツ? ううん、違うわ。――ただ、ふっきれただけ」

「ふっきれただけ、ですか……?」

「うん。私は今まで、もし私が冒険者になったら、お父さんは一人になっちゃうって、心のどこかで、魔法をセーブしていたのかもしれない……。でも、ライルくんが、そんな私を外に連れ出す機会をくれて――」


胸に手を当てると、なんだか暖かく感じた。


「だから私は、ふっきれることができたの。

私は――自由に魔法を使っていいんだって」


知らなかった。

自分の力を存分に発揮できることが、

あんなにも爽快なことだったなんて。


「……お嬢様、これを」


メイシュは、手のひらにあるものを私に見せました。


「花のブローチです。お嬢様に合うものを選んだのですが……」


それは、ひし形の淵で、青い花弁が散りばめられた模様をしていました。


「お気に召しましたか」

「うん、とっても! ありがとう、メイシュ」


明日はこれをつけて、待ち合わせの場所に行こう。どんなオシャレよりも、こういう方が華やかな気分になれる気がします。


「その花は、レイルスと呼ばれる、私の故郷にある花を模したブローチです。花言葉は――豊穣なる知恵と経験。どうかお嬢様が、この初めての旅で、多くのことを学ばれることを願っています」


「うん……ありがとう」


なんだか、シンミリした気分になっちゃいました。

自然と潤んできた両目を男の子みたいにぬぐって、私は笑顔を作りました。


「ほんとうにありがとう、メイシュ。目標の魔法を習得できたら、すぐ帰ってくるね」

「転移の魔法、ですか……。大変な術です。ご無理をなさらないように」

「わかってるわよ。じゃあ、お休み」

「はい。お休みなさい――お嬢さま」


そうして私は、眠りにつきました。



待ち合わせ場所は、砦の目の前にある待機所でした。

多くの鎧を着た戦士や、冒険から帰ってきたのであろう冒険者や魔法使いたちが列を作っています。


「――ライルさーん」


翌日は、よく晴れた日で、私たちの旅立ちを祝福しているようでした。

気持ちのいい太陽の光の下で、腰に剣を携えながら立っている青年に、

私は声をかけます。


「あ、スモア」


私の声に反応した彼も、いつもと変わらない服装でした。


魔法学校の制服に、剣技科を示す赤いスカーフ。

剣士の証であるマント。彼は私と違って、エルフの血が混ざっているから、耳がとがっていることが大きな差別点でしょうか。


「昨日はよく眠れた?」

「はい。とても元気ですよ」

「なら、よかった。――行こうか」


彼は、私に振り向いて笑顔を向けてくれました。


「はい」


彼の背景に広がるのは、今まで見たことのない世界。

私たちの冒険が今、始まったのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最近、引き籠りがちな俺は旅に出たい~転生したら赤ん坊だったので、成長スキルを使って早繰りで成長する~ 羽毛布団 @umou2355

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ