第12話 スモア3


翌日。

スモアのお父さんを説得するべく、俺は彼女の自宅に向かった。


「……でかいな」


そこは、都内の一等地に立っているような豪邸だった。

見劣りしないように、せめても制服を着てきてよかったと思う。そびえるように大きな鉄の門扉の前で茫然としていると、中からメイド服を着た給仕が歩いてきた。


「――お嬢様から聞き及んでおります。どうぞお入りください、ライル様」


スカートの両端をつまみ、華美な仕草で挨拶をするメイドさん。

何気にこの世界に来てから初めて見たかもしれない。


「ありがとうございます」


軽く挨拶をしてから中に入ると、出迎えたのはスモアだった。


「――こんにちは、ライルくん」

「うん。決心は、変わらない?」

「……はい」


彼女は深呼吸をして。


「お父様が、許してくれるのであれば」


「……よし」


俺の夢も。

彼女の冒険も。

すべて俺の肩にかかっている。



「……客か。珍しいな」


スモアのお父さんは、真っ白なベッドのシーツに埋まるように寝そべっていた。仰向けで、険しい視線だけをこちらに向けている。


「初めまして。ライルと申します」


「……すまんな。客に対して、寝転がりながら話すのは失礼だろう。――メイシュ、起こさせてくれ」


「はい」


メイシュ、と呼ばれたさっきのメイドさんが即座に彼の背後に回り、「失礼します」と声をかけると手早くお父さんの上体を起こさせた。


お父さんの顔が、はっきり見えるようになる。

大きな顔は、とことどころが角ばっていて青く、いかにも不健康そうだ。しかし、髭の手入れだけは欠かしていないのか、真っ白な髭がふさふさと生えていた。


「……して、冒険者育成学校の生徒がなんの用だね」


「はい。それについてなのですが」

「うむ」


スモアは俺の後ろで、息をひそめるように見守っていた。

俺はそれに支えられているような気がして、

お父さんの威圧に負けないように声を出す。


「娘さんを、僕(のパーティ)にください」


「…………」


辺りが静寂に包まれる。


「ら、ライルさん!?」

「……」

なぜかスモアは赤面してわたわたしていて、メイシュは姿勢を正したまま静観を保っていた。

お父さんは、やがて瞳孔を見開いて。


「なん、だ、と――ッ!」


ガバァ! と起き上がると、

お父さんは病人とも思えない切迫した顔で俺に問うた。


「そ、それはどういうことだワレェ! 娘をお前(の嫁)にやれだと!?」


「はい。俺には、彼女が(パーティに)必要なんです」


俺は怯まなかった。

その真剣な視線に、お父さんも取り乱すのを止め。


「……本気なのか」


「はい。もちろん、今の状況のままタダで、とは言いません」

「どういうことだ」


さあ、ここからが俺の考えた策だ。


「お父さんの体の状況は知っています。娘さんが傍にいないのは、とても心配でしょう。なので、もしスモアが僕と冒険に出かけることを許してくれるのであれば、必ずこれだけは守る、という約束を二つ立てます」


「ぼ、冒険……?」


なぜか、お父さんは面食らったようだった。


「はい」

「……娘をくれというのは、もしかして、パーティに、か?」

「……最初から、そのつもりで言ったのですが」


なにか勘違いをしていたのか、彼は安堵したように息を吐きだしていた。

見れば、スモアも同じように、見方によれば、ガッカリしたように息を吐き。

メイシュはそれを知っていたのか、眉一つ動かずその場で静止していた。


「……で、その約束というのはなんだ」


続けろ、と彼は促しているようだった。


「一つは、彼女に『転移』の魔法を冒険中に習得させることです」


転移魔法は、その名の通り、自分を遠くの場所に転移させることができる魔法だ。ただし、転移できる範囲は、自分がその土地を一回でも踏んだことがあることが

条件だが。


「転移、だと? 魔術学院の生徒たちでも習得するのが難しい高等魔法ではないか」

そう。魔法というのは、実用性に長けているほどマスターするのは難しい。

転移なんて、便利なものなら尚のことだ。


「はい。しかし、冒険の道中で沸くモンスターなどを倒すことで、在学中に座学を受けるより多くの経験値を得ることができます。そうすれば、この家に帰りたくなったときに、いつでも帰ることができます」


「……ふむ」


「そして、俺が約束できるのはもう一つ」


これは、約束するまでもないことだが。


「娘さんは、僕が必ず守ります。

たとえ道中で、なにがあっても」

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