第11話 スモア3


俺は魔法科の棟で、スモアの姿を探した。

昼休み、雑多な人ゴミのなかで、彼女の青い短髪の女の子を探す。果たしてそれは、割と簡単に見つかった。校舎のすみで、体育座りをしながらパンを食んでいた。

……友だち、いないのかな? 俺と同じだ。

同情しそうになったが、他人ごとではない。

それに――…。


『――やめといた方がいいよぉ、アレは。まじで使えない落ちこぼれ』


彼女に友だちがいない理由は、なんとなく察しがついていた。


「――スモアさん」


声をかけると、彼女はビクン、と肩を震わせて。


「……ライル、くん?」


おびえている……ようには見えない。

ただ、俺が距離を詰めるごとに、じりじりと、あちらも距離を取っている。


「な、何か用ですか」

「いや、昨日のことなんだけど……」

「きっ、昨日のことは忘れてくださいって言ったじゃないですか……! あれは、言葉の綾で……」


「俺のパーティに、入ってくれようとしたの?」


このままでは埒が明かない。

思い切って言うと、彼女は、観念したように。


「……はい。一応、そのつもりでした」


スモアはおずおずと口を開いて。


「でも、私じゃあダメなんです」


「特待試験に受からなかったこと? それらな心配ないよ。スモアさんは魔力量はすごいんだから、練習すれば再試験で合格できるさ」


「……そうじゃないんです。私の家、父子家庭なんです」


面持ちに暗い影を落としながら、スモアは続けた。


「私が再試験に合格できたとしても、冒険に出かけたら、お父さんが一人になっちゃう……。お父さん、昔から病気で。お世話のメイドさんが一人いるんですけど、私がいなくなったら、きっと、寂しいだろうな、って……。そう思うと、どうしても……」


どうやら彼女が試験に合格できなかった本質は、そこにあるのかもしれない。

おかしいと思ったのだ。自分が立っている場所を凍らせるほどの冷気を出せるのに、それを供給する魔力が安定しないのは。


彼女は心のどこかで、試験に落ちることを望んでいたのではないだろうか。

それは意識せずとも、結果として目の前に現れる。

スモアは落ちこぼれなんかじゃない。

本当の力を発揮できないだけなんだ。


彼女は頭を下げて、


「期待させるような言い方をして、本当にごめんなさい」


「……いや、いいんだ。こっちも無理には誘えない」


俺がこのまま、引き下がることは簡単だ。

でも、本当にこれでいいのだろうか。

このままでは彼女は、自分の本当の力を発揮できないまま、心に足かせをはめたまま、これから先の学校生活を歩むことになるのだ。

落ちこぼれと揶揄され、試験では役立たずと罵倒され。

それでいいのか、本当に。


「……あの、さ」


だから俺は、「提案があるんだけど、いいかな」



「提案……?」


パンの具材が頬についたまま、彼女はきょとんとした表情を作った。


「うん。お父さんの事情は分かった。でも、このままじゃ――きみはずっと冒険者になれない」

「……そ、それは」

「きみも冒険者になりたくて、この学校に通っているんだろ?」

「……はい」


お父さんだって、娘の夢が叶うのを望んでいるはずだ。


「だから、こういうのはどうかな――」


そこから俺は、突発的に考えた案を語った。

昼休みの予鈴が鳴るころには説明も終わり、

俺は自分が、何も食べていないことに気づいた。


「……ライルさんはそれで、本当にいいんですか?」

「うん。君さえよければ、再試験の場は僕が整える。

だから、スモアは――」


「……わかりました」


彼女は、覚悟が決まった顔で。


「巣立ちの準備を、します」



「とある生徒の再試験の日程を整えてほしい?」


学長室で、彼は読んでいる本から目を移して聞き返した。


「はい。学長ならできるでしょ」

「ワイバーン先生と呼びなさい。……確かに、僕は大抵のことなら用意すると言ったが、教育には順序というものがある。力不足の生徒を無理やり外に連れだろうとするのには、あまり共感できた話ではないのだが……」


「スモアは、力不足なんかじゃありません」


俺が力強く言うと、先生も聞く姿勢を正して。


「……どうやら訳ありのようだ。聞こうか」


俺は近況のすべてを話した。

スモアは、とても大きな魔力を保持していること。

実力が発揮できないのは、理由があるということ。

そしてそれは、彼女の家族が関係しているということ。


「……なるほど。理由はわかった」


先生はそこでいったん言葉を区切ってから、

追及するように口を開く。


「僕の権力を使えば再試験の日程を組ませるのは、ぶっちゃけやぶさかではない。だが、問題はそのスモアという生徒の父君だろう。どうやって説得するつもりだ? ライル」


「策は、考えてあります」


今回の件には、俺の冒険がかかっているだけではない。

一人の少女の将来と、夢がかかっているのだ。

失敗するわけにはいかない。


「僕らは必ず、冒険に行きます」

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