第10話 スモア2


「その……もしよければ……―」


――と、そこでスモアは、ぴたりと言葉を止めて。


「……ごめんなさい、やっぱり忘れていください!」


「えっ、ちょっと――」


「そ、それじゃあ! 私、反転術式の影響で生まれつきお手洗いが近くて……! し、失礼します!」


すると彼女は、小走りで夕焼けの校舎のなかへと逃げていった。

なんだったんだ、一体……。



あれから一晩が経った。

まだパーティメンバーが決まっていない俺は、卒業証書はもらえず、校内のなかを徘徊するようにうろうろ歩き回っていた。


「……それにしても」


俺があごに手を置いて考えているのは、昨日のスモアの様子のことだった。

……あきらかに、俺のことを避けてたよなあ。

でも、最初は俺のことを嫌っているような様子はなかったし、彼女が自分の言葉を言いかけたところから彼女の様子がおかしくなったことは確かだ。

なら、原因はそこにある。


「……パーティに、入ってくれようとしたのか」


そうとしか考えられなかった。


「でも、途中で考えが変わって……逃げた、と……」


でも、彼女は「反転術式の影響でお手洗いが近い」と言っていた。

その場しのぎの嘘にしては、やけにリアリティのある発言だ。

現に、彼女は自分の魔力をあまり制御できず、加えて属性は氷だ。

お腹に影響を及ぼしてもぜんぜん不思議ではない。……つまり彼女は、一時は本気で俺のパーティーに入ろうとしてくれていた、ということになる。


「なら、なんであんな急に心変わりしたんだ……?」


特待試験に受かっていない自分では、役者不足だと思ったのか。

はたまた、やはりライルの人望が信用できなかったのか。

今後のことを考えれば、ライルでなくとも、パーティを組める人間はごまんといることだろうし……。その線が濃厚かもしれない。が……。


「……直接、聞いた方が早いか」


導き出した結論はそれだった。

もしスモアが、一瞬でもライルとパーティを組むことを望んだのであれば、説得……いや、勧誘すれば、まだ日の目はあるかもしれない。

ライルにとっても、これはチャンスだ。

逃すわけにはいかない。


「――よお、ライルぅ」


そうした経緯でスモアを探し始めて、すこし立ったときだった。後ろから物騒な声で、自分を呼ぶ人物がいた。


「……誰だっけ、お前」


見覚えのない顔だ。

オールバックにされた前髪と、ひっかけたようなサングラスが小物感を演出している。


「ゲイスだ。同じ剣技科の一年だぜ」

「そうかよ。で、何の用?」

「そうカリカリすんなよ。お前、例の試験受かったらしいじゃねえか」


例の試験、とは、きっと昨日の卒業試験のことだろう。


「ああ」


すると彼は、なれなれしく肩を組んできて。


「なら、パーティの面子、探してんだろ?」


「だったらなんだよ」

「俺が入ってやるよ」

「ことわる」


即決で断った。

俺のパーティに不良枠はいらん。

そもそも、どうせ成績優秀な俺の近くで行動を共にすることで、冒険先での手柄を横取りする気満々なクセに……。

よくここまで恥ずかしげもなく堂々と言えるものだ。


「……へへっ。そういうと思ったぜ」


すると彼は距離を取り、振り向きざまに――。


「そういうところがウゼェんだよ!」と、突然殴りかかってきた。


かっこつけておきながら、やることは不意打ちかよ……ダセェな。


しかも、そのこぶしの速度は極端に遅い。俺が強いからだけど。

半ば飽き飽きしながら、そのこぶしを受け止めようとして――。


「ちょっとゲイス、何やってんのよ!」


と、横から入ってきた少女に止められた。


「リ、リーナ……ッ! てめぇ、なんで邪魔するんだよ!」

「邪魔も何もないし! どうしてライルくんを殴ろうとするワケ!? サイッテー!」


リーナという少女は、とても不機嫌なようだった。……が、俺の方に振り向くと、態度を三百六十度反転させて。


「平気!? ライルくん」

「あ、うん。平気だけど……」


どうやら彼女は、俺のファンらしい。そういえば昨日も、試験に向かう途中で黄色い歓声を飛ばしていた女子たちがいた。その中の一人だろう。

ゲイスは、彼女の態度が気に入らなかったらしく野次を飛ばす。


「おい、なんでそんなやつ助けんだよ!」

「うっさいハゲ!」

「は、ハゲッ!?」


べつに彼はハゲていないが、いい気味だ。


「ねえ、それよりライルくんさあ……」


油断していると、彼女はとたんに甘い声を作り。


「こんなやつよりさあ、うちをパーティに入れてよお」

「な、なんで……?」

ああ、俺の馬鹿野郎。

女子相手だと、どうしても強い言葉が使えねえ。


「なんで、って……。そんなの、ライルくんといっしょに居たいからに決まってんじゃん……? 昨日さあ、魔法科のスモアちゃんといっしょにいたよねえ。――やめといた方がいいよぉ、アレは。まじで使えない落ちこぼれ」


「……それで、リーナさんにしとけ、ってこと……?」


「うん、そーゆーこと。うちかわいいし、あんな地味変なブサイクのおちこぼれより、そこの馬鹿ゲイスより、よっぽど役に立つからさあ。……あ、そうだ。他にもライルくんと組みたいって子いっぱい居るんだけど、よかったらいっしょに――」


「悪いけど、諦めてくれ」

「――え?」


俺は、彼女の距離を縮める腕を振り払って前を向いた。


「な、なんで……!?」


まさか断られると思っていなかったのか、彼女が背中越しに呼び掛けていた。


「……悪いけど、女の子を悪く言う女の子は、嫌いなんだよ。俺」


スモアは、彼女は確かに、魔力の扱いに関しては長けていないのかもしれない。

でも、それは彼女の努力次第できっとどうにかなるものだ。

俺がこの世界に来て、成長適正を伸ばすために努力できたように。

スモアに、魔法を上達させたいと――心から願うのであれば。

きっとこうして、下ばかり見て、自分を振り返ろうともしないリーナよりも。

よっぽどいい術士になれるだろうと、俺は思う。


「失望させたら、ごめん」


なるべく傷つける言い方をしたくなかった。

俺は振り向くことなく、その場を後にした。


「……なに、アイツ!」


背後から聞こえる、歯噛みするような恨み節は、無視したまま。

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