第9話 スモア

今日は午前と午後で二本上げます。たぶん……

本編↓



「どうして上手くいかないのぉ……?」


その声がする方向からは、魔法が起こす冷気が漂っていた。

近づいてみると、案の定居たのは青いスカーフを巻いた魔法科の生徒で。

半ば涙目になりながら、凍った芝生に尻をついていた。

……冷たくないのかな。

最初に出た感想はそれだったが、自分の魔法なら『反転術式』と呼ばれる作用で、自身には効果がないようになっているのだろう。


「……大丈夫?」

「……ふえ?」


手を差し伸べると、そんな間の抜けた声とともに彼女は顔を起こした。

――潤んだ瞳の色は、きれいな金色こんじきだった。宝石のように輝くその双眸に、俺は思わず息を飲む。


「……だれ、ですか?」


どうやら、彼女は俺のことを知らないらしい。落ち着かなさそうに、自分の青い髪を撫でつけて、俺をじろじろと見ていた。


「ああ、ごめん。俺の名前はライル。……起きれる?」

「あ、こちらこそすみません。うん……しょっと」


凍った芝生は、立ちにくく、バランスをとるのが難しかった。

起き上がると、彼女はスカートのすそを正して俺と向き合う。


「魔法科一年の、スモアと申します」


「――1年生? きみ、確かさっき、魔法科の卒業試験を受けてなかった?」


思い出した。

彼女はさっき、学長室に向かう際に廊下から眺めていた魔法科の卒業試験で、魔力の供給が一人だけ遅く、教官から怒られていた子だ。


「ライルさんはご存じないのですか? 特待生制度を」

「特待生制度?」

「――はい。特定の魔力量が認められた生徒に限り、冒険者の魔力供給元としての動向を認められるという、いわゆる、インターン制度があるんです。私がさっきしていたのは、その、プロの冒険者の同伴を認めてもらうための特待試験です」


……インターン制度なんてものがあったのか。あの学長は、とくにかく、何でも自分の教育に取り入れる気風のようだ。


「……まあ、落ちちゃったんですけどね」


なんとなく分かっていた。あの様子だと、受かることはまずないだろう。


「残念だったね」


こういうときに、気の利いた言葉の一つも出てこない。ろくに女の子とお付き合いもしたこともない弊害が出ていた。


「それで、ここでひとり、魔力供給の練習をしていたんですけど……」

「上手くいかないんだね」

「それです……。試験では、自分の魔力を球体にして、同じ試験者に渡したりとか、それをそのまま義骸にぶつけて攻撃したりとか……。そういう起点性が求められているのですが、私は自分の氷魔法を、上手く形にできなくて……」


……なるほど。

つまり彼女は、特待試験に出られるほどの魔力量の持ち主だが、肝心な魔力の操作ができない、ということだ。彼女が得意とする魔法は、氷――。能力表示を見てわかったことだが、彼女は、氷以外の魔力はてんでからっきしだ。良くも悪くも、己の得意なことに特化している。


……―しかし、それにしても。


この凍った芝生は、彼女がやったものなのだろう。

本当に魔力の操作が上手くいっていないらしい。


「……というか、本当にライルさん、ですか?」

「……どういう意味?」

「あ、いえ。その……とっさのことで分からなかったのですが、ライルさんと言えば、有名人、ですよね? 王子さまのような髪型に、エルフのようにとがった耳――。同じ一年生なのに、飛び級で卒業して、有名な冒険者のパーティに入ることが内定してるっていう……」

「ちょっと尾びれ背びれが付いているような気がするけど……。まあ、飛び級、のところまでは合ってるかな」


王子さまのような、ってところは否定しないでおこう。


「母さんがエルフなんだ」

「へえ、そうだったんですか……。

って、そうじゃなくて、ですっ!」


と、彼女はとっさにツッコミを入れた。

手を手刀の形にしている気合の入れようだ。


「ライルさんは、もう卒業試験には合格したんですよね?」

「まあ、いちおう……」


現在、その証書は学長に人質として取られているところなんだが……。


「なら、なぜまだ学校に? 

冒険者ギルドに挨拶に行かなくていいのですか?」


「それがね……」


かくかくしかじか。


「なるほど、パーティメンバーが見つからない、と」

「そうなんだよね……」

「じゃあ、冒険者パーティに内定してるっていうのは」

「そんな事実はない」

「あはは、そうだったんですね」

「笑い事じゃないけどね……?」


いや、本当に笑い事じゃないのだ。

このままじゃ、俺の冒険という夢が遠のいてしまう……。


「それなら……もし、よかったら」


すると、おずおずとした声でスモアが言った。


「こんな私でよければ、なんですけど……―」

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