第9話 スモア
今日は午前と午後で二本上げます。たぶん……
本編↓
◇
「どうして上手くいかないのぉ……?」
その声がする方向からは、魔法が起こす冷気が漂っていた。
近づいてみると、案の定居たのは青いスカーフを巻いた魔法科の生徒で。
半ば涙目になりながら、凍った芝生に尻をついていた。
……冷たくないのかな。
最初に出た感想はそれだったが、自分の魔法なら『反転術式』と呼ばれる作用で、自身には効果がないようになっているのだろう。
「……大丈夫?」
「……ふえ?」
手を差し伸べると、そんな間の抜けた声とともに彼女は顔を起こした。
――潤んだ瞳の色は、きれいな
「……だれ、ですか?」
どうやら、彼女は俺のことを知らないらしい。落ち着かなさそうに、自分の青い髪を撫でつけて、俺をじろじろと見ていた。
「ああ、ごめん。俺の名前はライル。……起きれる?」
「あ、こちらこそすみません。うん……しょっと」
凍った芝生は、立ちにくく、バランスをとるのが難しかった。
起き上がると、彼女はスカートのすそを正して俺と向き合う。
「魔法科一年の、スモアと申します」
「――1年生? きみ、確かさっき、魔法科の卒業試験を受けてなかった?」
思い出した。
彼女はさっき、学長室に向かう際に廊下から眺めていた魔法科の卒業試験で、魔力の供給が一人だけ遅く、教官から怒られていた子だ。
「ライルさんはご存じないのですか? 特待生制度を」
「特待生制度?」
「――はい。特定の魔力量が認められた生徒に限り、冒険者の魔力供給元としての動向を認められるという、いわゆる、インターン制度があるんです。私がさっきしていたのは、その、プロの冒険者の同伴を認めてもらうための特待試験です」
……インターン制度なんてものがあったのか。あの学長は、とくにかく、何でも自分の教育に取り入れる気風のようだ。
「……まあ、落ちちゃったんですけどね」
なんとなく分かっていた。あの様子だと、受かることはまずないだろう。
「残念だったね」
こういうときに、気の利いた言葉の一つも出てこない。ろくに女の子とお付き合いもしたこともない弊害が出ていた。
「それで、ここでひとり、魔力供給の練習をしていたんですけど……」
「上手くいかないんだね」
「それです……。試験では、自分の魔力を球体にして、同じ試験者に渡したりとか、それをそのまま義骸にぶつけて攻撃したりとか……。そういう起点性が求められているのですが、私は自分の氷魔法を、上手く形にできなくて……」
……なるほど。
つまり彼女は、特待試験に出られるほどの魔力量の持ち主だが、肝心な魔力の操作ができない、ということだ。彼女が得意とする魔法は、氷――。能力表示を見てわかったことだが、彼女は、氷以外の魔力はてんでからっきしだ。良くも悪くも、己の得意なことに特化している。
……―しかし、それにしても。
この凍った芝生は、彼女がやったものなのだろう。
本当に魔力の操作が上手くいっていないらしい。
「……というか、本当にライルさん、ですか?」
「……どういう意味?」
「あ、いえ。その……とっさのことで分からなかったのですが、ライルさんと言えば、有名人、ですよね? 王子さまのような髪型に、エルフのようにとがった耳――。同じ一年生なのに、飛び級で卒業して、有名な冒険者のパーティに入ることが内定してるっていう……」
「ちょっと尾びれ背びれが付いているような気がするけど……。まあ、飛び級、のところまでは合ってるかな」
王子さまのような、ってところは否定しないでおこう。
「母さんがエルフなんだ」
「へえ、そうだったんですか……。
って、そうじゃなくて、ですっ!」
と、彼女はとっさにツッコミを入れた。
手を手刀の形にしている気合の入れようだ。
「ライルさんは、もう卒業試験には合格したんですよね?」
「まあ、いちおう……」
現在、その証書は学長に人質として取られているところなんだが……。
「なら、なぜまだ学校に?
冒険者ギルドに挨拶に行かなくていいのですか?」
「それがね……」
かくかくしかじか。
「なるほど、パーティメンバーが見つからない、と」
「そうなんだよね……」
「じゃあ、冒険者パーティに内定してるっていうのは」
「そんな事実はない」
「あはは、そうだったんですね」
「笑い事じゃないけどね……?」
いや、本当に笑い事じゃないのだ。
このままじゃ、俺の冒険という夢が遠のいてしまう……。
「それなら……もし、よかったら」
すると、おずおずとした声でスモアが言った。
「こんな私でよければ、なんですけど……―」
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