第8話 頼みの内容とヒロイン
「……それで、頼み事ってなんです?」
そんなわけで俺は、この成長適正というスキルと、俺の出自を公言しないという約束をこの人と結んでいる。借りというには少々せこい気もするが、まあ、黙っていてくれてありがたいことは確かだ。
「お、話を聞いてくれる気になったか」
「そりゃ、証書を人質に取られたらね」
「そう呆れたようにため息を吐くなよ。幸せが逃げていくぞ」
「……その冗句、この世界にもあったんですね」
もしため息を吐いて本当に幸せが逃げていくなら、俺はとうに不幸で死んでいる。
「ということは、そちらの世界にもこの言葉はあるのか。興味深いな。ぜひ今度、そちらの言葉とこちらの言葉の比べ合わせを――」
「それで、本題は?」
「せっかかちな奴だ」
先生はふところから、一枚の封筒を取り出した。
「これを魔術学院の、とある生徒に渡してきてもらいたい」
受け取ると、それはワイバーン家の紋章がついた封筒だった。どうやら他の人間に中身を見られると困るものらしい。それで、身内である俺に頼んだというわけだ。
「魔術学院ってたしか、ここの提携校ですよね?」
「ああ。大学院のようなものだ。ここを卒業し、宮廷魔導士などのエリート街道を目指す生徒たちは、基本的にそこに通い、さらなる研鑽と努力を積むことになる。もちろんだが試験はここの何倍も難しく、みな腕利きだ。ここから山伝いの行路を歩けば、一晩足らずで到着できるだろう」
「そんなの、自分で行けばいいのでは?」
彼は空を飛べる魔法を持っている。
わざわざ他人に任せなくても、時間さえあればすぐに渡せるものを……。
「君に渡してほしいのだよ」
先生はその一点張りで、有無を言わせなかった。
討論の末、俺はしぶしぶ引き受けることにした。
「ありがとう。なら、距離は短いが――これがきみにとって、初めての冒険になるな」
――冒険。
その言葉に、強く憧れた。
「……まだ実感がありません」
「そうだろうな。きみの話によれば、きみは自宅で
あの、退屈な日々を思い出す。
「流行病のせいでもありますけどね」
「ああ、分かっているよ。だが喜べ」
先生は窓辺のカーテンを開けて、外の景色を見せてくれた。
「――この世界に、退屈は存在しない」
学長の部屋は、魔法で、そこだけ敷地から切り離すように建てられている。高層マンションの最上階から見えるような景色は、遠くまで広がる山脈や、大きな湖など――まだ俺が見たことのないもので溢れていた。
「……そうだといいですけど」
「期待していないようなマネをするな、ライル。まる分かりだぞ」
やべっ……。
口角が自然と上がっていたことに、先生は気づいていたみたいだ。
「……さて、そろそろ現実的な話をしようか」
先生はカーテンを閉めると椅子に座り、腕を組んで俺を見た。
「魔術学院はここから近いとはいったものの、なにせ砦を挟んだ先にある。その道中には危険な魔物――といっても、主にオオカミや盗賊たちだが――そのような脅威があることも忘れてはいけない」
「はあ、確かに」
「たとえライルがそこそこの腕を持っていたとしても、教育者として一人で行かせるのは心もとない」
俺も、だいぶこの世界に慣れたとはいったものの、いきなり獣が住まう場所に放り込まれるのは少し怖い。
「そこでだ。きみにはパーティを組んでもらう」
「パーティ、ですか?」
パーティというと、あれか。
数人単位でチームを組むことか。
おお、いっきにそれっぽいことになってきたぞ。
「ああ。最低でももう一人。きみに友人はいるか?」
「いませんけど」
「だろうな」
「どういう意味ですか……」
「なに、みなが君を奇異しているのは周知の事実だ。きみの持つスキルは、敵を作りやすそうだからな」
先生の言っていることは、ぜんぶ本当だった。
俺は首を掻きながら、「……みんな、勝手に嫉妬するんですよ。俺の成長適正に。一年のクセに生意気だって。俺だって、努力してるから試験にも合格できたのに……」
「気にするな。きみの努力は、僕が一番よく知っている」
先生は俺の肩に、ポンと手を乗せた。
労わるように。
「しかし、きみが嫌われているのも事実。一人で冒険に出かけさせられないのも事実だ。どうだろう。ここは僕が、信用に足る生徒を動向させてもいいが……」
「……いえ、お構いなく」
先生が用意する人物は、きっと優しい人なのだろう。
だからこそ、そんな人に哀れな目で見られたくない。
「自分でなんとか探してみせますよ」
「……そうか」
先生は納得したように頷いた。
「必要なものがあったら言ってくれ。
金以外ならば、なんでも用意しよう」
◇
「……とは言ってもなあ」
どうするか……。
俺は廊下を歩きながら頭を悩ませていた。
もう大概の生徒は授業や試験を終えたのか、校内にほとんど生徒は残っていない。
それに、パーティを組むとなると、役割分担のことなども考えなくてはいけない。
たとえば俺が特化している剣技スキルが戦闘の際に得意とするのは、もちろん近距離。であれば、背中を任せるのであれば、そのリーチの狭さをカバーできる遠距離タイプ――具体的には、魔法に精通した者がいいだろう。
魔導でも、魔術でも、なんだっていい。
俺と相対できるくらいの実力をもち、且つ、俺を目にかけていない人間―……そんなのいるのだろうか?
と、考えに暮れていたときだった。
「――えいっ、えいっ」
中庭から声がした。
どこかで聞いた覚えのある声だ。
その声が聞こえる先からは、不思議な冷気が漂っている。
「あー……また壊れた。もう、どうして上手くいかないのぉ……?」
今にも泣きだしそうなその声のもとに行くと、
なぜか――凍った芝生の上で、ぺたんと尻をつく女子生徒がいた。
巻いているマフラーは青。
魔法科の生徒だった。
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