第7話 改めてようこそ


※(1月20日)この作品で初めて星をいただきました。嬉しいです!

本編↓



学長室の扉をノックする。


「入りたまえ」


中から低く、それでいて滑らかな声が響いた。


「失礼します」


一応の礼儀をわきまえながら入ると、中では男がコーヒーを飲みながら本を読んでいるところだった。

木目が見える本棚や机、それには真っ白なテーブルクロスが敷かれてあり、学園のなかでもシックで華美な装飾が施された部屋だった。

革の椅子に座った学長は、俺に視線を向けると軽く会釈する。

――見る者を吸い込むような青色の瞳と、それを覆う黒縁のメガネが印象的な若い男性だ。黒い髪は毛束にばらつきがあって、聞けば生まれつきの天パらしい。

見た目のほどは30そこそこ、と言ったところだろうか。

その年齢で、よく学長なんて看板を背負っていると思う。


「今日はなにを読んでいるんですか?」

「とある勇者の冒険譚、という小説さ。……知っているかい?」

「知らないですね」

「ははは、そうか。まあ座りなさい」


俺は言われたとおりに、学長と対になるように椅子に座った。

彼が呼んでいるのは、この世界でいうところのライトノベルだ。まだ転生したばかりのころ、絵本で学んだように、この世界に魔王や勇者はいない。

人を襲う魔物はいても、それらはすべて野生の本能で動いているだけであって、それを使役し、悪事を働くような輩もいなければ、それを成敗する正義のヒーローもいない。


良くも悪くも平和な世界。ここには魔法、日本には化学があったが。たとえどんな世界でも、あるはずのないスリルを求める創作家は多いらしい。


「学長も物好きですよね」

「ふむ、ただ創作の精神が好きなだけなのだがね。……それよりも、学長なんて仰々しい呼び方は止めなさい。きみと僕の仲じゃないか? ライル」

「……そうは言っても、変にコネがあると思われたくありませんし」


「ふむ、ならせめて――ワイバーン先生と呼びなさい」


学長のことを、ワイバーン先生と本名で呼ぶ人はあまり多くない。

彼は、この土地に現れた大量の殺人鬼たちを、根こそぎ打ち倒したという誉れある剣士の血筋なのだとか。しかし、それは大昔のことで――。時代が経つにつれて、そのような歴史は、空想のものとして捉えられるようになってきたそうだ。


ワイバーン家は貴族だが、その栄光は過去のものとして風化してきている。

だから、あまり公衆の前で、口を大にして言えるような名前ではないのだ。


「分かりました。ワイバーン先生」


でも、もともとこの世界の住民でない俺に、そんな風習は関係ない。


「よろしい。さて、きみをここに呼んだ理由だがね」


学長は机から証書の原版を取り出すと、そこに手のひらをかざした。

魔法を発動する時の光が、彼の手のひらからふわりと浮かびあがる。


「今からきみの卒業証書を作ることになっているのだが、

その前に一つ、僕の頼みを聞いてもらえないだろうか」


「頼み、ですか?」

「ああ。返答によっては、ここで証書を魔法で燃やす」

「それって強制じゃないですかね……」

「ははは。まあ、さすがに冗談だがね」


言うと、手のひらから流れる魔力を止める。


「きみは私に、借りがあるだろう? ライル」


悪意のない顔で、ほほ笑む先生。

まったく、たちの悪い人だ―……。



それは、俺がこの学園に入学して直後のことだった。


入学そうそうに、進路を決める二者面談があった。

その面談場所が、なぜか学長室になっていたのだ。


「きみ、もともと違う世界に住んでいただろう?」


どうして担任とではなく学長と話すことになったのだろう――。

そんな疑問を抱えながら学長室に入ると、彼は、前置きもなくそう言い切った。

にこにこと、底の見えない笑顔を浮かべて。


「おっと、そんなに警戒しないでくれ。理由もなく退学にしたりしないから」


「……ど、どうしてわかったんですか」


「能力表示を見たからさ。きみ、成長適正というゲージがあるね。

しかも色は――真っ赤だ。よほど丹精に磨いたスキルなのだろう」


「それだけで、どうして俺が異世界出身だって……」

「わからないかい? それは俗に、特異能力ゲートと呼ばれる力なんだよ」

「特異能力……?」先生はぴん、と指を立てて。「ああ。その成長適正という力は、本来、どう努力したって獲得できない代物なんだ。ゲート――その名の通り、別世界とくいてんの先から来た者にしか与えられない、伝説のスキルだよ」


そのときの先生は、得意げに語っていた。


「ちょっと長くなるが、話させてくれ。ぼくの生家は、『創作貴族』と呼ばれていてね。なに、遠回しな皮肉さ。ぼくの祖先はその昔、国の脅威だった殺人鬼たちを追い払った剣士の血縁らしいが……。その伝承も時が経ち、ただの作り話ではないのかと揶揄されはじめ。我がワイバーン家は、貴族として没落しつつある。まあ、実力でここまでのし上がってきた僕には関係ないことだがね。……生まれた家が、そんな呼び方をされていることが高じてか、僕は創作というものが好きになった」


「……はあ」


俺はだまって、その話を聞いていた。

というか、たぶん俺が無視しても彼は話を続けるだろうと思った。

自分語りをすることに酔っているようだったから。


「本を、よく読むんだ。

とくに冒険モノが好きだ。存在しない勇者が、存在しな魔王を倒すために奮闘するような――いわゆる、フィクションと呼ばれるものが好きだ。それらは人の創作であるがゆえに、実際に起こったことでないがゆえに、夢見がちな僕のような人間の心を鷲掴みにする。そして、いつしか僕も、そんな妄想をするようになった」


彼はまるで役者のように、自分の身振り手振りを交えながら話していた。


「そして、僕は考えたんだ。特異能力ゲートと呼ばれる、特別な力の存在を」


……ん?  

そこで俺は違和感に気づいた。

「その特異能力って呼び方は、アンタが勝手に作ったってことか……!?」


「まったくその通りだ」


俺はガクッ、と肩が下がる気分だった。


「そうあからさまにガッカリされるとこちらも悲しいのだが」

「だって、それこそぜんぶ学長の創作なんでしょ? だったら――」


「深く気に留める必要はない、か? だが実際、きみは異世界から来たのだろう?――僕の推測は間違っているかな?」


「……それは」


俺は言葉に詰まった。

学長はにんまりと頬の口角を上げると。


「――創作は時として、現実になる。僕はその可能性が見たい。

いつか、君しかもっていない、その成長適正という能力が、本当に特異能力と呼ばれるようになり――その名の由来のように、こちらの世界と、きみが生きてきた世界を繋ぐ橋のような存在になればいいと思っている。

ようするに、僕は君に期待しているんだよ。ライル」


「……その期待はありがたいですが」


俺は苦笑しながら言った。


「俺は、アンタの思う特別な存在になんて、なりたいと思ってない」

「ほう。ならば、この世界で何になることを望む?」


「――冒険者」


俺は、夢を口にするようにその言葉を紡いだ。


「冒険者だ。俺は、冒険者になりたい」

「理由を聞こうか」

「俺がこのあいだまでいた場所は、ロクに外にも出れないような時代だったんだ。流行病のせいでな。感染予防で外に出ない時間が、そのまま俺の首をしめていくような気がした。それで、外の空気も吸えない生活に嫌気がさして――俺は願った。ここではないどこかに行きたい。冒険がしたい……って。

流れるように過ぎていく日常に、意味を見つけたかった」


「……それは見つけられそうなのか? 冒険者になれば」


「少なくとも、意味は見いだせると思う」


バレーを辞めて。

外に出れなくなって。

ゲーム機の画面に映っていた自分は、ひどく無気力に見えた。

それが、この世界に来てからは毎日の目標ができて、無駄じゃない毎日を過ごすことができて。スキルを伸ばすために鍛錬する毎日を、俺は、とても価値のあるものとして認識していた。


――貴重な高校生活を、ただ祈るように過ごしていた時とは違う。


ここには充実した毎日があった。


「――ならば、大人である僕は、そんな君の夢を尊重する義務がある」


学長は優しい笑みを浮かべていた。


「何はともあれ、君のスキルや出自が特別であることは確かだ。他の生徒や先生には内密にしておこう。これまで通り、自由に研鑽するといい」


「……ありがとう、ございます」


「ふふ、きみは敬語が苦手なようだ。さっきから敬語になったり、なってなかったり。キャラが定まらなくて、僕が作者だったら喋らせにくくて困ってしまうよ」


「じゃあ、アンタに創作の才能はありませんよ」

「ははは、違いない。それはそうと、きみにはこの言葉を送りたい」


言うと、先生は魔法を発動させた。あたりには青い炎が舞い、カーテンがかかって暗かった室内を明るく照らしていた。

それは色を変えていく。赤に、黄色に、緑色に。

さまざまに変化する光りのなかで、彼は言った。


「改めてようこそ。剣と魔法で彩られた世界へ」

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