第6話 教訓
――もうすこしで、制限時間いっぱいだ。
「どうした、こんなもんか?」
義骸たちの動きが、だんだんと動きが鈍くなってきている気がする。奴らを動かしている術式こそ壊せていないものの、その体にはいくつものへこみができていた。すべて俺がこの木剣を打ち込んだ跡だ。
「……じゃあ、そろそろとどめと行くか」
俺は剣の持ち方を変える。
今までは片手で軽く、空中を薙ぐように振るっていた剣を――両手で持つ。
そこで、俺の脳裏に一種の欲が浮かぶ。
――試してみるか? アレを。
今まで、剣技適正を高めながらひそかに特訓していたことがあるのだ。
――簡単な魔法と、剣技の合体技だ。それを実行すれば、派手なだけでなく、試験を見に来てくれたすべての人たちに――主に女子に――俺という存在が、いかに凄いということを証明できそうな気がした。俺には、敵が多い。いいスキルに恵まれてしまったがゆえに、それに嫉妬し、俺に敵意を抱く人間はそう少なくないのだ。だから、ここで分からせてやるのも悪くない。
そして、女子にもっとキャーキャーされたい。
よし――と、俺が剣を振り上げようとしたとき。
過去の、バレーをやっていた時の記憶が掘り出された。
◇
『おい! どうして今のボール、俺に上げたんだよ!』
負け試合のあとのことだった。
同期だったそいつは怒鳴って、そう言っていた。
俺は答える。『お前に、決めさせたかったからだ』と。
そいつは、俺なんかと違って、真摯に練習に向き合っているやつだった。だから、そいつが怪我から復帰した最初の試合で、俺はたくさんの場面で、そいつにトスを上げた。
俺が、そうしてあげたいと思ったから。
俺が、そうしたいと、思ったから。
だって、その方がかっこいいだろ。
不屈の精神って感じで。
――けっきょく、自分勝手な言い訳だったと思う。思い返してみれば、確かにあの場面は他のマークされていない連中に上げたほうが得点できる可能性が高かった。
……でも、俺は善意で上げてやったんだぞ? マジでキレることねえじゃん。
たかが部活だろ? ふざけんなと、そいつに掴みかかったことは、決して忘れないだろう。そして、俺もそいつの後を追うように怪我をして――バレーを、やめた。同時期に流行病が日本を席巻し、俺の戦場は、体育館からゲーム機のなかへと移行することになる。
それだけの趣味だった。バレーは。そいつみたいに、一度大きな怪我をはさんでも復帰したいと思うような、そこまでの熱い何かを、俺はもっていなかった。ただ、それだけの話。
だけど、悔しかったんだ。
そこまで熱中できる何かを、自分でない他人が持っていることが。
◇
「……おい、どうしたんだあいつ」「もしかして、力尽きちゃったの?」
剣を振り上げながらピタリと思った俺を、周囲の人間はざわざわと声を立てながらながめていた。義骸たちも、チャンスとばかりに俺との距離を縮め攻撃に移る。
「……うるせえよ」
小さくつぶやいて、剣を握りなおす。
さっきまでの大振りの構えではなく、堅実な水平に持ち替えて。
俺はあのとき学んだんだ。
こういうとき優先するべき感情は、どう決めたいか、じゃない。
どうしたら決まるか、だ。
「剣技、level9」
木剣の先に、またたく星のような光があふれだす。
義骸たちはとっさに縮めた距離を再び離そうとしたが、もう遅い。
お前たち如きに、合体技を試す価値はねえ。
「――流星剣!」
直後に、インパクトが走る。
辺り一面に砂塵をまき起こし、観客や試験官は砂が晴れるまで、きっと目を凝らしていたことだろう。そうして、開けた視界の先には――
「ふう……こんなもんだろ」
砕けた義骸を見つめる、俺の姿がありましたとさ。
◇
『――ライル・イーセント卒業生。至急、学長室へお越しください』
試験が終了し――もちろん合格だった――俺は卒業証書をもらうために別室で待っていると、思念魔法で直接脳に言葉が送られた。学校の校内放送みたいなものだ。
めんどくさいが……しかたない。
学長室に行くかたわら、中庭では魔法学科の試験が行われていた。
ぱっと見て、俺がやっていた試験とそう大差ない。違いと言えば、俺みたいなソロプレイと違って、団体であの義骸に挑んでいるところだろうか。
まあ、俺はもともと特例だったしな。
今試験を受けているのは、大半が最上学年の四年生のはずだ。
「――スモア! 魔力の供給、遅れているぞっ」
「は、はいぃ! すみませぇー……っん!」
水色の髪をした女の子がひとり、教官らしき男に怒られていた。
どうやら義骸を倒すための魔力供給が、彼女ひとりだけ滞っているらしい。
あー……あれだから団体戦はめんどくさいんだよな。
かわいそうだが、どうしようもない。
見て見ぬふりをしながら、学長室へ急ぐ。
後ろでは魔法がぶつかる音が響いていた。
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