第6話 教訓


――もうすこしで、制限時間いっぱいだ。


「どうした、こんなもんか?」


義骸たちの動きが、だんだんと動きが鈍くなってきている気がする。奴らを動かしている術式こそ壊せていないものの、その体にはいくつものへこみができていた。すべて俺がこの木剣を打ち込んだ跡だ。


「……じゃあ、そろそろとどめと行くか」


俺は剣の持ち方を変える。

今までは片手で軽く、空中を薙ぐように振るっていた剣を――両手で持つ。

観客ギャラリーたちはどよめき、興奮と期待値はMaxになっていた。

そこで、俺の脳裏に一種の欲が浮かぶ。


――試してみるか? アレを。


今まで、剣技適正を高めながらひそかに特訓していたことがあるのだ。

――簡単な魔法と、剣技の合体技だ。それを実行すれば、派手なだけでなく、試験を見に来てくれたすべての人たちに――主に女子に――俺という存在が、いかに凄いということを証明できそうな気がした。俺には、敵が多い。いいスキルに恵まれてしまったがゆえに、それに嫉妬し、俺に敵意を抱く人間はそう少なくないのだ。だから、ここで分からせてやるのも悪くない。

そして、女子にもっとキャーキャーされたい。


よし――と、俺が剣を振り上げようとしたとき。


過去の、バレーをやっていた時の記憶が掘り出された。



『おい! どうして今のボール、俺に上げたんだよ!』


負け試合のあとのことだった。

同期だったそいつは怒鳴って、そう言っていた。


俺は答える。『お前に、決めさせたかったからだ』と。

そいつは、俺なんかと違って、真摯に練習に向き合っているやつだった。だから、そいつが怪我から復帰した最初の試合で、俺はたくさんの場面で、そいつにトスを上げた。


俺が、そうしてあげたいと思ったから。

俺が、そうしたいと、思ったから。

だって、その方がかっこいいだろ。

不屈の精神って感じで。


――けっきょく、自分勝手な言い訳だったと思う。思い返してみれば、確かにあの場面は他のマークされていない連中に上げたほうが得点できる可能性が高かった。


……でも、俺は善意で上げてやったんだぞ? マジでキレることねえじゃん。

たかが部活だろ? ふざけんなと、そいつに掴みかかったことは、決して忘れないだろう。そして、俺もそいつの後を追うように怪我をして――バレーを、やめた。同時期に流行病が日本を席巻し、俺の戦場は、体育館からゲーム機のなかへと移行することになる。


それだけの趣味だった。バレーは。そいつみたいに、一度大きな怪我をはさんでも復帰したいと思うような、そこまでの熱い何かを、俺はもっていなかった。ただ、それだけの話。


だけど、悔しかったんだ。


そこまで熱中できる何かを、自分でない他人が持っていることが。



「……おい、どうしたんだあいつ」「もしかして、力尽きちゃったの?」


剣を振り上げながらピタリと思った俺を、周囲の人間はざわざわと声を立てながらながめていた。義骸たちも、チャンスとばかりに俺との距離を縮め攻撃に移る。


「……うるせえよ」


小さくつぶやいて、剣を握りなおす。

さっきまでの大振りの構えではなく、堅実な水平に持ち替えて。


俺はあのとき学んだんだ。


こういうとき優先するべき感情は、どう決めたいか、じゃない。


どうしたら決まるか、だ。


「剣技、level9」


木剣の先に、またたく星のような光があふれだす。

義骸たちはとっさに縮めた距離を再び離そうとしたが、もう遅い。


お前たち如きに、合体技を試す価値はねえ。


「――流星剣!」


直後に、インパクトが走る。

辺り一面に砂塵をまき起こし、観客や試験官は砂が晴れるまで、きっと目を凝らしていたことだろう。そうして、開けた視界の先には――


「ふう……こんなもんだろ」


砕けた義骸を見つめる、俺の姿がありましたとさ。



『――ライル・イーセント卒業生。至急、学長室へお越しください』


試験が終了し――もちろん合格だった――俺は卒業証書をもらうために別室で待っていると、思念魔法で直接脳に言葉が送られた。学校の校内放送みたいなものだ。


めんどくさいが……しかたない。

学長室に行くかたわら、中庭では魔法学科の試験が行われていた。

ぱっと見て、俺がやっていた試験とそう大差ない。違いと言えば、俺みたいなソロプレイと違って、団体であの義骸に挑んでいるところだろうか。


まあ、俺はもともと特例だったしな。

今試験を受けているのは、大半が最上学年の四年生のはずだ。


「――スモア! 魔力の供給、遅れているぞっ」


「は、はいぃ! すみませぇー……っん!」


水色の髪をした女の子がひとり、教官らしき男に怒られていた。

どうやら義骸を倒すための魔力供給が、彼女ひとりだけ滞っているらしい。

あー……あれだから団体戦はめんどくさいんだよな。


かわいそうだが、どうしようもない。


見て見ぬふりをしながら、学長室へ急ぐ。

後ろでは魔法がぶつかる音が響いていた。

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