遠征 一章

第5話 戦闘・義骸


「――あっ、見てみて! ライルくんよ! 入学試験を主席で突破して、一番下の学年からもう卒業試験まで漕ぎつけたっていう……」「わっ、本当だわ! うちの学校が年齢で差別されない校風だからといっても、たった1年でここまで来たのは異例だそうよ!」


……ご都合的な解説をどうも。


黄色い歓声を受けながら、俺は学校の渡り廊下を歩いていた。指定の制服は、男女関わらずスカーフを巻くことが義務付けられていて、魔法科なら青、その他なら赤……といった具合になっていて、衣服もその色を基調に作られているので、

金色の装飾が入った赤い衣服に、同系色のスカーフという貴族めいた格好だ。


そんな貴族の宴のような場所で、俺は、俺のことをヒソヒソと話していた女子たちにパチンと軽めにウィンクする。すると、彼女たちは目をハートのように輝かせて手をつなぎ合って喜んでいた。その様子に他の男子たちは納得いっていないのか、恨めしい視線をくれているのが分かる。


……ふっふっふっ。イケメンというのは気持ちがいいなあ。


最初はコスプレのようだと思って、恥ずかしくもあったが……。そんな生活とは、今日でおさらばできそうなのだ。


俺は試験会場に向かっていた。

さっきの女の子たちの声援があったのは、そこに向かう途中でのことだ。彼女たちが言っていることは、この学校に通うほとんどの人が周知の事実である。


俺こと――ライル・イーセントは、この冒険者育成学校において歴代でもトップクラスの成績をたたき出し、入学したその年の瀬に、卒業試験に漕ぎつけていた天才である――というのが周りからの真っ当な評価だ。


では、なぜ成長適正に経験値を全振りしていた俺が、ここまでの評価を得るまでに至っているのか――そこには、俺が転生してから伸ばしに伸ばし続けた、成長適正グロウ・ポテンシャルというスキルに隠されていた。


最近まで、というより……この養成所に通うまで気づかなかったことなのだが。

この成長適正という力は、自身の体の成長を助長するためだけのものではなかった。その神髄は――自分が伸ばしたい分野の力を、スキルの熟練度に比例して早く習得することができる――という力にあった。


俺の成長適正ゲージの色は、熟練度の高い暖色のなかでも最高位の赤。


赤であれば4倍、ピンクであれば3倍、それより下だったら、2倍、等倍……と、どんどんランクは下がっていくが、そのぶん早めに物事を習得することができる。


たとえば、俺が数学の座学を受けたとする。公式ばっかりでワケわかめだ。

ふと、そんな時にこの熟練度Maxの成長適正を発動させて、一つの公式の基礎だけを暗記して覚える。そして寝る――すると、あらまびっくり。


覚えた公式の展開のやり方や、応用に至るまでさまざまな問題が解けるようになる!


つまり、俺は他人より物事の習得を4倍のスピードで行うことができるのだ。


初めは、ただ早く成長するために伸ばし始めたスキルだったのに。

ここまで応用が利く便利な能力だったなんて思いもしなかった。

俺はこの思わぬ副産物を利用し、さらなる高見を目指して精進。


他の人間なら1か月はかかる剣技の基礎を、俺は1週間で学び。

皆が四苦八苦するであろう魔法基礎の詠唱を、俺は1日で丸暗記。なんだったら、簡単な魔法であれば詠唱破棄で使えるようにもなった。


そして1年生にして掴んだ、卒業試験の切符。

これも例にもれず、平均的な在学期間は4年――きちんと数字が証明していた。


「さてと、決めますか」


俺は親父からもらった木刀の柄に手を当てて、ぼそりとつぶやいた。



「それでは、試験内容を発表する!」


試験官が、大きな声で俺に告げた。

ちらりと、周囲の様子をうかがう。

目の前には、魔力を流したと思われる人形が数体、配置されている。実物を見るのは初めてだが、珍しいものでもない。ガラス越しの窓を通し、教室からは男女問わず様々な人が俺の試験を眺めていた。


「二級魔術師以上の能力に調整した義骸の攻撃を、試験時間いっぱい、なるべく受けずに受け流してもらう! 義骸を破壊してもいいし、逃げ回るのに専念してもいい! だが、安全を考慮して一定のダメージを受けた時点で試験は中止、並びに試験は失格とする! 質問はあるか、イーセント!」


見た感じ、五体がある普通の大きい人形だ。

手がブレードになっていたりはしない。教官はあの人形を『二級魔術師以上の能力』と言っていた。魔術師は、さまざまに分かれる魔法を扱う職種のなかでも、最高位の魔法使いに次ぐ、実力者の多い集団のことを指す。『魔法使い』との主な違いは、口先での詠唱より、術式に施した魔力を解読し、おのれの力として使役する戦い方を得意としている。ので、あの人形の体のどこかに、あれらの生存を維持し、魔力を供給している術式の紋章があるはずだ。


――問題ない。


ようするに、俺がそれを壊せば満点。

壊さなくても、すべての攻撃を受け流せばいい。


「ありません」

「準備はいいか?」

「いつでも」


教官はすうっと大きく息を吸うと、学園内に轟かせるように叫んだ。


「――では、只今よりライル・イーセントの卒業試験を開始する!」


その大きな声がトリガーだったのか、義骸たちの目が機械的に光り、俺に向かって攻撃を始めた。


「来いよ、人形ども」



義骸二体は、おおよそ人体の構造を無視している柔軟な動きで、俺に襲い掛かってきた。一体は上に跳躍して、こぶしを放つ構え。もう一体は俺の後ろに回り込み、手首から魔法の光を放っていた。

挟撃だ。


「なめんな」


俺は親父からもらった木剣を柄から抜き、広範囲に振れるように構えた。


能力表示スキルランク


言うと、俺の視界には義骸の他にもいくつかのパラメーターが表示される。

ほとんどがオレンジ色の近い暖色。そのなかでも、ひと際輝く赤の成長適正を除き――俺が二番目に力を注いだ、そのピンク色のゲージを使う。


「スキル、剣技level5――大車輪」


木剣が淡い光につつまれ、俺は、それをなぞるように剣を振るう。ただそれだけで――木剣の剣先は、襲いかかる義骸たちの体にめり込み、ふっとばして行った。

大車輪は、剣技のなかでも広範囲攻撃をくり出せる技だ。しかも、俺の剣技適正ソード・ポテンシャルは熟達を表す暖色。

こんな脆い義骸を吹き飛ばすなんて、わけないのだ。


――おおおおッ!!


周囲から歓声が上がる。

女子の黄色い歓声から、男の野太い興奮の雄たけびまで、剣技の一つでずいぶんな盛り上がりを見せていた。


……ふふっ。こんなに注目を浴びるのは久しぶりだ。


バレーの試合をしていたとき以来の感覚だ。観客の熱気、自分の底力、倒すべき相手。そのすべては今、ここにある。


「さあ、来いよ人形ども。こんなもんじゃねえだろ」


笑いで引きつりそうになる頬を必死に抑えて声を投げる。

すると、その挑発に乗るように、一段と強い光を目から放ちながら、義骸たちはのっそりと再び動き出した。

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