観賞魚の店
脳幹 まこと
観賞魚の店
その店は古ぼけたビルの二階にあった。
「魚を飼いたいから誰か付き合ってくれ」と男友達に言われ、暇だった自分が付き添う形となったのだ。
所々が錆びている階段、ギシギシいうエレベーターに不安を持ったものの、それでも観賞魚への期待からか友達は大して気にも留めなかった。
店のドアを開くと、なるほど、そこらじゅうに水槽があって、色とりどりの魚が動いている。見映えをよくするためか、水の色がほんのりと黄や緑に見える。どこかからライトを照らしているのだろうか。
どこかの国の名前も分からない魚が、長い尾を優雅になびかせているのを見て、友達は「こいつだ、こいつが良い」と即決した。
いくらかと価格を見てみると、一匹千円と出ている。相場が分からないが、まあ、悪い金額でもない。
「お目が高いねえ、お客さん。そいつは良いよ、そいつは良い」
店長と思われる老人がやってきて、にかにかと微笑んだ。朗らかそうなので、友達も積極的に会話に入った。
「やっぱりそうなんですか、見た目が凄い良いですよね」
「ああ、それに良く鳴くんだよ」
「それは楽しみですね。どんなときに鳴くのですか?」
「そろそろなんじゃないかな」
想定外の言葉が出たような気がするのだが、まあ、そういう魚もいるのだろう。世界は広いのだから。
二人から離れて、他のスペースにも立ち寄ってみる。
ふと、エアーポンプの駆動音とは別に妙な音が聞こえてきた。
正確に言うのなら、それは音ではなく、声のようだった。それも呻き声のような聞くものを不快にさせる類いのものだ。
声のする方へと向かった。客は友達と自分以外にはいない。店長も彼と陽気に話しているから、やはり声の主ではない。
それは小魚の群れであった。十匹セットで五百円と書かれたその水槽から、口々に漏れ出てくる声達。それらはある言葉をひたすらに繰り返していたのだ。
……「おだく」「おだく」「おだく」「おだく」「おだく」「おだく」「おだく」「おだく」……
声と共に、ごぼごぼと泡が魚達の口元から吐き出されていく。何を意味していたのか、すぐには分からなかった。
いつの間にか後ろにいた店長が「聞こえてきたねえ、良い鳴き声だろう」と黄ばんだ歯を見せながら、にかにかと笑う。
観賞魚の店 脳幹 まこと @ReviveSoul
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