旅の途中の彼ら。びよよよん。(書籍化&コミカライズ記念小話)

書籍化&コミカライズ記念の小話となりますので、時間軸はヴェルベクトを旅立った後、【閑話】の際となります。

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 最近ロータスってシチュー食べてなくな~い? と言ったのがイッチである。


「……ン?」


 私は焚き火を前にしてくるくると鍋の中身をお玉で回しつつ首を傾げた。びよよんよん。そうそう、と肯定するかのごとく、ニィとサンがイッチの隣で跳ねている。

 ヴェルベクトの街からロータスとイッチ達とともに旅を出たのが一ヶ月前のこと。すでに野営も慣れたものである。まあもともと野生児の称号を得るくらいに慣れ親しみまくっていたのでなんの問題もないわけだけれど。

 ぐるんぐるん。お玉を回す手は止まらないのに、「ふおっ……」変な声が出た。「ふお、ふお、ふおっ……!」


 ――エル、お顔が真っ青だよ!

 ――だ、大丈夫!?

 ――そういうときは、ダアアアアアンスッ!!!!


「いやダンスはしないけど!」


 現在ロータスは食料調達のためこの場にはいない。相変わらずのサンにツッコミを入れながら、「はわわわわ……」と私はお鍋の中からお玉を引き抜いた。


「シチュー率が低い……」


 私の呆然とした呟きに対して、いや何言ってますねんとばかりにスライム達が唐突に無言になった。待って無言にならないで。「聞いて!」聞くには聞きますけどね……? とばかりの視線が辛い。スライムに目があるのかどうかというところはさておき。「ほんとに聞いて!?」おおんと叫んだ。


「シチュー! ロータスが、あんなに好きだというのに、私はシチューを作っていない!」


 というか材料がない。

 今の今まで思い至っていなかったというこの事実に、「ワーッ!」とお玉ごと頭を抱える。私、失格なのでは? 何に対しての失格といわれるとよくわからないけど、失格なのでは!?


「ろ、ロータスに喜びを、与えられないぃい……」


 これが喜びがないってやつか。違うかそうか。そうなのか。

 地面に拳を叩きつけるようにして震える私の隣では、いやコメントに困っちゃうね? まいっちんぐだね??? とスライム達がぽそぽそとお話している。どうかはっきりしゃべっておくれ。


「……いや、わかってはいるんだよ? 今は他の魔族に目をつけられたくないから、なるべく人里は避けたいし。となったら、シチューの材料……小麦粉とかね? 牛乳とかね? 手に入れるのは難しいし。できてイノシシ鍋だよ。きっと今日はロータスがイノシシをゲットしてくれるよ。美味しい美味しいお鍋だよ」


 無理なものは無理。そんなことはわかっているけれど、胸が貫かれるような辛さを感じてしまうのはどうしてだろう。あれだけシチュー好きのロータスだったのに、とぎゅっと拳を握って考えていると、ぽろんと一粒涙がこぼれた。なんとシチューのお悩みで!? と自分の手に落ちた涙の一粒にびっくりした後に、違う、と思った。


 これはただの表層だ。

 ロータスは、私のせいで魔族になった。ヴェルベクトの街から去って、旅立たなくてはいけなくなった。同時に、たくさんのものを捨てなければいけなくなった。仕事も、友達も、はらべこ亭での美味しいごはんも。

 お前のせいじゃないと何度言われたって、ロータスが本気でそう思っていると知っていたとしても、私はこれから後悔をし続けるだろう。たかがシチューだなんて考えられない。そのたかがシチューも、私は捨てさせてしまったのだから。


「うう~、うう、ううう~……」


 うずくまって、気づけばぐしゃぐしゃになって泣いてしまっていた。

 あまりにも情けなくて、悲しくて、でもこんなふうに泣いている自分が嫌で、顔に手のひらを当ててぎゅっと小さくなった。必死に嗚咽を呑み込むと、うん、うんと変な声が喉から溢れる。これ以上涙がこぼれないように、力いっぱいに目を瞑った。

 自分の呼吸の音すらもわからなくなったとき、誰かがそっと私の肩に手のひらを置いた。


 私は目を瞑ったままドキン、と自分の心臓が跳ねた音を聞いた。人里離れた森の中である。私の肩に手を置くような人間は、ただ一人だけ。そう、一人。

 今は食料を探しに行くためにまだ遠くにいると思っていたけれど。


(まさか、ロータス――)


 涙が目尻から吹き飛ぶくらいに、力いっぱいに振り返った。どうしよう、という思いを込めて。


「…………」


 しかし私の肩に伸ばされていた手はとてもぷるんぷるんしていた。「いや腕なっが」もちろんロータスではなかった。めちゃくちゃ体を細く伸ばしたイッチの手であった。

 わかっていたけれど。そんな気はしてたけれど。むしろロータスだったらとても困っていたのだけれど。


 ――つまりエルは、ロータスにシチューを食べさせたいんだよね?


「とても普通に会話を続けるね……」


 ツッコミは不在である。代表イッチがぷるぷると腕を伸ばして、その左右ではニィとサンがぶるんぶるんと震えている。スライム達の震えと一緒に、なんか色々と感情が吹き飛んだ。


「……うん。だって、好物なんだもの。ロータスを普通の人に戻すことはもうできないけど。せめて、それくらいなら……!」


 ぐいっと拳を握って立ち上がると、イッチは長い腕をしゅるんっと勢いよく引っ込め(まるでそれは掃除機のコンセントコードを引っ張るがごとくで実はちょっとびくっとした)ならばならばっ目指してみせようぞ! とスライム達がどどんと力いっぱい胸をはる。その勢いに呑まれるように、私はごしごしと目元を拳でこすった。「できるかな!?」問いかけた声は不安ではなく、覚悟を持って。

 きらり、とスライム達はない瞳を輝かせる。


 ――我らならば、もちろんだとも!




 こうして私達はシチュー探しの旅に出た。イッチ達は高度な捜索スキルを保有しているため、シチューの気配をぴこんぴこんと察知した。時刻はロータスが食料集めから戻ってくるまで。私達は多くの苦難を乗り越えて、野を越え山を駆け(誇張表現)シチューの気配を追って、たどりついたのは牛だった。そう、ミルクである。


 我らは牛を相手に最大限にボディランゲージを活用し、干し草を等価交換とすることでミルクを得ることに成功。全員でMILKと体で作った文字はなかなか見事なものだった。サンはいつも以上に伸びていた。





「……なんだか様子が妙じゃねえか?」

「そんなことないよロータスうひひひ、ふふふ、ひっひひっひ……」


 無事イノシシを担いで戻ってきたロータスだったが、異様な場の雰囲気に首を傾げていた。何事もなく鍋をかき混ぜているというふりをしていたつもりが、溢れ出る魔女笑いを抑えることができなかったらしい。くくく、ひひひ、うひひひひ、と忍び笑いをして(イッチ達は体を震わせ)まるでなんらかの呪詛を唱えるがごとく鍋にミルクをこっそり入れて、スライム三匹、そして私の一人はほくそ笑む。驚きおののけ、ドドドドン。


 出来上がったお鍋を皿にわけて、スプーンを使いパクッと口に入れるロータス。どきどきする私達。「おっ」ロータスは小さな声を出してぱちり、と私達しかわからないくらいにそっと瞬いた。緊張のあまりにざわり、と空気が震えるのを感じる。


「すげえうまいなこれ」

「やっ、やっ、やっ、やったー!」


「ロータスからの美味しいいただきましたっ!」とイッチ達とぱちぱちイエーイとハイタッチして勝利を祝っていると、何をしているんだとロータスからの疑問めいた視線を感じてしまったが、いつものことだと気にしないことにしたらしい。すぐにロータスはいつも通りに食事を進めて「うん、うまいな」と独り言のように話している。


 その度にうひひとみんなでこっそり笑いをしてしまったが、さあ私達も食べましょうぞとお椀に鍋をすくって入れようとしたとき。


「うん、うまいな。このミルク鍋」


 ぴたっと固まった。


「……ミルク鍋?」

「そうだろ? イノシシの臭みがミルクで丁度消えていてうまい」


 どこで手に入れたんだ? とロータスは問いかけていたけれど、それどころではない。シチューじゃなくて、ミルク鍋。……ミルク鍋?


『うん。実はシチューじゃないよねって思ってたよ』

『小麦粉もバターもないからとろみがないし、出汁もイノシシだけだものね』

『いええい』


 スライム達は冷静である。サンも心なしがいつもよりもちょっと静かである。「そ、そんな……!」「いやうまいぞこれ」もぐもぐ、まぐまぐとロータスは頬を膨らませていた。ちょっと可愛い。ではなく。


「うううリベンジ! 絶対にリベンジしてみせるーーーーー!」

「うまいぞこれ」


 おおおん、と私は両手を振り上げ、全力で吠えた。

 こうして私のシチュー道はまだまだ続くのだった……。


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MILKのMの部分はサンが一人で対応しました。

エルはK担当です。


すっかりお久しぶりです、雨傘ヒョウゴです!

以前から活動報告にてご案内させていただいておりましたが、『ポンコツスキルしか使えない悪役魔女だけど、テイムしたパリピなスライムたちと強く生きます!』と題名を変更して、11月19日、HJノベルス様より書籍1巻が発売予定です!


さらに本日、鈴木イゾ先生によりますコミカライズがコミックファイア様にて始まりました!

画面から飛び出すくらいのエルの元気さがとてもかわいらしいので、ぜひぜひよろしくお願い致します~!


雨傘ヒョウゴ

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ポンコツスキルしか使えない悪役魔女だけど、テイムしたパリピなスライムたちと強く生きます!【旧題】最恐の悪役(の、お子様時代)に転生しました。 雨傘ヒョウゴ @amagasa-hyogo

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