完結記念小話 スライムが増えた日

 



 随分成長したものだなあ、と自分の体を見下ろす。座るのはまだちょっと痛いけど、一週間も経てば、なんとかがんばることができるようになってきた。鏡に映る自分の姿は、昔見た“エルドラド”そのものだ。と、言いたいところだけど、まだ少し若すぎるかもしれない。エルドラドさんよ、あなたちょっともりすぎでなかった? と思いつつ、もう一つばかり気になる場所に、ぺとっと自分の手を当てた。そして叫んだ。


「胸が……小さい………!!!」


 もっと大きくなると思っていた頃が私にもありました。おかしくない。

 成長する自分の体を見つつ、いやあ、背が伸びました、視野が広くなりました、ちょっくら色々と大きくなってきましたね、これは期待できますとも、待ちの体勢ですよ、さあどうぞ、あれおかしいを繰り返して数年。以前よりもボリューミーとなったものの、想像よりも何か、こう、「ちいさいぃ……!!」


 悲鳴を上げているところで、同じくベッドの隣に座っていたロータスから、「いや普通じゃねえの」とツッコミが入る。とてもどうでもよさそうである。


「普通……たしかに、普通なんだけど! 普通すぎるというか! もっとこう、ゲームのエルドラドはボンキュッボンだったんだよ、すごかったんだよ!?」

「知らねぇ……」


 知るかよ、のニュアンスである。「ロータスも大きい方がいいよね? ね? そっちの方がいいに決まってるよねェ!?」「どっちでもいいだろ……」 っていうかお前、んな興奮しねぇでちょっと寝とけと言われるくらいには私の体はボロボロである。しぶしぶ毛布にくるまれた。ベッドの隣には、さらに小さなベッドがあって、私が騒ぐのにもかかわらず、小さな男の子がスヤリングである。大物である。


 かちゃん、と開けられた扉から、イッチ達三匹がちょこちょことやってきた。『おはようございまーーす』『お水でございまーーーす』『息子くんはお元気カナーーー???』


 と、いうわけでエルドラド、もといエル、およびロータス、一児の父と母になりましたとな。



 ***



 少し前に建てたちょっと小さなお家は、街から少しばかり離れている。すごく遠い、というわけではないから私は気に入っているのだけれど、場所を決めるときにロータスは眉の間に皺を寄せて、何かあったらどうすんだよ、と不満気な声を出していた。その頃には息子くんがお腹にいることがわかっていたからだ。


 けどまあ、そのロータスがいう何かあったときのリスクと、別の何かあったときのリスクを天秤にかけて、こっちを選択することにした。私の意見は重きに捉えられたということだ。


 想像の通り、と思えばいいのか、息子くんの瞳は私達と同じ赤い色をしていて、生まれたそのとき思ったことは、頑張って生まれたねえ、とそればっかりで、来てくれたことに嬉しくてたまらなかった。今となっては不安が大きくなるばかりだけれど、考えても仕方がない、と気配を消しつつ息子くんのベビーベッドに侵入して様子を拝見しているイッチ達を見つつ思った。そろそろと顔を伸ばして、見えた、見えたよと互いに交代しつつキャッキャしている。


「そろそろ飯の準備でもするか」


 ロータスが立ち上がったとき、最初に出会ったときよりも十年ほどが経ったのだろうか、随分変わった彼の顔をベッドの上から見上げつつ、ウッ、と何か胸が苦しくなる。「ろ、ロータス……」「ん?」「す、好きだから……!!!」 ベッドの上でじたばたする。へえへえ、といなされた。ドアの向こうで消えてしまったロータスの姿を見つめて、行ってしまった……とすんすん嘆く。その私をイッチ達がじっと見ている。


 ――エルはなぜ、毎回ロータスに告白しているの?

 ――すでにロータスの嫁なのに?

 ――息子くんすやりんぐだウェイ!


 正直ずっと思ってたんだけど、サンだけいつも高確率で会話になってなくない? だいたいヘイヘイ言って踊ってるし。別にいいけど。


「それはねイッチ……なんかもうよくわかんないけど、ロータスを見ていると好きでかっこよくて言いたくなるんだ……」


 嫁になっても毎日すき……としくしくしていると、難儀にもほどがあるね、と三匹は声を合わせていた。気持ちはわかる。



 それからまた数日が経った。静かと思われた息子くんはだんだん生きる力に目覚めたのか、夜には気合の限りで腹が減ったと主張する。「ロータス、寝る部屋、別にしてもいいよ」 私はともかく、ロータスは昼間の仕事があるのだから睡眠不足は大敵だ。その言葉への返答は大きな手のひらで私の頭をごしごしにされて終了した。


 いいのかな、と思いつつも、ロータスが隣にいることは嬉しい。でもちょっとずつ限界がやってくる。そんなときだ。こんこん、とイッチ達が、しつれいしまーす、と扉を開けた。ちょこちょこやって来る彼らはとても気がきき、ありがたい存在である。しかし大変なことが起きた。いち、にい、さん、……しい。一匹増えとる。何回数えても増えてる。


「……いや増えとる!!!?」


 混乱しすぎて脳みそがおかしくなっている。しかし隣のロータスと言えば、「増え……てんな」と、表情は変わらない。嘘だ、間のてんてんがちょっと長かったので、さすがのロータスもとても地味に狼狽している。


 はじめまして、とニューカマースライムは頭を下げた。三匹よりもちょっと静かなので、あらあらうふふ、とか思っている場合じゃない。


「なんで!? 分裂した!? それともどこからかさらってきた!? もとの場所に返してきなさい、面倒なんてみきれませんよ!!! というかちょっとそこの三匹、なんでこっちを見ない!?」


 めちゃくちゃそっぽを向いている。

 そこで代表してリーダーイッチがくるんと顔を向けて、『息子くんが増えたからちょっと守りを増やそうかなって』 いわく、この家の周囲にはイッチ達なりのバリアーをはっているらしい。怪しい奴らはドカンですぜ……とサンが悪い顔をしている。聞いてないというかどうやって、と口元をひくつかせた辺りで、ニィはそっとどこからか瓶を取り出した。先見の水である。「まだ持ってたの!?」 ズヤッと三匹は胸をはった。遅れてニューカマースライムも胸をはっている。


 とにかく、スライム手(人手のことか)が足りないため、戦力を補充したとのことだ。『もしまた家族が増えたら、追加で補充するから、安心してね!』と元気な三匹+一匹の言葉に、安心していいのか、私はもうわからない。


 ――じゃあとりあえず、新入りにお仕事指導してきま~~す!

 ――まずは薪集め~~!

 ――よろしくおねがいします

 ――ビシバシしたるぜオラオラオラ


 やっだサン、もうちょっと優しくしてよう、先輩ぶりたかったんだよう、気にしてないですとわちゃわちゃ楽しそうに四匹は転がって家の外に消えていく。その様子を見送り、ロータスは静かに、「……家、もうちょい広くした方がいいのか?」「どう、なんだろうね……」 私とロータスがスライム三匹担当として、子供一人ごとにスラ担が一人できるということ……?


 でもみんながありがたい存在であることは間違いないので、まあいいか、と意識を飛ばすことにした。こんな騒ぎにも関わらず、息子くんはすぴすぴしている。たまに息をしているか確認したくなる。ロータスも同じなのか、剣を扱う節くれだった指先で、かすれるくらいにわずかに息子くんの頬に触れていた。眉間の皺も、ちょっと薄い。


 そんな彼を見ていると、私はイッチ達いわく難儀な習性を持っているため、ベッドの上によっこいせと頑張って座りつつ、ちょんちょこ彼の服を引っ張った。隣に来てくださいな、という意味である。ロータスは正しく理解して、ベッドが揺れないように、静かに隣に座ってくれた。なぜなら私のおまたが未だにアウチとたまに悲鳴を上げたくなるような状態だからである。


 胸が小さい、と叫んだものの、身長はぐんと伸びた。力持ちのロータスなので、おんぶをしてもらうとすると軽々できてしまうのだけれど、そんなことはもうしないし、視線が合うくらいにかがんでもらうこともない。ちょっと頑張るくらいで、簡単にキスできる。とりあえずやってやった。


 ドヤ、私はロータスの嫁だぜ……と誰にかわからないけれども自慢したくなる気持ちになったところで、離れた口元はもう一回くっついてうむうむしていた。逃げようにも頭の後ろをガッチリ手のひらで固定されている。詳しい内容は割愛するとして、私がした数倍にはし返された。「ん、こんなもんか」と言いつつ涼しい顔で自分の口元を親指でこすっているロータスに、「こ、こんなもんか、とは……」 息も絶え絶えに涙しか出ない。


「ヤッてねえから、ためとくかと」

「貯金性か……!?」


 ずるずるとベッドの上に転がった。今まで何回したんだと言われてしまいそうだけれど、こっちからするならともかく、反対にはとにかく弱いことに気づいたここ数年である。でも淡白なように見えてそうじゃないロータスとても好きとできることならベッドの上で体をゴロゴロしたい。痛いのでできないけど。「私、か、回復、するから! 比較的、スピーディーに! 頑張るから……!」「いや無茶すんな」 頭をごしごし。


 羞恥に毛布を被って、でもそっと顔を出して彼を見上げて、あ、くる、と思ったので、ロータスはまた貯金した。かがんでいたロータスが、元通りに座った。なんとなく互いに顔をそらして、あー、とどちらともなく言葉を落とす。


「……まあ、でも、無茶すんなよ」

「うん……そうだね、でも目標的にはあと二人かな!? 大家族がいいね!」

「そりゃ……スライム合わせて、五人と三匹と、三匹で……あ? 十一人か? 多すぎじゃね?」


 とりあえず、いつか家は増築しなければいけないかもしれない。

 窓の外からは、オラオラ薪だぜ、次は食糧確保じゃ、えい、えい、おー! とチーム力高めな声が聞こえている。ロータスにせよ、イッチ達にせよ、最初に出会ったときには、まさかこんなことになるとは思わなかった、と考えつつ、まったく人生とはわからない。


 これから先、もっとわからないことがあるんだろうな、とそっとロータスの手を握った。大きくて、ごつごつした大好きな手だ。そっと握り返されたから、少しばかりびっくりして、もう一回握りしめた。それから、勝手に嬉しくなって、笑ってしまった。

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