第5話 予兆



『こっちはおっけーだよ、そっちは?』

「まだ接敵してない。情報収集が終わったら戻ってもらって構わない」

『え?そっち向かわなくてだいじょぶ?』

「すぐ終わらせるから問題ない」

『そっか。分かった。また後でね!』


 ということはやはりこっちが本命だったか。

 通話リンクスで受信した通信を切断する。


「マ……天同は?その感じだと向こうは空振りのようだな」


 隣りにいた七殺が通信の内容を聞いてくる。

 フードをかぶっていて、いかにも不審者のような風貌。

 七殺はこういったコミュニケーションがちょっと苦手なので俺が他の工作員との中継役になる。

 信用されているのか、ただめんどくさがりなのか。両方だろうな。


「ああ。予想通りだと喜ぶべきなのか」

「ならいい。こちらもケリをつけるぞ」


 こうやって話してはいるが、お互い迅風スラストで加速しながら人外の速度で駆け抜ける。

 貧しい庶民に違法薬物を安値で売りつけ、中毒患者を量産していた組織の殲滅が今回の任務だ。

 王都の中心部から少し離れた裏路地を拠点に活動しているらしい。

 出没頻度が高い貧民街とアジトを同時に襲撃するつもりでいたのだが、やはり本命はアジトだったらしい。


 アジトを目視できる距離で立ち止まり、建物の影に身を潜める。

 通信室から送られてきたデータを改めて見る。

 表向きバーを装っているみたいだ。

 やつらの拠点は……地下2階。


「七殺、いつもの頼む」

「『濡烏ぬれがらす』」


 正面の扉からアジトに入り、七殺の魔法で強引に道を切り開く。そして俺が心臓に風槍を打ち込み、バーカウンターにいた構成員を2人黙らせる。


 七殺の固有魔法はこちらから仕掛けるときにうってつけなのだ。

 固有魔法『濡烏』、目視した対象の視界を一定時間奪う魔法。視界を漆黒で塗りつぶされた相手はしばらく目を開けていても光が入らない。


 バーカウンターの奥へと足を進める。

 今回は捕縛ではないのでいろいろと考える必要はない。始末する、それだけだ。


「天相、大暴れの準備しとけ」

「もうできてる」

「合図でいくぞ」


 カウント3が数えられる。

 地下2階の大部屋の扉を蹴り飛ばし、十数人を捕捉する。


「濡烏」


 狭い屋内で七殺が人外の速度で敵に肉薄する。


「はっ…?な、んで……」


 言葉を発することもできず血だまりに沈んでいく。

 七殺の動きを止められる者はほぼいない。

 特務官随一の地の移動速度を誇る、最強の暗殺者なのだから。

 ましてや奇襲で、暗殺組織でもない素人が止められる相手ではない。


「『風槍』」


 七殺の射程外の敵を死角から狙撃する。

 一応大暴れってやつをするはずだったんだけどな。


「出る幕なかったんだが」

「端から暴れる気なかっただろ」

「皮肉か?」

「そういう意味じゃない、事実だ。……そんな感情すらないんだろ」

「そういうことはもっと堂々と言っていい。顔がこわばってるぞ」

「お前にだけは言われたくない。……そういうところだぞ」


 そういう話題・・・・・・になると、みんな苦しそうな表情をする。

 俺はもう割り切っているのに、みんなが代わりに怒ってくれているような気がする。合っているか分からないけれど。


「それはそうと早くこの場から離れないとまずいな」


 人通りの少ない裏路地だとはいえ、まだ夕暮れ時。

 完全な真夜中というわけではない。

 王都東部にある情報局本部へ帰るべく足を向けようとしたその時。


『あーー天相聞こえるか』

「聞こえます」

『緊急の案件だ。端末に地図データを送るから至急そこへ向かってくれ』

「天梁から直接なんて、どんな爆弾を持ってきたんです?」

『今回は厄介事を持ち込んだわけじゃない。むしろ俺たちは被害者だ』

「………外部……親衛隊絡みですか」

『お前は察しが早くて助かるな。今回はレアケースだ。ソフィア第2王女の救出だ』


 は?




 あまりにも衝撃的な展開に頭が痛くなるが、天梁との通信を続けながら、王都南部から隣国へと続く街道へ急行する。


『先ほど王室親衛隊からの増援要請を受けた。馬車で王宮に帰還途中、盗賊と思われる集団に襲われたとのことだ。現在も戦闘が続いている。常時王女には親衛隊所属の護衛がついている。かなりの数やられている可能性が高い。この状況だと並のやつを送れない。だからお前に白羽の矢が立った。』


 言いたいことは分かる。だけど……


「それじゃ弱いですよ。俺でなければいけない理由になっていない」


『じゃあ、こう言えば伝わるか?魔法制御。大雑把なさじ加減だともしものことが起きかねない。第2王女様を間違えて傷つけるなんてあったら、情報局だけの問題ではなくなる。』


 魔法制御。それが今回選ばれた理由。

 俺の唯一の純粋な長所。


「向かってる。もうすぐ着く」

『気をつけてな』

「ああ。それと、もしものときは使っていいか」

『……っ……ああ………』

「なにかおかしかったですか」

『……いや、いい兆しだな』

「どういう意味ですかそれは……」

『いいぞ、存分に使え。後のことは俺が処理しておく』

「わかった」


 天梁との通信を切り、目的の地点へさらに加速する。

 馬車まではすぐそこだ。




 王都から隣国メルサス王国へ向かう際に使われる主要な西南街道。

 商人たちがこぞって利用する庭みたいなもの。王族よりも商人の馬車が頻繁に往来する。なおさら賊を特定するのが難しい。


 街道は両側を林に囲まれている。少し進んだところに、あった。

 一つの馬車。馬車の外に護衛が……2人。と、第2王女様本人。それを取り囲む賊の集団。5、いや6人か。なんで第2王女様が馬車の外に出てるんだ。あれでは狙ってくれと言ってるようなものだ。


 賊が2人の護衛に斬りかかる。剣で応戦できているが、その隙に4人が王女様のもとへ走り出す。

 ちょうど王女様に射線が通る。螺旋弾もダメだ。


 ……後のことは後で考えよう。


『氷冥楼』コキュートス


 4人に風槍を撃つ余裕がないなら、4人同時に凍らせてしまえばいい。

 王女様が地面に崩れ落ちた。女の子座りになった瞬間そのまま意識を手放してしまった。

 賊が近くまで迫っていたのだ。気を失ったか、あるいは刺激が強すぎたか。

 人が氷漬けになったんだ。何とも思わないほうがおかしい。俺も昔はよく吐いていた。今はなんとも思わなくなったが。


「…………」


 王女様の護衛と思われる男性と女性がこちらを見て目を見開いていた。

 そうだ、言っておかないといけない。


「あの、すみません。第2王女様の護衛の方でいらっしゃいますか」

「私はソフィア様にお仕えしている執事のロゼフでございます。間一髪のところを助けていただき誠に感謝いたします。」

「エマと申します。メイド長をしております。ソフィア様を助けていただきなんとお礼を申し上げてよいのか。ありがとうございました。」

「いえ、私はやるべきことをしただけです。第2王女様の容態はいかがでしょうか。」

「気を失っているだけのようです。……人違いでしたら大変申し訳ないのですが、白い髪、青色の目。氷神様でいらっしゃいますか」


 そう来るよな。ごまかすのは得策じゃないな。そもそもこれだけ見られてしまっていると言い訳ができない。


「そう呼ばれていますね」

「なんと!?そのような御方に来ていただけるとは、このロゼフ、感謝の意をどのように示したらよいのやら」

「大した人間ではないのでどうか頭をお上げください、ロゼフさん、エマさん。お2人にお願いしたいことがあります。私の正体に関してですが、第2王女様には内密にしていただきたいのです。」


 情報局の存在自体、一部の公爵や王国官僚しか知らない。おいそれと広めることはしないとは思うが、俺個人だけの問題ではないので念のためだ。


「理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」


 ロゼフさんは訝しげな顔で俺を見てくる。この二人に話して第2王女様にはダメときたら何か後ろめたいことがあると思うよな。後ろめたいことはない。そうだ、自己満足だ。


「賊と相対したことは第2王女様にとって衝撃的でしょう。しばらくその恐怖に苦しむことになるかもしれません。そんな状態で私のことを思い出させるとその恐怖が増長しかねない。………俺は畏怖の象徴ですから」

「えっと……」

「ジーヴルと申します」

「ジーヴル様はお優しいのですね」


 ロゼフさんが生温かい視線を送ってくるが、そんなんじゃない。

 優しくなんてない。俺は高尚な人間じゃない。崇められるような、尊敬されるような人間じゃない。強いのだとしたらこの魔法・・・・が強いだけだ。俺自身なんて、肝心なときになにもできない出来損ないだ。


「分かりました。ジーヴル様がそうおっしゃるのでしたらそのように」

「ジーヴルとおっしゃいましたか!?」


 エマさんが俺のもとへ勢いよく駆け寄る。顔が近い……何に驚いているんだろうか。会ったことは、ないはず。


「申し訳ございません!えっと……ジーヴル様のお名前を王宮で聞いたような気がしまして。つい私も動揺してしまいました」


 そう言ってエマさんは満面の笑みを浮かべていた。

 そういうことか。王宮内なら俺の正体を調べられる者は多い。親衛隊の幹部の話を小耳にはさんだ可能性はある。王室親衛隊の隊長クラスなら俺の情報くらい持っていてもおかしくはない。


「そういうことですか。………私は大した人間ではないですよ。この件ですが、国王陛下に報告していただいてかまいません。お二人の立場もあるでしょうし、第2王女様が襲われたとあれば、何も報告しないわけにもいかないでしょうから。」

「ご配慮痛み入ります」

「そろそろ失礼させていただきます。その……護衛の方を守れず申し訳ありませんでした」


 俺はその場を後にした。第2王女様への罪悪感を胸に残したまま。


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氷血男爵の悩みごと あんこ @hotchocolate

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