第2話 魔法実践論
特に何も考えずに言ってしまったが、魔法実践論の教室は演習場のことだった。
本棟の北に位置する別棟には、演習場の他にも魔法実技のための施設が集まっている。国王陛下が建設の指示を出したということもあって、尋常じゃない広さである。実践に重きをおいているのが、説明を受けなくても分かる。
丸い的や人体の形の的は壊れても新しいものが補充されるようになっている。
複数人で同時に魔法の練習をしても申し分ない広さと機能性だ。
魔法。
オドやマナをもとに展開した魔法式によって、事象を改変する技術。
銃より魔法が重宝されるようになって数百年が過ぎた。
人類は魔物に対し優位に立つことができた一方、魔法が使える者と使えない者の格差が生まれた。
厳密にはより上級の、より派手…つまり広範囲に影響を及ぼせる魔法を発動できる者が優れているという風潮が生まれた、というほうが正しい。これはどちらかというと貴族の間での偏見だ。
もちろんこの学園も例外ではない。
「今日は初級魔法の復習から始めます。設置されている的を壊してください。ざっと人数の倍近くは用意しています。壊せた人は合格なので教室に帰ってもらっても結構です。そう簡単には壊せないと思いますが頑張ってください。」
先生からの指示に不満を隠せていない者が少なくない。
もっと大規模の魔法を発動してアピールしたいなんて思っていそうだな。
先生だってそれは分かっている、でもしないのはなぜか。
全員が上級魔法をスムーズに使えるわけではないからだ。そもそも上級魔法を使えない者だっている。要は足並みを揃えることを理解させるためだ。
「さすがラルグ様!」
「向かうところ敵なしですね!!」
ラルグ様の仲間らしき集団が大げさに持ち上げる。
あれは、炎弾だな。
魔法式の展開、発動までが速すぎる。
ラルグ家は代々、魔法の発動速度向上の研究をしていることで有名だ。
魔法式自体にも手が加えられているだろうな。
あれは、学園で教わる魔法式では相手にならない。
何十年と研究され改良されている魔法式はバカにできないということだ。
「一瞬で粉々になさるとは………なんという威力なの……」
俺の近くにいた女子も言葉が出ないようだ。
ラルグ様は一つでは物足りないのか他の的も壊そうと張り切っている。
俺も使いたいが、使える属性が風だけというのがなんとも悲しい。
俺と真逆の性質を持つ火属性魔法は相性が悪い。
「それにしてもラルグ様すごいよな」
「あ、あぁ」
「炎弾一発で灰だってさ。あーーお前誰だよって話だよな。俺はライアン。そっちは?」
「ジーヴル・ウェナムだ。よろしく」
「え!?申し訳ありません!貴族様でいらっしゃったのですね。無礼を謝罪させていただきたい。」
「敬語じゃなくていい。気にするな。そもそもここでは関係ないだろ。」
平民は魔法を使えない者のほうが圧倒的に多い。
ライアンのように魔法学園に入学できていること自体が誇らしいことなのだ。
さらに、王立魔法学園では身分は対等とされている。国王陛下の教育方針である。敬語にしなくてはいけないなんていう学則はない。
マナーとして先生には礼儀を尽くす必要がある。
「入学できて進級できているのがすごいだろ。もっと誇っていいと思うが。」
「………」
「どうかしたか?」
「いや。ウェナム…ジーヴルは変わってるなと思って。」
「普通だろ。」
「ジーヴルは絶対普通なわけない。この会話だけで分かる。さっきのだって普通の貴族様なら、その口の利き方はなんだって問い詰められてるか胸ぐら掴まれてるぞ。」
「俺はただ敬語とか社交辞令とかが苦手ってだけだ」
「貴族様なのにますます変わってるな」
「だからライアンみたいに絡んでくれるほうが俺としても助かるんだよ」
「なんとなくジーヴルのこと分かってきた気がする」
「普通どころか落ちこぼれだぞ、風属性しか使えないし」
「俺だって火と水の初級・中級を使えるくらいだぞ」
「それはくらい、じゃない」
「ジーヴルにそう言われると自信持てるな」
どうして俺の評価が高いのだろうか。
会ったこともないし、さっきが初対面だったのに。
「ジーヴルは気づいてないのか?」
「何にだ」
「俺と話しながら風弾撃っただろ?」
「あぁ」
「ジーヴルが撃った風弾は途中でブレずに、的の真ん中を正確に貫いた。だからだよ。話しながらできる芸当じゃない。ジーヴルは只者じゃないと思ったんだ。」
単純に驚いた。ライアンの着眼点に。観察力の高さに。
実戦経験がないこの年ごろの生徒なら威力、発動速度、魔法の範囲(規模)に興味が向くのが自然だ。
ライアンは洞察力が高いのかもしれない。俺のこともいずれバレそうで怖いな。
「そんなところまで見られていたとは驚いたな。一瞬だったのにな。」
「興味はあったんだよ、ジーヴルには」
「そうだったのか」
「さっきソフィア様を遮ったときだよ」
あれはやっぱり悪目立ちしてたんだな。
いや、それよりも。
「ライアンはそこまで分かってしまうんだな。今、ソフィア様をって言ったよな。」
近くまでいって割り込んだわけじゃない。
それに王女様はあの時点では言葉を発していなかった。
俺はラルグ様に声をかけただけだ。
だから普通なら『ラルグ様を遮った』と言うはずだ。
「王女様が困ってそうだったから、あんなこと言ったんだろ?」
「……たまたま声のするほうを見たら王女様だったんだよ」
「否定はしないんだな。いや変じゃないし、いいと思うぞ。俺も困ってそうだなとは思ったし。その状況で動けるのはすごいよ。」
果たして本当にそうなのだろうか。
自分でもよく分からない。
気づいたら口に出していた。
今の俺に優しさなんてあるのだろうか。
「ライアンは終わったのか?」
「課題か?終わったぜ!」
「早いな」
「だろ?ジーヴルに話しかける前に終わらせたんだ」
「……もしかして、俺たちのクラスって優等生しかいないのか?」
「………まさか…そんな…」
頼むから強く否定してくれ。
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