第1話 出会い



 王都中心部から南へ十キロメートルほど離れたウェナム邸。

 父さんが上げた武勲が評価され、国王陛下が秘密裏に働きかけてくださったことで王都内に居住することを許された、らしい。

 たしか父さんはもともと平民だったはず。

 一介の平民にすぎない父さんを貴族の地位に引き上げるってさ……

 父さんも父さんだが、国王陛下も国王陛下だな。

 ……まぁ今は俺しかいない。

 雲一つない空を視界の端におさめながら、比較的新しい邸宅を見つめる。

 また代わり映えのない生活が始まる。

 そんなことを思いながら、学園へと向かう。


 進級祝いの通知が送られてくるまでは心が落ち着かなかったが、無事進級できたことを喜ぶべきだろう。

 何事もなく進級できたということが大事だ。

 あくまでもバレないことが最優先。

 話す人と内容には気をつけないといけない。

 貴族社会へとすでに足を踏み入れているのだから。



 王宮よりも遥かに広い敷地面積を誇るユースティアナ王立魔法学園。

 たくさんの花や整えられた観葉植物が正門と本棟を繋ぐ道を彩っている。

 本命である本棟に入ると、1階が初等部、2階が中等部と分かれている。

 階段を上がったすぐ左手にある中等部2-Aが俺が1年お世話になる教室だ。

 家から距離があるから少し早めに出てきたが、早すぎたらしく閑散としている。



 誰もいない想定で入った教室に、人がいた。

 この国の人間なら知らない者はいない人物。

 ユースティアナ王国第2王女、ソフィア・ユースティアナ様。

 俺としては今回が初対面ではない。何度か姿を見たことはある。

 何度も見たことがあるはずなんだ。

 斜めに射し込む朝日に照らされた金色の髪。

 窓のほうを向いて頬杖をつく少女は、10歳とは思えないほどにとても大人びて見えた。

 彼女のためだけにある空間だと錯覚してしまう。

 たった今来た自分が場違いだと感じるくらい、綺麗だった。


 ふと彼女の視線がこちらに向く。

 きらきらと輝く蜂蜜色の目が俺を視界に入れる。

 彼女が少し口角を上げた、ようにみえた。

 なぜ笑った。

 今更だが彼女も同じクラスか。

 学園に通っているという情報までしか知らなかったから驚いた。

 彼女が同じクラスだからといって変わることはない。

 教室の外が騒がしくなってきた。

 手前の扉から入った俺は第2王女様をじっと見ていたことがバレバレである。

 慌てて適当な席に座る。

 黒板に対して扇形に広がるように席が配置されているので、反対側にいる第2王女様が視界に入る。

 すでに彼女はこちらを見ておらず、話しかけてきた女子と話していた。

 俺は先生が入室するまで魔法書を読みしばらく空いた時間を潰した。



 担任によって自己紹介タイムと呼ばれた地獄の時間を乗り越え、最初の授業が始まった。

 緊張していたわけではない。

 何も言うことがないのだ。

 中等部まではこんなところで言えないようなことをしてたし、両親ももういない。有名な貴族でもないから、そんな貴族いた?くらいの反応になるのは分かりきっている。

 クラスメイトと交流できる話題を持ち合わせていない、これに尽きる。

 魔法書を読むことが多いから、趣味は読書と言ってなんとか切り抜けられた。嘘じゃないし。


「1300年前、突如この世界に魔物が現れ、人類はこれの対処に追われることになりましたね。そして〜」


 1年で習う魔法史の復習である。

 内容が右耳から左耳へすり抜けていく。

 俺は嫌というほど情報局で聞かされてきたからな。

 習った当時は退屈すぎてなかなか頭に入ってこなかった。

 もう知っている内容だから一周回って退屈になる。

 つくづく退屈と縁がある人生だ。

 新しい魔法の理論でも考えてるほうが全然楽しい。


 結局途中から新しい魔法のアイデアを考え始め、気づいたら授業が終わっていた。

 時間の流れが早すぎる。

 一箇所にクラスメイトが群がっている。

 ……第2王女様の席か。

 一国の王女様だ。

 当然みんな興味を持つし、貴族に至ってはコネを持っておきたいという家の事情もある。

 恩を売ったり話しかけたりなにかしらの形で接点を作りたいと考えるのは自然だ。

 そこまでして、第2王女様の思惑も無視してまで繋がりたいのだろうか。

 くだらないな。

 男爵とはいえ貴族である俺がこう思うのはとても変なんだろうな。

 でも俺は貴族社会特有の社交辞令や駆け引きが苦手だ。


「ソフィア王女殿下、お久しぶりにお目にかかります。オリバー・ラルグと申します。次の魔法実践論の教室はお分かりでしょうか。もしよろしければ俺が案内いたしますよ。」


 まさにこういうの。

 さりげなく自分の家名入れてるし。

 あくまでも困っているのは第2王女様のほうで、自分はその手助けを好意でしているにすぎない、というスタンスをとっている。

 ほら……すごい目で見てる……

 急に何、困ってないけどと目が言っている。

 ラルグ様がそんなことを言ったせいで、どう返答すればいいか困ってしまっている。


 俺には全く関係ない。

 巻き込まれたわけでもないし、当事者でもない。

 今までだったら様子見どころか関わってもいない。

 なのに。


「ラルグ様、俺に魔法実践論の教室を教えていただけませんか」


 言ってしまった………

 群がっていたクラスメイトが一斉に俺の方を向く。

 ラルグ様のことを言えないくらい、今の俺は頭のおかしいやつである。


「はっ?い、いや俺はソフィア王女の」

「私は大丈夫だからウェナム様に教えてあげて」

「そ、そうですか。そうおっしゃるなら…」


 俺の唐突な教えてくれ宣言に驚きそれでも食らいつこうとしたラルグ様だったが、当の本人に促されてしまえばそれ以上何も言えなくなる。

 王女様はありがとうと微笑みながらやんわりと断っていた。


 まずい。

 第2王女様が俺のほうをじっと見ている。

 つい目線を逸らしてしまう。

 バレたか?

 そんなことはないと信じたい。

 ラルグ様と行きたかったわけじゃないが、今は好都合だ。

 早く教室へ行きたい。疑われる前に撤退したい。



 それにしても初対面の男2人が一緒に行動している図はあまりにもシュールだろ。

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