おまけSS(随時更新)

娘の名は?(名作アニメ映画のノリで)

 産気づいた千帆が産婦人科に入院して三日目。

 僕は会社帰りに妻の病室に立ち寄ると一枚のプリントを差し出した。


 昼休みに杉田と考えたそれは――。


「どうでしょう。お気に召す名前はございますでしょうか?」


「う~ん、全体的にセンスが古いかなぁ~?」


 妻のお腹の赤ちゃん。

 その名前の候補だった。


 名前を決めるのって案外たいへん。

 子供がこれから一生呼ばれるものなんだ。

 犬や猫じゃあるまいし気軽に決められない。


「私は~、せっかくだからぁ~、キラキラネームがいいなぁ~?」


「それだけは絶対にやめよう」


「なんでぇ~? 別にいいじゃな~い?」


「親がよくても子供がよくないの」


 もうすぐ出産だというのにお気楽な千帆。

 お義父さんたちが見舞いに持ってきたシャインマスカットを、さっきからひょいぱくと頬張って――まるで他人事だ。

 丸投げしておいてそれはないでしょ。


 まぁ、出産は彼女に丸投げですけど。


 難しいよね育児の分担って。


 介助ベッドから腰を上げた千帆が「しょうがないなぁ~」とごちる。

 シャインマスカットを一粒摘まんで差し出すと「糖分が足りてないのよ~、はい、あ~ん」と、僕に強引に食べさせた。


 個室だからって――まったく、もう。


「もうすぐ産まれてくるんだね」


「そうね~。早く出たいのかな~、勘弁してよ~ってくらい蹴ってくるの~」


「それはおつかれさまです」


「ほんとよ~!」


 栄養補給をしながら、僕は妻の膨らんだお腹に触れる。

 優しく微笑むと、千帆が僕の手にそっと自分の手を重ねた。


 夫婦二人で娘の鼓動を感じる。

 千帆が愚痴った割に、今日の娘は大人しかった。

 けれども確かに――コットン生地の入院着越しに新しい命を感じる。


「名前、どうしよっか~?」


「まぁ、産まれてからでも決められるし」


「えぇ~、せっかく~、産まれてきたのにぃ~、名前が決まってないの~?」


「じゃあ、千帆も考えてよ」


「産むのは私の仕事ぉ~。他はあーちゃんの仕事ぉ~」


「……ぐぅ」


「まぁけどぉ~、やっぱり私たちの子供ってぇ~、分かる名前がいいなぁ~」


 僕の手を握って優しくお腹を撫でる。

 今は穏やかな妻だけど――彼女が今日まで「産みの苦しみ」を味わってきたのを、僕は旦那としてよーく見てきた。


 千帆が命を賭けて産もうとしてくれている命。

 そんな命をちゃんと祝福して迎えてあげたい。


 へこたれてちゃダメだな――。


 僕は妻に指を絡めると、ぎゅっと少し強く握った。


「明日、必ず納得のいく名前を持ってくるよ」


「え~、もう生まれちゃうかもよ~?」


「いや、うん……」


「ほらぁ~、はやくぅ~、はやくぅ~!」


「千帆、楽しんでない?」


「だいたい、あーちゃんが悪いのよ~?」


「なんの話?」


「漢字一文字だからぁ~! 名前がとれないじゃな~い!」


 あー、あれね。

 親の名前から一文字ずつみたいなね。


 篤と千帆じゃ混ぜられない。

 こういうよくある命名法が使えないのも辛い……。


「いや、待てよ?」


「うん?」


「ひらがなに分解すれば混ぜられるんじゃない?」


「も~! それをはやく言ってよぉ~!」


「そうだな、例えば――亜帆あほとか?」


「ダメぇ~! いじめられちゃうでしょ~!」


 ダメだった。

 良いアイデアだと思ったのに。


 いや、けど篤の「あ」がいけないだけだよな。

 他の文字なら――。


◇ ◇ ◇ ◇


 その後、僕は子供の名前をビシッと決めて自宅に帰った。

 間が良いのか悪いのか、買い出しに出てきた隣人と鉢合わせる。


 僕らの家の隣に住んでるグラマラスお姉さん(同い年)。

 志野由里さんが、タンクトップ姿にスラックスという「既婚男子を惑わす格好」でふらりと部屋から出てきた。


「あらぁー、鈴原さーん、今ー、お帰りですかー?」


「こんばんは、志野さん。なんか眠そうですね」


「即売会のぉー、原稿がぁー、ですねぇー」


 目をしぱしぱさせる志野さん。

 どうやら半分寝ているみたいだ。


 そんな志野さんが顔を叩いて気合いを入れる。


「ところで、千帆さんはお元気ですか?」


「あ、元気ですよ。ただ……」


「ただ……?」


 これからバカなことを言うなとつい目頭を押さえた。


「志野さん」


「はい?」


「実は僕たちの子供のことなんですが」


「……まさか病気とか?」


「いえ、そうではなく」


「なく?」


「紛らわしい名前になっちゃうんですが、構いませんかね?」


「…………はい?」


 命名『鈴原 詩帆しほ』。


 あつしの『し』と千帆の『帆』の合わせ技。

 これだと思った僕と妻。だが、なんだか耳に馴染みのある音。


 よくよく考えると――それはお隣さんの名字によく似ていた。


「ほんと他意はないんです。偶然、そうなっただけで」


「もー、気にしすぎですよ!」


「そうですか? 詩帆って名前に反応しちゃったりしません?」


「……しちゃうかも」


 ほんと、名前をつけるのって大変だ。


【了】

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幼馴染だった妻と一緒に高校時代にタイムリープしたんだがどうして過去に戻ってきたのか理由が分からない。そして高校生の妻がエロい。 kattern @kattern

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