第拾㯃章 不死鳥の出生秘話

「気が付いたか?」


「……ここ…は?」


「ああ、そのまま、そのまま。まだ寝ていなさい」


 目を覚ますと白い天井が見えた。

 寝ている間に眼球の再生は無事に終わっていたようで何よりだ。


「私の顔が見えるかね?」


「ああ…」


 白髪を七三分けにした優しげな初老男性の顔が見える。

 彼は私の目の前で指を三本立てて見せた。


「立てた指は何本?」


「三本…です」


「うん、問題は無さそうだね」


「あの…ここは?」


 私の問いに白衣姿の彼は安心させるように微笑みながら答えた。


「心配はいらない。ここは病院だよ」


「病院…」


 何となく察してはいたけど何で?

 私はプフィルズィヒの云うところのレジスタンスに回収されたのではないのか?


「君は病院の前に捨て置かれていたんだよ。簡単な手当ては施されてはいたけどね」


 どういう事だ?

 プフィルズィヒは私を仲間に引き入れるつもりだったのではなかったか?


「そのプフィル…ズィヒ?…の思惑がどこにあるのかは分からないが今は何も気にせずに養生する事だ。恐らく君はUシリーズなのだろうが重傷だった事には変わりはないのだからね」


「は、はぁ…」


 私としては生返事を返すよりない。

 私をUシリーズと認識していながらこの態度か。

 それに病院とはいっても設備が近代化しすぎている。

 文明が進んでいるガイラントでもこうはいかない。


「すまないが他の患者の回診もある。私はこれで失礼するよ」


「分かりました。あと助けて頂き、ありがとうございます」


「医者が怪我人を助けるのは当たり前だよ。ああ、それと私の名は風間小太郎、ここの院長だ。何かあったらナースコールを押したまえ。では…」


 私に笑いかけてカザマ院長は出て行った。

 カザマ、カザマか。耳に慣れない響き、やはりここは異世界・・・か。

 異なる次元の世界がいくつかあるとは知ってはいる。

 カザマ院長がUシリーズを知っている事から、十中八九、この世界はユウお姉さんが生まれた世界なのだろうね。

 因みにミーケ将軍のご実家がある異世界はこことはまた別の世界なんだ。

 半世紀前まで世界中で戦争が起こっていたこの世界や私達の世界・・・・・と比べれば比較的平和な世界で将軍の道場で鍛える為に何度か訪れた事がある。

 異端審問会の若い騎士達も今頃はヒーヒー云いながら逃げ場の無い異世界の道場で扱かれていることだろうね。


「さて我は病院に一人取り残され時間を持て余している。我をさらった桃の君は今いずこってところかな」


『ここにいるぞ』


「どわっ?!」


 タイミングを見計らっていたかのように一人の看護師が強烈な果実の匂いを身に纏わせて入ってきたのだ。

 淡いピンクのナース服を着た若い女性の顔は私と瓜二つだった。

 盗賊ギルドの殺し屋にしてUシリーズの同胞、桃のプフィルズィヒだ。

 どうやら彼女は人の姿にもなれるようだ。

 巨大な桃に入っている姿はさながら彼女の戦闘形態と云ったところか。


『僅か三日でほぼ全快か。流石はカザマの爺さん、いい仕事をするぜ』


「貴様、何のつもりだ? 何故、私を異世界へと連れてきた?」


『ほう、既に自分が異世界にいると察していたか。流石だな』


 プフィルズィヒは感心したように笑う。


「おい、質問に答えろ!」


『ここは病院だ。あまり大きな声を出すな。非常識だろう』


 人を異世界に連れてくるのは非常識じゃないのか。

 いきなり召喚された勇者はきっとこんな気持ちだったに違いない。

 プフィルズィヒはベッドに近くに椅子を引き寄せて座る。

 途端に果実の香りが私の鼻をついて不快な気分になってしまう。

 “過ぎたるは猶及ばざるが如し”というけど、甘い果実の芳香も度を越すと腐った果実のような悪臭と化す。果実が甘いの腐りかけ・・・・であって腐ってしまっては元も子も無いのだ。


『眼球すら再生するヤツを向こう・・・の病院に任せる訳にもいくまい。加えてカザマの爺さんは人造人間にも合成獣キメラにも偏見はない。救いを求めれば、それは即ち救うべき患者なのだ』


「だが、方法はいくらでもあっただろう。私はカザマ老から病院の前に捨てられていたと聞かされたぞ。普通に頼めなかったのか」


『レジスタンスと云っても世間からすればアウトローに過ぎん。カザマの爺さんなら治療を拒まぬのは分かっているが、立場上、警察・・に通報するだろう。だから行き倒れを装うしか無かったのだよ。同じ警察に通報されるのなら、レジスタンスで御座いと名乗るよりそっちの方がマシというものだ。貴様のそばに迷惑料も含めた治療費を置いておいたから察してはいるだろうが、行き倒れして扱ってくれているはずだ』


 色々と事情があるらしい。

 それに話を聞く分にはカザマ老もなかなかに傑物であるようだね。

 状況が掴めたところで私は別の質問をぶつけてみる事にする。


「それで私の事は上手くいったのか?」


『ああ、首領ドンも疑っている気配は無かった。依頼人にも“異端審問会が『世界の境界』を目指していたのはクーアと旧知であるミーケ将軍に知恵を借りる為だった”と報告しておいた。連んでいた理由も貴様とクーアが師弟関係にあったからだとも云ったが、この情報は流しても問題は無かろう?』


「ああ、聖都スチューデリアの上層部では有名な話だからな。『輪廻衆』に伝わったところで、“蓋を開けてみればこんなものか”という反応だろうさ」


 これでプフィルズィヒは昇進試験とやらを受けられるのだろう。

 しかし彼女の顔は優れない。何か問題があったのだろうか?


『どうやらの方で難色を示しているヤツがいるらしい』


「どうして? そういう約束だったのではないのか?」


 プフィルズィヒは少しの沈黙の後、深い溜め息をついた。


『俺達Uシリーズ600番代は古すぎるんだそうだ。出世して責任ある立場となっても役に立つのか疑問らしい。現場で働いて貰った方が組織の役には立つだろうとな』


「非道い理由だな。いや、理由にすらなっていないだろう、それは」


『まあ、600番代と700番代とでは雛型・・が違うからな。700番代の連中からすれば俺達は型落ち・・・という事だ』


「雛形?」


『俺達Uシリーズが最強の軍隊を量産する為に開発された事は耳にタコができるほど聞かされた話だろう』


 そして完成された最強の一体が645、即ちユウお姉さんだ。

 彼女もまた600番代だ。まさか彼女ですら型落ちとされているのだろうか。


『Uシリーズは初めは人間をベースに様々な生物の遺伝子を組み込んでいたらしいが、最強・・とは云いがたい出来だったそうでな。いつしか脱線して物語に出てくるような人魚やケンタウロス擬きを創作し見世物にして研究資金を稼いでいた時期すらあったそうだ。Uシリーズが聞いて呆れるというものだよな』


「そう云えば研究所での教育でUシリーズの遍歴を見せられた事があったな。確かその中にも人魚の姿があったと記憶している。“水中戦特化”と研究員は云っていたが、ただの見世物だったのだな、彼女は」


『行き詰まり、見世物小屋にまで成り下がった連中を拾ったのが『輪廻衆』だった。そこで別のアプローチを試みるように促されたらしい。“既に最強レベルの人物”を雛形にしてみたらどうかとな。それで選ばれたのが当時、魔界最強と謳われたミーケ将軍に世界最強との呼び声も高い聖都スチューデリアの大将軍だった』


「なんと?! だが、確かにその御二方をベースにすれば最強の軍団への近道となるのは頷ける話だな」


『しかし大将軍は神出鬼没で目撃証言を見ても容姿、年齢がバラバラでな。しかも性別すらまちまちだ。その上、スチューデリアの歴史を紐解けば大将軍はここ二百年代わっていない。そして善く善く調べてみると大将軍と呼ばれてはいるが、その名が明かされた事はただの一度も無い事が分かったのだ。結果、彼、いや彼女か? その遺伝情報を得るどころか、コンタクトの取りようが無かったそうだぜ』


 云われてみれば私は大将軍閣下から直接指導を何度も受けているが顔を思い出そうとしても思い浮かばない。否、色々な顔が次々に浮かんできてどれ・・が大将軍閣下の顔なのか分からないんだ。

 声もそうだ。優しい声だった気もするし、恐ろしげな胴間声だった気もする。

 分かっている事は他国の侵略からも魔王の攻撃からも聖都スチューデリアを守り抜いているという一点のみだ。


『そしてミーケ将軍だがこちらも話にならなかった』


 得体の知れない大将軍に怖気を感じ始めていたけど、話題がミーケ将軍に移った事で気持ちを切り替える。


『当時をして百歳近かったが、当時はおろか今でも精通が来てない餓鬼だったからな。そんなの遺伝情報を得る以前の問題だろう』


「侮辱は許さんぞ」


『ふん、侮辱どころか陵辱した貴様に云われる筋合いは無いな』


 耳が痛い事を…

 だけど大将軍もミーケ将軍もダメだったのなら、彼らはどうしたのだろうか。


『二人の内、ミーケ将軍はまだ接触手段はあったからな。『輪廻衆』の精鋭を冒険者と偽って送り込み、ミーケ将軍に戦いを挑んだそうだ。髪の毛一本でも手に入ればクローンを作り出すことは可能だからという理由らしい』


「それで? 上手く云ったのか?」


『初めは芳しい結果は得られなかったそうだ。傷をつけるどころか、汗すらかかせる事すら出来なかったらしい。だが何度も挑んでいる内に実力が上がってきてな。気付けば『輪廻衆』の中でも抜きん出た存在になっていたというのだから笑える』


 まさに五十年前の私達だ。

 何より凄いのはその精鋭の一人は今では『輪廻衆』の最高幹部の一人にまで成り上がるほどの実力を身に着けてしまったというのだから驚きだ。


『そして現在『阿修羅道』を束ねる将軍がとうとう快挙を成し遂げた。決着こそはつかなかったが、一昼夜に渡る死闘の末、その全身にミーケ将軍の返り血を浴びるに至ったのだ。当人も重傷を負ってはいたが任務そのものは無事に達成した訳だ。残念な事に勝負は、ミーケ将軍の母親から“いい加減、家に帰ってきなさい。お父さんも心配しているぞ”との横槍が入ったせいでつかなかったそうだがな』


 そう云えばミーケ将軍って道場の門下生に稽古をつけなきゃ行けないから実家暮らしだったっけ。将軍と道場師範の両立ってかなりハード過ぎると思うけど。

 況してやミーケ将軍は本来なら親の庇護の下にいるべき子供だしね。

 そりゃ一晩帰って来なかったら迎えに来るだろうさ。


『記録によればミーケ将軍は耳まで真っ赤になっていたそうだ』


 だろうね。家に帰ったあと頬を膨らませているミーケ将軍を容易に想像出来た。

 多分、自分と伍するに至った『阿修羅道』の将軍とやらには友情めいたものが芽生えていただろうし、ミーケ将軍からすれば友達がいる前でお母さんが迎えに来たようなものだから、さぞや恥ずかしかったろうと思うよ。


『そしてミーケ将軍の血を元に数々の人造人間が誕生し、それがUシリーズの600番代となったのだ』


「“なったのだ”って私は600番代だがクローンじゃ無い。戦争孤児だ」


『いや、ミーケ将軍のクローンをベースに開発したのがU600シリーズだ。例外なくな。当然、貴様もミーケ将軍のクローンだよ』


 とんでもない事実に私は愕然とする。

 そんな…私は星神教徒でなくとも『神降ろし』が出来るかの実験体だったはず。

 それにミーケ将軍のクローンなら私は…私の性別は…


「莫迦な! 私は女だ。貴様も正真正銘の女と云っていたではないか」


『遺伝子の組み換えで初めから女として誕生させる事は『輪廻衆』の技術を使えば簡単な事よ。そういう意味では俺達が去勢・・されたというのは本当だ。先日、弟と呼んだのは動揺させて戦意を削ぐ為のブラフだったがな』


「だが何の意味がある? 最強の軍団を目指しているのなら男のままの方が都合が良いはずではないか」


『簡単な話だ。ミーケ将軍を雛形にしたのは失敗だったからだ』


「失敗? ミーケ将軍が魔界において最強であるのは動かせぬ事実だ。魔法もそうであるが何より彼の剣はまさに芸術の域に達しているではないか」


『その事だ。確かにあの美しい剣技は見る者の心を奪う、まさに芸術と云っても過言ではない。だがあの領域に達しているのはミーケ将軍の一方ならぬ努力によるものだ。彼の才能ではない。生まれてきた600番代は体が小さく非力な痩せっぽちの餓鬼でしか無かった。一度、クローンを培養液に浸して無理矢理大人にする実験が行われたが、どうなったと思うね?』


「分からない。けどその口振りではろくな結果にならなかったのは想像出来る」


 私の言葉を肯定するようにプフィルズィヒは薄く嗤った。


『ほとんど女にしか見えなかったとよ。背丈は130センチにも届かないばかりか、胸板は薄く、喉仏も出ていない。しかもあそこ・・・に至っては小指ほどもなかったそうだぜ』


「大きければ良いってものじゃない。それで彼はどうなった?」


『魔力だけは莫迦みたいに巨大だったからな。体は貧相なのに魔力は強大、成長するにつれて魔力は膨れ上がっていくのに肉体は成長しないからな。最後は…』


 “ボンッ!”と五指を一気に開いて見せた。

 なかなか悲惨な最期だったらしい。

 だが分かる気もする。あの絶大な魔力は並大抵の努力では操れないだろうしね。

 意思も無く、鍛える事も出来ずに、ただただ体を成長させられたという彼の肉体ではあの魔力には耐えられないのは明白だ。

 容量は大きいのに耐久性に乏しいタンクに水を満たすようなものだったろうね。


『だが肉体を自壊させる程の魔力は魅力だったらしくてな。ならばを強くしようと試行錯誤を繰り返した結果、初めから女として生まれた方が安定しやすいという結論に達したそうだ』


「それで我らは女に……では何故、私を戦災孤児という事にした?」


『それは知らん。貴様の担当者が何を思ってそう偽ったか、それを知るのは彼のみだろう。だが想像はつく。貴様に希望・・を持たせる為だろう。大方、“この実験に成功したら母親に会わせてやる”とでも云ったのではないのか? 精神論とは少し違うが、絶望に苛まれて実験するよりも希望を抱いて実験に臨んで貰った方が遙かに成功率を上げる事になるだろうからな』


 まさに彼女の予想は当たっていた。

 あの研究員は私に母の面影をちらつかせて実験に臨ませていたのだから。

 実験に成功するたびに与えられるの写真、音声、料理こそが私のよすがだったんだ。

 そして“母親に会わせてやろう”と云われてのこのこと着いていった先で待ち構えていたのがあの・・死刑囚達だったのだから笑えないよね。

 いや、待て。母もそうだけど、私にはもう一つ引っ掛かる事があったはず。


「私がミーケ将軍のクローンなら私は…私はァ!!」


『そうだな。貴様は父親・・ともいうべきオリジナルを犯した事になるな。しかも大勢の仲間と嫌がる幼い少年を押さえ付けて、だ』


「あぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ……」


 愛する男性の一人がクローン元のオリジナルと知って私の心は絶望に染まる。

 私は頭を抱えてベッドの上で亀のように身を縮めることしか出来ない。


『ツラいか? ツラいよな? だが安心しろ。俺はお前を責めない。むしろ助けにきたんだ。俺はお前の味方なんだ。さあ、これを食べて落ち着け』


 プフィルズィヒが私に桃に似た果物を差し出す。

 ああ、これだ。私を極楽に誘う素晴らしき果実!


『安心しろ。俺が貴様、いや、お前を救ってやろう。俺達は兄弟・・なのだからな』


「きょうだい……」


『そうだ。さあ、喰え。お前は幸せになるべきだ。食べて全てを忘れろ』


「ああ、ちょうだい……」


 私と…そしてミーケ将軍と瓜二つの少女は果実を口に含むと私と唇を合わせる。

 途端に甘い果汁が口腔内に広がり、あの雲の上にいるかのような陶酔感が私を蹂躙する。


『俺の物になれ。俺がお前を守ってやる。その代わり、俺の為に働いてくれ』


「ああ、きょうだい……」


 私はプフィルズィヒを抱きしめると、彼女の唇を割り口腔内に舌を入れて咬み砕かれた果実を貪った。


『いい子だ。愛しているぜ、フェルニ・・クス』


「あい…してる?」


 次から次へと注がれる果汁を飲み込みながら愛する人達を思い浮かべる。

 ミーケ将軍。クーア先生。ユウお姉さん。ゲヒルンさん達、魔女の家族。

 そして私を娘にしてくれたマトゥーザお父さん。

 彼らの顔を思い出した途端に苦い後味を感じた。

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冒険者ギルド職員だって時として冒険する事もあるんだよ 若年寄 @senkadou

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