第拾陸章 不死鳥の密談

『やっと話を聞いてくれる気になったか? 俺も兄弟に手荒な真似はしたくなかったんだが暴れるのがいけないんだぜ?』


 私は袋の四方から伸びた蔦に全身を拘束されている。

 盗賊ギルドの殺し屋・桃のプフィルズィヒを斃して脱出しようとしたのだけど、私の殺気を察したのだろう。袋を形成している蔦が伸びてたちまち私は自由を奪われてしまったんだ。


「私には話す事など何も無い!」


 拘束されてはいるけど能力まで封じられている訳ではない。

 十を超える火球を生み出してプフィルズィヒに狙いを定める。


『無駄な事を』


 火球は全て命中したけど彼女は大してダメージを負っているようには見えない。

 否、受けた箇所は確かに焦げてはいるのだけど、すぐに再生してしまうんだ。


『莫迦め。Uシリーズには自己再生能力が備わっているのを忘れたか? 況してや俺は再生能力を強化されている。この程度のダメージはすぐに修復しちまうよ』


「ならばこれで!」


 炎で構成された巨大な断首刀を作り出してプフィルズィヒの首目掛けて放つ。

 しかし、彼女は不敵に嗤いながらソレをまともに受け止めるのだった。

 しかも今度は焦げるどころか少々焼け爛れる程度で瞬時に回復してしまう。


『愚か者が! 我らの肉体が再生されるだけではなくダメージを受けた分、強化もされる事まで忘れたのか?! もはや貴様の炎は俺に通じぬと知れ!!』


 蔦が唸りを上げて私の体を何度も打ち据える。

 その威力は皮膚が裂けるほどもあるけど再生能力があるのは私も同じ事。

 傷ついたそばから裂傷は塞がっていく。

 しかし傷は癒えるものの何故か皮膚は強化されず、打たれるたびに私の体は傷つけられたんだ。


『ククク、不思議か? 教えてやろう。俺の唾液腺はUシリーズの再生及び強化を阻害する毒を分泌してな。貴様の皮膚が強化される事は無いんだよ』


 さっき舐められた時か!

 粘性と果実の匂い、ただの唾液じゃないと思っていたけど予想外の効果だ。

 ん? 待って、確かUシリーズに・・・・・・対して効果のある毒・・・・・・・・と云ったよね?


『気付いたか? そう、俺は暴走或いは造反したUシリーズを処理する為に生み出された謂わばUシリーズバスターというべき存在だ』


 逆様の少女の拳が私の鼻に打ち込まれる。

 鼻の奥に激痛が走り、思考が一瞬止まった。

 涙と鼻血が止めどなく溢れて呼吸すら困難となる。

 普段なら既に回復しているはずだけど、血は止まらず全てを投げ出したくなるような激痛は未だ引かずに私を苛む。

 プフィルズィヒの言葉通りなら私の再生能力が機能していないという事だ。


『痛いか? 痛いよな? 常に肉体を強化し瞬時に傷が癒える貴様にとって全く不慣れな状況だろう。大抵のUシリーズはこの痛みにまず屈服するのだ!』


 顔を上げた時にはもう遅かった。

 プフィルズィヒの指が私の両目を抉り痛みを伴う闇の世界へと落とされたんだ。


『怖いか? 怖いよな? 分かるぜ。鼻は潰れ、何も見えない。怖くないワケがないよな? だが、まだまだこんなものじゃない。むしろこれからだ。次は貴様の耳を奪う。そしたら舌だ。残されるのは触覚のみ……貴様に許されるのは痛みに耐える事だけだ。状況が何も分からない中、貴様は死ぬまで俺に嬲り者にされるんだ』


「ヒッ?!」


 何かが耳の中に入ってきて私は無様にも悲鳴を上げてしまう。

 神殿騎士団長とかUシリーズとか関係無かった。

 今まで体験した事のない激痛の嵐とおぞましい悪意に私は恐怖していたんだ。

 途端に股間が生温かくなり、足を濡らしていく。

 その事態に私の顔は灼熱を帯びた。


『恥じる事はない。これだけの痛みと恐怖を感じて今まで良く我慢していたものだ。偉いぞ。流石は687、俺のだ』


「おと…うと?」


 何を云ってるんだ?

 正真正銘、私は女だ。この大きな乳房が目に入らないのか?


『いや、貴様はだよ。去勢手術を施されてはいるがな』


「そんな…嘘だ…」


『そのくびれ・・・の無い腰回りを少しは疑問に思わなかったのか?』


「そんな…何故…」


『気にするな。どの道、俺達Uシリーズに生殖能力は無い。下手に繁殖されたら手が付けられないからな。その胸は貴様の体と融合させた『不死鳥』の女神の影響らしいと聞いてはいる。男とはいえ乳腺の発達が見られるのだから面白いものだ』


 何が面白いものか。

 私は全身から炎を出して蔦を焼こうとするけど効果は無かった。


『その蔦は俺の体の一部だ。当然、炎への耐性は修得している。お前や645と違い、俺は受けた箇所のみならず体の隅々まで強化させる事が出来るのだよ』


 耳の中にある異物が動き出す。

 私の鼓膜を破ろうとしてるんだ。

 私の体が恐怖と未来に訪れる痛みへ備えで自然と硬直する。

 そんな私にプフィルズィヒは何故か優しげに語りかけた。


『話を聞いてくれないか? 俺は初めから話をしようと云っているじゃないか。聞く耳を持ってくれるのなら一先ず聴覚を奪うのはやめてやろう』


 情けない話だけど、私は彼女の言葉に何度も頷いて同意を示す。

 まさに私はプフィルズィヒに屈服したのだ。

 すると耳から異物がするりと抜ける。

 目と鼻はまだ回復する気配は無いけど拘束も解かれていた。


『話というのは他でもない。俺と組まないか?』


「何ッ?!」


『まあ聞け』


 プフィルズィヒは私の手に果実のようなものを載せる。


『様子を見ていたが朝飯はまだじゃないのか? まずはそれを食って落ち着け。痛みを和らげるぞ』


「こんな物ッ!」


 咄嗟に投げ捨てようとしたけど、その瞬間、お腹の虫が盛大に鳴った。

 途端に潰れたはずの鼻を甘い芳香がくすぐる。

 私は思わず生唾を飲み込んだ。


『考えても見ろ。組みたいと思う相手に毒など仕込むか? 殺すつもりならとっくにトドメを刺している。むしろ空腹で俺の話を聞き流されては敵わん』


「そ、それもそうか。では…」


 空腹もそうだけど、この果実の芳香に我慢が抑えられずにいた私は思いきりかぶりついたのだった。


「こ、これは美味しい! こんな果実は食べた事が無い!!」


 程良い甘さと酸味、一噛みごとに溢れる果汁、心地良い歯応えでありながら口の中で柔らかく溶けていく果肉、記憶のどれにも当て嵌まらない美味に私は夢中になって貪っていく。


『もう一個食べるか? 一つでは足りないだろう』


 返事もするでなく私は果実を引っ手繰った。

 礼儀も作法も無い。私は子供のように、否、獣のように果実を頬張る。


『慌てずに食え。いくらでもあるのだからな』


 もう自分で何個食べたか覚えていない。

 腹がくちくなると両目と鼻の痛みは消えていた。

 未だ両目に光は戻らないけど、私の中ではプフェルズィヒに対する敵愾心は無く、こんな素晴らしい果実を与えてくれた事に感謝の念すら覚えていたんだ。


『満足したか? では話の続きと行こう』


「ああ、私と手を組みたいという話だったが」


『俺達Uシリーズは、とある組織が最強の軍団を作り上げる為に開発された人型兵器というのは覚えているな?』


「勿論だ。あの研究所でどれだけの仲間が命を落とした事か。今でも無念の死を遂げた友達の断末魔を夢に見るほどだ」


 あの神をも恐れぬ非人道的な実験の数々でどれほどの犠牲が出たのか想像するのもおぞましい。

 況してや私はたまたま研究所の最奥に幽閉されていたから助かったけど、人型兵器、つまりUシリーズの暴走事故でどれだけの命が失われた事か。

 原因は分かっていない。

 ユウお姉さんの話では誰かが意図的に未完成のUシリーズ達を起動させた痕跡が見つかったそうだ。


『実は生き残ったUシリーズは貴様だけではない。混乱に乗じて少なくないUシリーズの完成体が脱走に成功していたのだ』


「なんと! それは真か?!」


『ああ、本当だとも。かく云う俺もその一人だ』


「そうだったのか」


『それでここからが本題なのだが、Uシリーズを開発する為に数多くの命を弄んだ外道を討たんと俺を含めた生き残り達がレジスタンスとなって組織に戦いを挑んでいるんだ』


「復讐か」


 あの地獄のような研究所から逃げおおせた同胞・・がいる事を喜ばしいと思う反面、折角助かった命を復讐に費やしている事に哀しみを覚える。


『復讐心が無いと云えば嘘になる。だが、あの外道を放っておく訳にもいかないのも分かるだろう? いつまた同じような研究を再開するか分かったものではない。否、既に再開しているのだったな』


「何?」


『お前達が大爆発で滅びた山村を調べた際に異常な生命体を発見したはずだ』


「何故それを? いや、まさか?!」


 私は手足を逆に付け変えられた憐れな少女の姿を思い出す。

 その後、急速に肉体が腐って崩れ落ちるという凄惨な最期を遂げていた。

 さぞ苦しかっただろう。無念であっただろう。

 彼女を想えばこそ私達はこれまで突き進んできたんだ。


『あれこそが俺達・・創造つくった組織の仕業なのだ』


 なんと手掛かりを求めてはるばる『世界の境界』までミーケ将軍を訪ねた来たというのに核心の方が近づいてくるとは思いもしない事だ。

 愕然とさせられてしまうがプフィルズィヒはそのまま続ける。


『その組織の名は『輪廻衆』。覚えておく事だ』


「りんね…しゅう…」


『そして、その斃すべき首領は御主おんあるじ様と呼ばれている事以外は全て謎のヴェールに包まれている』


 配下にも名を明かしていないとは、敵は随分と用心深いようだ。


『俺の役目は組織に潜り込み、手柄を立てて出世する事で御主様に近づく事だ。その為なら何でもやった。盗みや恐喝、人殺しまでな』


「そうだったのか。ツラい思いをしてきたのだな」


『分かってくれるか』


 プフィルズィヒは洟を啜った。

 プフィルズィヒを暗殺者として使っているのは首領の為、組織の為にどれだけ手を汚せるのか、裏切る事は無いのかを見極めているのだろう。


「それで貴様は私に何をさせたいのだ?」


『ああ、それなんだが死んで欲しい・・・・・・


「何だと?」


『正確には死んだ振りだ。今回の暗殺のターゲットは異端審問会のリーダーである貴様なのだ。そこで俺に殺された事にして姿を消してくれないか? 勿論、クーアやミーケ将軍にも秘密にしてだ』


「そう提案するからにはトリックはあるのだろうな?」


『当然だ。俺の殺し方は死体が残らん。それは組織も承知の上だ。だから先程抉った両目を証拠・・とする。眼球を手土産にすれば流石に組織も疑わないだろう。貴様は暫くこの蔦の中で待機していれば良い。後で仲間が蔦の処理をしつつお前を回収する手筈だ』


 手回しの良い事だね。

 というか、私の目を抉るのは予定調和だったのか。


『今回の任務が終われば俺は昇進試験を受ける事が出来る。それに合格すれば組織の中で自由に動ける範囲が広がるんだ。絶対物にしたい』


「分かった。仲間になろう」


『そうか! 俺はレジスタンスの中でも最古参で立場も上の方だ。俺の紹介なら仲間も無下には扱わないだろう』


 今の私・・・は完全にプフィルズィヒを信頼している。

 彼女が云うのならきっとそうなのだろう。


『では俺は報告に行く。仲間が来るまで少々時間がある。先程の果実をいくつか置いていくので腹が減ったら食べると良い』


 私は果実を手に取る。

 香りを嗅ぐだけで途端に極楽にでもいるかのような心持ちとなった。


「感謝する」


『そうだ。一つ訂正があった』


「何だ?」


『貴様は正真正銘、女だよ。信じるとは思わなかったから逆に面喰らったぞ。くびれ・・・もちゃんとある。鍛え過ぎて目立たないだけだ』


「なっ?!」


 驚く私を無視してプフィルズィヒの気配が遠ざかる。

 まったく人が悪い事だ。

 下半身が桃と一体となっているあの体でどうやって移動しているのだろう。

 さて、Uシリーズが集うレジスタンスとやら、鬼が出るか蛇が出るか。

 満腹となっているはずの腹がまた小さく鳴った。

 私は手にある果実を一齧りする。

 咀嚼している間、思い出すのはミーケ将軍とクーア先生だ。

 相談もせずに決断した私を二人はどう思うだろうか。

 果実を飲み込むけど先程の多幸感は無く、猛烈な苦味が後味となって私を襲うのだった。

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