第拾伍章 不死鳥、桃と再び邂逅する
「ほれ、体が流れてるぞ。避けるたんびにバランスを崩せば隙になる。動きに無駄が多いからだ。相手の攻撃から距離を置こうと必要以上の足運びをするからブレる。敵の攻撃から仲間を庇う盾役だからって避けちゃいけないって法は無ェだろがよ。そんな戦い方、俺レベルが相手じゃ致命的だぜ。こういう風にな!」
「ぐふっ!」
ミーケ将軍の逆袈裟(斜め斬り上げ)を避ける際に生じた隙を見逃される筈もなく、切っ先を返した木刀に肩を痛打されて私は蹲った。
『不死鳥』の力で強化していようと打撃の威力が防御を上回る。全てを斬る『
その上、普通、木刀の稽古では寸止めが当たり前だけど、ミーケ将軍の稽古は急所以外は全て当ててくる。
即死しない限りはどんな傷も魔法で治してしまえるのもあるけど、痛い思いをしなければ身に付かないという考え方に基づいているからだ。
これは鎖骨がイってるな。だらりと下がって動かない右腕に傷の状況を分析する。
「戦闘中に蹲るな、バータレ!」
顎を蹴り上げられて意識を失いかけてしまう。
ミーケ将軍の稽古に容赦という言葉は無い。圧倒的な技術を見せつけられるんだ。
勿論、弟子に舐められない為にじゃない。彼の流派が
つまり剣を通して人の道を説くのではなく、人を殺す技術を伝えているんだよ。
故に生半な覚悟で門を叩く事は許されない。
流石に命までは取られないけど、安全とは云いがたいその苛烈な修行は門下生に一剣客としての覚悟をもたらすという。
事実、特に理念を掲げてはいないにも拘わらず、不思議と下手な剣道場に通うよりも余程人格形成に役立っているんだ。
本来のミーケ将軍の人格は幼いと述べた事は記憶にあると思うけど、師匠となった彼は指導者に相応しい風格を見せている。
彼の教え方はまず技を掛けて威力及び効果を体験させる事で体に覚えさせ、次いで理論を教えた後にひたすら技を繰り返させるんだ。
後はその都度悪癖を矯正し、完全に体に覚え込ませた後はその個人個人の体格やクセに合わせた工夫をさせた上で、今度は自分が弟子の技を受ける事で合否を判定するそうな。仮にミーケ将軍に通じなくても、実戦に耐えうると判断されれば合格とされ、門下生は更に高度な技に挑戦していく事になる。
まあ、ミーケ将軍に通用する技を繰り出せるようになっていたら人の世では化け物クラスの剣客になっているだろうし、魔界、天界問わずに勧誘が山ほど来るようになるだろうけどね。
「若先生、まともに顎に入りましたが、少々やり過ぎでは? 貴方の安全靴は爪先と踵に鉛を仕込んだ特別製でしょうに。脳が揺られて意識がどろどろになっていると思いますよ?」
「つまりは死に体だ。生殺与奪は思いのままってワケよ。まさに『くっ殺』状態だわな? どうする? 遣りたい放題だぜ? スコーピオン・デスロックでも掛けてやろうか? それともロメロ・スペシャルが良いか?」
分かってる。ミーケ将軍は意地悪でこんな事をしているワケじゃない。
無限に進化する肉体を持ち、際限なく強くなれるといっても戦い様はいくらでもある事を実践で教えてくれているんだ。
例えば今のように脳を揺さ振られてしまってはまともに動く事が叶わないって事も含めてね。
それでいて私の心が折れない限界ギリギリを攻めてくるんだから堪らない。
あの巨大な桃が流されてから間も無くミーケ将軍が宿屋のマスターを伴って川原に姿を見せた。案の定、二人は汗をかいてはいるものの息が上がっている様子を見せないのだから流石だよ。しかもマスターに至っては熊と猪まで背負ってきているし。
ミーケ将軍は軽く柔軟体操をして体をほぐすと、“揉んでやる”と笑ったものだ。
改めて剣を交えて分かったけど、やはり彼は強い。
私の攻撃の悉くを軽くいなし、逆にミーケ将軍の木刀は面白いように私にヒットする。彼はそのリーチの短さから私の懐に飛び込まなければいけないのだけど、間の取り方がまた上手い。
私が剣を振り上げると同時に懐に飛び込んで胴を打ったり、かと思えば退きながら握りの要である小指を打ったりと油断も隙もならないんだ。
お陰で体のアチコチが悲鳴を上げているし、小指がイカレて木刀を握る手に力が入らない。
「ほう、俺を相手に油断や隙を見せるとは良い度胸だ。つまり今のままでは物足りないって事だな? じゃあ、期待に応えてやろう。ギアを一段上げてやる」
ちょ…今のは言葉の綾ッ?!
ミーケ将軍の姿が掻き消えたと思った時には両の膝に衝撃が走って地面へと転ばされてしまう。一息をする間も無い速さで間合いを詰めたミーケ将軍は私の膝へとショルダータックルをぶつけてきたんだ。
低い身長と相俟ってこの低空タックルは本当に対処が難しい。
体が小さく軽い彼だけど加速と体重が乗れば私からダウンを奪えるだけの威力となるんだよ。
「せいりゃ!!」
そしてミーケ将軍の拳は私の鼻すれすれに寸止めされていた。
「朝稽古はこれで終わりだ。朝飯を食ったら昼まで素振りをしていろ。基本を怠るから腕が鈍るンだ。人を指導する立場になったからこそ精進が必要であると心得とけ、バータレ」
ミーケ将軍は私にデコピンをくれた後、私とマスターを置いてさっさと下山した。
『影渡り』は遣わない。帰りも『天狗の山走り』をするのが彼流なんだ。
非力で体が小さいミーケ将軍は人の倍以上努力をしなければ強くなれないという考えの基に修行をしているからね。まさに武人の鑑だ。
対して私の不甲斐なさよ。若輩者の稽古だけをしているとこうも腕が落ちるのか。
「向後の課題が見えてきただけまだ救いはある。若先生の教えをありがたいと思って基礎の練り直しをする事だ。それで君はまた強くなれる」
「ありがとうございます」
お礼を云うとマスターは頷いてから朝食の仕込みをする為に『影渡り』で先に帰っていった。
私は帰りも走ると伝えると、私の分は取って置いてくれると云ってくれたので食いっ逸れる事はないだろう。
ちなみにマスターがミーケ将軍を若先生と呼ぶのは、まだ道場を正式に継いではいないからなんだ。将軍のお母さんが『大賢者』でありエルフとドワーフの混血児であると前述したと思うけど、お父さんは人間でありながら老齢のドラゴンと単身で戦えるほどの武芸者で今も道場で弟子達を育成している。
ただの人間が何故と思うだろうけど、五十年前だけではなく、百五十年前にも魔王が地上を侵攻した事があって、その時に星神教の神々によって異世界から召喚された勇者が将軍のお父さんなんだよ。
それぞれがプネブマ教と星神教から選ばれた勇者となった二人は死闘の末に魔王を斃し、そのご褒美としてお父さんは神々からお母さんと添い遂げる為に妖精種と同じ寿命を貰ったんだって。
ただお父さんは技を一目見ただけで修得してしまう
しかし武の才能が無いが故に基礎をみっちりと叩き込んだミーケ将軍が師範となった事で指導力が復活し、現在のような大道場へと成長する事が出来たんだ。
それでも見た目が幼いせいで侮られる事も多いミーケ将軍は引き続きお父さんを道場主に据えて指導を引き受ける形を取っている。
これだけの情報ではお父さんは強いだけの無能のように感じるかも知れないけど、それは誤解だからね?
門下生の限界を見極める事はミーケ将軍より上だし、奥義を得るに相応しい才覚を見出す目も優れているんだ。
元勇者のご両親と魔界の重鎮であるミーケ将軍、さぞかし仲が悪かろうと思う向きもあるかも知れないけど、家族仲はかなり良い。本来のミーケ将軍がまだ幼い子供という事もあって、むしろ溺愛していると云っても良い。
五十年前なんて、愛息が
山は崩れ、川は干上がり、大地は裂ける。天変地異さながらに破壊を振り撒くご両親と玄武衆十名、青龍衆二十名によって魔界の被害は尋常ならざるものとなってしまい、魔王が自ら素っ飛んできて仲裁したくらいだ。
大切な息子を預かっておきながら守れなかったと元勇者と道場の面々に囲まれて正座している魔王というのもシュールなものだったね。
結局、魔王を
ちなみにヘルト・ザーゲでは元勇者を
魔王もやっとご両親達から解放されたと思ったら、今度は玉座の間で待ち構えていた私達に斃されてしまったのだからまさに踏んだり蹴ったりだ。
余談だけど、魔界への侵入を許したミーケ将軍は魔界の重鎮達に相当槍玉に挙げられたそうなんだけど、そこは強い者イコール此即ち偉いという単純にして崇高なルールに支配された魔界の事、ただ一言、“やんのか?”と凄んだだけでお咎め無しになったという。魔界最強の面目躍如といったところだろうね。
「さて、私もそろそろ下山しようかな。もたもたしているとミーケ将軍に“どこで油を売っていた”って絞られちゃうかもだし」
木刀を拾うと村を目指して駆け出した。
既に日は高いけど木の葉に遮られてほとんど光が差さない。
既にミーケ将軍の木々を叩く音は聞こえなかった。
「もう村に着いたのか。流石だね」
感心している場合じゃないよ。
早く村に着かないとどんなお咎めを受ける事か。
「こ、これは! 当たり前だけど下りだから加速が早い!!」
次々と目前に迫る木や岩を避けながら最高速を維持して最適のルートを即時に選んで進んでいく。勿論、通り抜けざまに木を叩くのを忘れない。
「はっ! たっ! ととっ! ちょいさっ! よいやさっ! こらさっ!」
巫山戯ているつもりは毛頭無いんだ。
ただぶつからないよう必死に避けていると、つい口に出てしまうんだよ。
しかも下に生い茂っている草は罠のように足に絡みついて転びそうになるんだ。
それでもスピードを落とさない事がこの修行のキモだとなんとか堪える。
まあ、後で“危ないと思ったら制動しろ、バータレ。怪我すんぞ”と呆れられる事になるんだけどね。はい、ごもっともです。
キツイ修行ではあるけど、強くなる為の訓練で怪我をしては元も子もない。
仮にも神殿騎士を束ねているのならそれくらいの判断をしろ、と云われては返す言葉も無い。強くなろうと焦りすぎたのかも知れない。
確か騎士を育てるのに安全を考慮せずに何が団長なのか、穴があったら入りたい。
『その願い、叶えてやろう』
「えっ?」
踏み締める予定だった地面の感触が消える。
落とし穴か? だが、こんな古典的な…
「はっ?」
気付いた時には空から降ってきた巨大な桃にぶつかっていた。
「何で?!」
私は桃共々落とし穴に落ちてしまったんだ。
しかし、それほど深くは掘られては無かったようで痛みこそあるものの怪我らしい怪我は無かったのは不幸中の幸いと云うべきか。
私は小さな火の玉を出して灯りとする。
見ればここは土の中ではなく蔦が絡み合って出来た袋のようなものだった。
上を見上げれば蓋をするように大きな桃が穴の入口を塞いでいるではないか。
「これは一体……」
『先程は無視されてしまったが今度は捕らえたぞ』
男とも女ともつかない低い声は桃から聞こえてくる。
「さっきの桃?」
『ククク、久しいな。今はフェニルクスだったか? だが、敢えて687と呼ぼうか。その方が通りは良いからな』
『お前は俺を知らぬであろうが俺はお前を知っているぞ』
割れた桃から逆様の少女の上半身がゆらゆらと揺れている。
『
確かにこんな桃の怪物に見覚えはない。
だけど問題はその
『俺の名はUシリーズ型番666…コードネームは『桃太郎』だったか』
蔦のような触手に覆われた下半身を伸ばして不気味な笑顔を近づける。
『そう怯えるなよ。俺は話がしたいだけだぜ、
その唾液は粘性があり、熟した果物のような臭いがした。
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