大地の女
桐生甘太郎
大地の女
今日は「色の日」だそうである。女のスマートフォンに、ご丁寧にもそういう通知が来た。どこから来ているのか分からない、この「〇〇の日」を知らせる通知を、女は毎日楽しみにしていた。
しかし今日は、女はそれを黙ったまま既読にして、削除してしまった。
女は思っていた。「私に色など無いし、色の事など分からない」。そう考えて少し不機嫌だった。
しかし、女はこうも考えた。「色が無いという状態も、何がしかやはり色の名前で言い表せるのではないだろうか?」
無色。しかしこれは色の名前ではない。
黒。光が一切無いのだから色も映らず、これは無色に近いであろう。しかし、その闇の中に色が潜んでいる可能性は、否定出来ない。
白。確かにこれも近いように思うが、三原色を合わせれば白になることを考えると、「色を含んでいる」とも言える。
そこで女は行き詰まり、だんだんと面倒になってきた。しかし一度働き出した頭というのはなかなか空転をやめないものだ。
「どだい、自分の人生に色味を添えるものなど、ありはしないのだ。ずっと独りで生きてきた」。
女は、何も取り上げるもののなかった自分の人生を思い返す。
「そんな自分が持っている色を想定するなら、たいてい「鼠色」か何かであろうが、そんなのまっぴらだ」
ふてくされ、そしてひねくれかけていた女だったが、そんな女にも楽しみはあった。
珈琲である。
それをふと女は思い出して「ふむ、珈琲の色はいいかもしれない」と考えた。カップの中で揺れながら、自分の唇に吸い込まれていく、珈琲の色を思い浮かべる。
焦げ茶を真ん中にして、赤やオレンジになった縁、影になった黒、反射された白い光や、強い日光を受けた時にほんの少しだけ返る、エメラルドグリーンの欠片。それこそ色の洪水が、女の目の裏に見えた。
おお、なんと豊かな色だ。あれはきっと、大地の色であろう。珈琲を育てている、エチオピアの土であろう。
女は途端に陽気になり、「そうだ、私だって地球人なのだから、私の色は土の色でいいであろう」と、色の件は一応の落着を見た。
それから女は、香しい珈琲の香りと、甘酸っぱい味わいや深い苦味がすぐにも欲しくなったので、気に入りのエチオピアを淹れようと、台所に向かった。
得てして、珈琲は人を陽気にさせてくれる。何かあった時には、熱い珈琲を飲んでから取りかかることをおすすめしたい。
End.
大地の女 桐生甘太郎 @lesucre
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