結
僕と奈良坂の作戦は見事に成功し、僕の兄と奈良坂のお姉さんは無事に別れてくれた。
そして翌週の休日、奈良坂の提案で僕らは待ち合わせをして、ファミレスで祝勝会と洒落こむことになった。
「それじゃあ、かんぱーい!」
「かんぱーい」
奈良坂のオレンジジュースと、僕のサイダーのグラスがぶつかり合って、軽快な音を響かせる。
「なに? テンション低いね」
ドラマに出てくる若者のようなノリで奈良坂が音頭を取るので、僕も表面上合わせていたんだけど、見抜かれてしまっていたらしい。
「奈良坂にとって良いことなのは間違いないけど、僕の方はやっぱり複雑だからね」
「えー? でも、今度こそちゃんと自分の部屋もらえたんでしょ?」
「まあ」
「じゃあいいじゃん。喜ぼ喜ぼ」
「うん」
奈良坂が言うように、今回の件を当然重く見た母さんの判断により家庭内での兄の立場は失墜し、僕は晴れて自分の部屋を手に入れることができた。
現在、兄は寮暮らしを強制的に止めさせられ、親の部屋で寝泊まりさせられている。
当然ながら、彼女を連れ込んだりはできない。GPSで監視もされているので、外で上手くやることも難しそうだ。
まあ、それだけのことをしたのだから、相応しい末路かもしれない。
それでも、家族としてはできれば元の優しい兄に戻ってくれればいいなと、どうしても思ってしまうけど。
「いやー、しかしあんた天才だったね」
「なにが?」
「あれあれ。スマホ」
「ああ」
「まさかお姉ちゃんと通話してるなんて思わなかった」
ベッドに隠していたスマホは、実は奈良坂のお姉さんと通話を繋いだ状態で置いてあった。
事前の作戦では、奈良坂の提案で別れてくれればオッケー。そうでなければその後のやり取りを録音して、方々を説得する予定だった。
ただそれだけでは不安だったので、万が一の時のためにもう一つ手を打っていたわけだ。
「なんで言ってくれなかったの?」
「スマホって、何かの拍子に壊れるかもしれないでしょ?」
「うん」
「そうなった時、下手に知ってたら奈良坂がすごく不安になってしまうだろうから、言わない方が良いと思った」
「え……」
「一番怖い目に遭うのは、奈良坂だから」
思ったことを素直に言ったんだけど、奈良坂が微妙な表情をしているように見えたので、ちょっと焦る。
「ごめん、やっぱり言っておいた方が良かった?」
「いや……」
奈良坂は少し遠くを見ながら、ストローを回してグラスの氷を泳がせていた。
「相沢って、そういうところあるよね。なんでも一人で決めて抱えてるっていうか」
「そう?」
「そうだよ。前からそうだった」
「え」
奈良坂の「前から」という言葉が引っかかった。
「前から気になってたんだけど」
「うん」
「僕らって、昔どこかで会った?」
「……え?」
奈良坂が心底驚いた顔をするので、それだけで僕の疑問は解消された。
「覚えてないの?」
「本当に覚えてなくてさ」
「嘘でしょ、信じらんない」
そう言って奈良坂はそっぽを向いてしまうので、僕は困ってしまう。
「ごめん」
「……」
「お願いだから教えてくれない?」
「一年の頃」
「え?」
「ヒント」
そんなこと言われても全く思い出せない。
クラスメートの名前はさすがにわかるけど、記憶にないということは同じクラスでもなかったんだろうし。
「ごめん、わからないみたいだ」
素直に言うと、ますます奈良坂は拗ねたような様子で、僕をそっちのけでゴクゴクとドリンクを飲んでしまう。
そして飲み干したところで、奈良坂はようやく僕の方を見てくれた。
「一緒だったでしょ」
「え?」
「美化委員」
「……ああ」
言われてみれば、奈良坂もいたような気がしなくもない。
でも、確かに何度か一緒に活動していたんだろうけど、会話をしたことがあるかも怪しい気がする。
「同じ委員の人の名前、全部覚えてるの?」
「え、当たり前でしょ」
「……そういうものか」
僕はあんまり他の人に興味がないから、全く覚えてない。
たぶん、一人で勝手に仕事をこなしてたと思う。
「はぁ……まあいいけど」
深いため息をこぼしながら、奈良坂は手慰みにグラスの中に積みあがった氷を崩している。
その様子に、なんだか申し訳ない気持ちがしてくる次第だ。
「あのさ」
奈良坂は突然、テーブルの上に置かれた僕の手を掴んできた。
「な、なに?」
前に胸倉を掴まれた時とは違い、肌と肌が触れて直接体温が伝わってくるものだから、どぎまぎしてしまう。
「付き合って」
「……え?」
「聞こえなかった?」
「いや……」
聞こえたけど、なんでこんな話になったのかが正直わからないから戸惑ってしまう。
「いいの?」
「なにが?」
「いや、僕の兄、あんなだけど……」
「なにそれ」
奈良坂が笑う。
「相沢には関係ないでしょ」
その表情を見て、世界にはこんな綺麗な恋愛もあるということを、僕は知った。
彼女、あるいは僕の 詩野聡一郎 @ShinoS1R
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