第67話 氷と結末と出会い

レンツォ


 剣が折れたことを気にした様子もなく、シエルがつぶやく。予備もあるが使うつもりはないらしい。

 そのつぶやきを聞いて、わたしは即座に歌を変えた。


 シエルがやりたいことは分かる。一帯を氷にして――氷のシオラァ・舞台エリシナリーを使って――金狼の動きを制限させるつもりだ。

 トントンと二度つま先で地面を叩いて、クルリと一回転する。

 ピンと伸ばされた指で作られる軌跡はゆがみ1つ無く、ふわりと舞うローブは柔らかい。


 辺りは数秒で凍り付く。


 シエルと金狼の距離であれば、1~2秒で足元を凍り付かせることができるだろう。

 この規模の魔術――正確には違う――を発動させることを考えれば、破格のスピード。それもこれも、舞姫と歌姫の相乗効果があってこそだ。


 しかし、金狼の動きはそれより速い。

 ひとたび飛び掛かってくれば、地面に着地することなくシエルの元までたどり着く。既に凍っているところを踏みしめて、氷で足を滑らせる可能性もない。


 だから間に合わない。


 久しぶりの死の気配を感じる間もなく、

 既に飛び掛かろうとしていた金狼は、凍り付いた足を無理やり引っぺがしたせいで狙いが定まらず、シエルから遠いところに転がるように倒れこむ。

 すぐに起き上がったが、右の後ろ足をかばうように地面から離している。真っ赤に染まっていることからも、怪我をしたのは明白。


 しかも着地したのは、氷の舞台の上シエルのテリトリー

 舞台の上でなら、シエルは望んだ攻撃演出を行うことができる。


 まるでフィギュアスケートのように氷の上を滑り、ミュージカルのように緩やかに金狼の周りをまわる。

 手を叩き、毛皮に触れ、鼻をつつく。その1つ1つで、金狼は氷像へと変わっていく。

 美しくも、冷たく恐ろしい光景。


 一曲舞い終えた後にできた氷像に、シエルが近づく。

 わたしも歌うのを止めて、金狼を観察することにした。

 それ以前に今の戦闘についていろいろ気になるところもあるけれど、今訊く必要も無いだろう。


 改めて見る金狼はところどころに継ぎ接ぎが見られた。

 ベースは狼であることに違いはないが、毛皮は縫い付けられたもので、この大きさも何かをくっつけたためだろう。

 合成魔物キメラとか名付けられそうだ。

 そして、この継ぎ接ぎを見る限り、今の戦いもある程度納得できる。


 ――――パキッ


 突然の魔力的反応に気が付いて、シエルの身体の制御を半ば強制的に借り、身を引いた。

 直後に襲う衝撃に舞台の端まで吹き飛ばされ、右腕に鋭い痛みが走っている。


 痛みを無視して歌いはじめたところで、状況を理解した。


 金狼が氷から脱出し、こちらを睨みつけている。結界も越えてきたということは、爪で攻撃されたらしい。

 まさか氷漬けにされても倒せないとは思わなかった。流石に金狼は無傷ではなく、全身から血が流れ、フラフラだけれど。

 それでも、シエルの右腕もつぶされたから互角――。


 ――と言うわけでもない。


 1つにダメージは明らかに金狼のほうが大きいこと。もうさっきまでのように機敏に動くことは出来まい。たぶんシエルでも走って逃げられる。


 2つに吹き飛ばされたことにより、距離が生まれたこと。それだけで金狼が近づく時間が長くなり、シエルが舞う余裕が生まれる。


 3つにシエルの腕がこと。


 今更腕を切られたくらいで、泣きわめくほどシエルもわたしも脆弱ではない。

 お腹裂かれた時の方が痛かったなー、くらいの余裕はある。


 それに歌姫は怪我をさせることができる。

 深い傷でも治すことができるし、その速度も並ではない。ただ、切断された場合にどうなるかは、分かっていないから、切断されていなくてよかったとは思う。


 既にシエルの腕は治り始めている。


 同じくシエルも仕込みを終えている。

 踵でリズムを取りながら、小さな氷の種をまく。


 あとはタイミング。


 金狼が大きな口を開けた時に、パチンと指を鳴らすだけ。


氷のシオラァ・スピーノ


 まかれた種が発芽して、氷の茨が出来上がる。

 色さえつけば本物と見まがうほどの氷の茨は金狼の中でも発芽し、内側をズタズタに引き裂いた。


「バランスが悪いのね」


 左右対称に展開するはずの茨達。その一部が金狼の中で発芽したので、シエルの言う通りバランスが悪くなるのも当然。

 舞姫たるもの見栄えには気を使わないといけないのもわかるけれど、少し場違い感は否めない。


 さすがに今度こそは倒せただろうと思ったところで、金狼から何かが流れてくるのを感じた。

 何かと言えば、その爪にまとわせていた魔力的なそれ。

 逃げるに逃げられず、さりとて嫌な感じはしない。


 何が起こったのか、どうしたらいいのか、さっぱりわからなかったせいか、シエルもわたしも何も言えない。

 じっと金狼を見つめていたら、どこからか小さい人がシエルの視界に入ってきた。


 反射的に視線をそちらに向ける。


 緑色の髪、緑色の目、緑色のワンピース、ぼんやり緑に光っているようにも見える。大きさは頭から足までで、シエルの顔よりも少し大きいくらい。

 そんな見た目女の子が目の前で宙に浮き、シエルの髪を見ている。大体髪飾りのあたり。


 驚きのままにシエルが視線も動かせずにその子を見ていると、女の子がそれに気が付いたのか、シエルこちらを見た。


 目が合う。


 不思議そうな色をした緑色の目は宝石のようで、無邪気な表情からは悪意は感じない。

 興味深そうにシエルを見ていたかと思うと、ふわりふわりと左右に動く。

 シエルの視線も一緒に動く。


 女の子の表情がぱああぁぁっと、明るくなる。


 シエルも「可愛いわ」とつられて笑顔になる。


 なんだかこういうの良いな、と眺めていたのだけれど、俯瞰できるわたしはもっといろんなことに気が付かざるを得なかった。

 例えば緑以外にも、青とか、赤とか、様々な小人が周りを漂っているとか。

 人型以外にも、トカゲっぽいのとか、鳥っぽいのとかがいるとか。

 シエルの前にいる緑の子よりも、もっと大きいシエルの身長の半分以上はある女性が微笑ましそうに見ているとか。


 そんな存在がシエルの髪飾りにしているとか。どうやら存在らしいとか。


 彼女たちから魔力を一切感じないと言うか、とか。


 緑の子はシエルにじゃれつくように周りを飛び回り、視界が広がったシエルがまた驚いている。

 仲良くしているところ申し訳ないけれど、状況を進めるためにシエルに話しかける。


『シエル、ちょっといいですか?』

『エイン! エイン! なんだか可愛いのがたくさんいるわ。いるのよ!』

『怖くはないですか?』

『そうね。なぜかしら? まったく嫌な感じはしないわ。

 彼女たちは何かしら?』

『それを確かめたいので、少し体を借りて良いですか?』

『ええ、よろしくね』


 彼女たちが何者か思いつかないくらいには、テンションが高い。

 そんなことで確認しなくても、シエルのテンションが高いのは明白だけれど。

 ただ平常時のシエルなら予想は立てられただろうなと思っただけで。


 シエルに体を貸してもらうと、じゃれていた緑の子が目を真ん丸に見開いて、今度は甘えるように寄ってきた。

 その子だけではなくて、他の子もシエルの時とは違う反応を見せる。

 可愛らしくかまってあげたい気持ちもあるけれど、残念ながら触れることができないので、かまってあげられない。


 シエルに『エインは人気者ね』とちょっと拗ねた感じで言われるのも新鮮で、シエルも構い倒したくなるけれど、今は目的を達することを第一にする。


 このたくさんいる中で一番物事を知っていそうな女性。よく見れば髪の毛に花が咲いていて、木でできた角のようなものが生えている。

 服装は、ゆったりとした淡い緑色と白の民族衣装のようなもの。

 シエル並みに容姿が整っているけれど、とても優しそうな印象を受ける。


「初めまして。こちらの声は聞こえているでしょうか?」


 その木の角の生えた美人――略して木美人――に近づいて、まず意思疎通ができるかを確認する。

 というのも、緑の子とか思いっきり笑っているようなのに、全く声が聞こえないから。

 姿は見えても、触れられないし、聞こえない状態なのだ。

 こちらの声も聞こえていない可能性は否定できない。この可能性は低いと思うけれど。


 木美人は口を動かしたけれど、わたしに声が聞こえていないことが分かったのか、首を左右に振った後、頷いた。

 初めましてではなく、こちらの声が聞こえている、と言う事だろう。

 彼女たちは今現れたわけではなく、もともといたものが今わたし達に見えるようになったのだろう。


「不躾かもしれませんが、いくつか質問しても良いでしょうか? 状況がわからなくて」


 肯定。とりあえず、彼女たちの正体から尋ねることにしよう。


「貴女達はで間違いないですか?」


 これも肯定。正直これ以外考えられないので、否定されたらどうしようかと思った。

 精霊については存在だけ知っていた。と言うか『精霊使い』系の職業が存在することだけ知っていた。説明に書かれていたのは「精霊に力を借りて魔法を使う」の一文だけだったので、彼女たちがどういう存在なのかはわからないけれど。


 前世の知識から引っ張り出した情報と現状を鑑みるに、自然を司った存在だと思う。この辺りは実際に尋ねてみればいいだろう。

 にこやかに受け答えしてくれる木美人さんは、快く答えてくれそうだから。


 ということでいろいろ尋ねてみた。本当に不躾なのだけれど、嫌な顔をせずに答えてくれた。


 いきなり見えるようになったのは、金狼を倒したことが原因の1つ。ただし金狼を倒すことと精霊が見えるようになったことの因果関係は謎。

 木美人さんは知っていそうだったけれど、イエスとノーの2択で答えるのは難しいという感じ。


 精霊には様々な種類がいて自然を管理しているらしい。土や植物の精霊が沢山いれば豊作になるなどの効果が得られるのだとか。ついでに木美人さんは森精霊。

 管理するために魔力を使い、使いすぎると最悪消滅する。魔力は自然回復するけれど、より効率的に回復する場所もある。

 その場所がシエルの髪飾りをはじめとした場所。もともとは謎植物だったのだけれど、それを髪飾りにしたのもこの森精霊さん。意外と付き合い長い。

 魔力は吸い取っているものの、敵対するつもりはないらしい。


 そしてエインセルわたしの存在を認識している。わたしの言葉に反応していたし、わたしの魔力を選んで吸い取っていたので予想は出来ていたけれど、エインセルわたしをわたしと認識している初めての存在になるのではないだろうか。

 精霊の認識としては、シエルは友達、わたしは親みたいなものらしい。なぜそうなるのか。


 できれば髪飾りは身に着けていてほしいとのことなので、今まで通り髪につけておくことにした。

 精霊はシエルが心を許せる存在になれそうだし、一応慕ってくれているらしいので。そして何より人ではなく、危ない時には助けてくれると約束したから。


 一通り尋ねたところ、金狼のことを思い出した。うん、さすがに絶命していた。

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2人で1人の不遇姫達は自由に生きたい~異世界転生をしたら、美少女の中で、歌姫をすることになりました~ 姫崎しう @himezakishiu

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