世界を作っているのは誰だ?

馬永

第1話(完結)

 『ここに漸く、新愛煙嫌煙法を制定することができました。今後、喫煙は全国に自動販売機とぼぼ同数設置された完全分煙の喫煙ブースにておいてのみ可能になります。歩きタバコ、ポイ捨てなどは言語道断として、喫煙ブース以外での喫煙行為は全て、例え私有地であっても、未成年であっても、即懲役刑となります。一方で、喫煙ブースでの喫煙行為に対しては何人も異論を挟むことはできません。この法律により、愛煙家の皆さんは遠慮なく、嫌煙家の皆様は安心して、喫煙の文化を守ることができるはずです。国民の皆さん、どうか、たばこ税は国の重要な財源であることをお忘れなく。』

 夕飯後、自分の部屋のテレビで観ていると、いきなり画面が切り替わり大統領による会見が流れてきた。会見はしばらく続きそうで、どのチャンネルも同じ状態だった。

 「くだらない…」

 つぶやきながら、テレビを消したタイミングでノックの音が聞こえてきた。ドアを開けると、母がそこに立ったまま

 「お父さんは心配してなかったけど、あなたは大丈夫よね?」

 と聞いてきた。テレビで発表を聞いて2人で同じ心配をしているようだ。

 「何の心配?僕はまだ中学生だよ。」

 とニッコリ笑ってドアを閉めた。

 

 

 『ここに漸く、新教育法を制定することができました。今後、義務教育期間を初等・中等・高等学校の12年間とし、全ての学校で朝と昼に学校給食を実施します。また、ハンディキャップの日を設け、生徒は年に1回以上、学校生活を車椅子や目隠し、耳栓をした状態で過ごすことを必須とします。この法律により、家庭教育や食育、ハンディキャップによる格差を一掃し、希望する全ての学生に大学受験が可能になるはずです。学生生徒諸君、どうか将来、この国を背負えるよう勉学にしっかり勤しんでいただきたい。』

 深夜、テスト勉強のために立ち上げていた自分のデバイスから、大統領の会見がいきなり流れてきた。登録しているソースからの情報が自動で表示されることはあっても、政府による発表が強制的に流れるのは、僕の知る限り初めてだ。法律の施行は来年だという。

 (この春に大学受験が控えている身としてはギリギリ当事者ではないよね…。)

 父からメールが送られてきた。「よ、最後の弁当世代!」携帯デバイスを持たず、テレビもあまり見ない母は、父経由でこの情報を知る確率が十分に高いので、ちょっぴりサービスした返信メールを送った。「僕は好きだよ、母さんの弁当。」

 

 

 『ここに漸く、徴護制度法を設立させることができました。「徴兵」ではなく「徴護」です。今後、全ての男女は20~25歳のうちの2年の間に介護士・看護士の資格を取得し、その義務を負うことになります。新成人の所属する学校、企業は彼らの籍をそのまま保存し、2年後には速やかに復学、復職できることを保証してください。この制度により、全ての国民が介護士もしくは看護士の資格と経験を持つことで、我々の最大の課題の一つである高齢化社会を乗り越えます。若人の諸君、あなたたちこそが国の将来を救うのです。』

 大学の学食で「学生ランチ」をつついていると、食堂のモニターが一斉に切り替わり、政府の発表が流れた。消しているモニターでも強制的に電源が入り、放送が流れる。今年に入ってからその頻度が月に数回と増えてきている。

 (え、20~25歳って…)

 ちょっと頭が真っ白になっているところに、母からメールが送られてきた。「版ごはんはなにぎあい?」家のテレビでも強制放送で政府発表が流れているはずだが、内容は理解できていないのであろう。ちょっと拍子抜けして笑ってしまった。どの職種に就くかを考えずに今の学部に入ってしまった僕としては、就職までの期間を2年延長できると思えば決してマイナスではないかもしれない。「晩ごはんはコロッケがいい!」と返信した。



 『ここに漸く、国民安全管理システム法を制定することができました。今後、国民の皆様には体内に埋め込んだチップの情報を元に安心・安全が保障されるようになります。これにより、行方不明者は基本的に国内では発生しなくなります。全ての犯罪者は政府が責任を持って管理下に置きます。海外からの入国者は簡易チップを表皮にプリントすることを入国の最低条件とします。国民の皆さん、どうか、安心して国内生活を満喫ください。』

 テレビ・モニターだけでなく、全ての通信デバイスに政府による発表が強制的に流れるようになった。電源も強制的に入る。ちょうど朝食を作っていた時で、目玉焼きの黄身が破れてしまった。週末だけという決まりがあるとはいえ、場合によっては、けっこうびっくりする。これが嫌なら通信デバイスのない生活を送るしかない。

 「朝ごはん、できた?」

 ベッドから甘ったるい声が聞こえてきた。昨夜は耳に心地よかったのに、今は耳障りでしかない。

 (さて、どうやってさっさと帰ってもらおうか。)

 大学に籍があるうちに「徴護制度」に応募することに決めた。2年の禁欲生活というのがどのようなものか想像もつかないので、とりあえず、あらゆる欲を今のうちに満たしておくつもりだ。



 『ここに漸く、新出産育児法を制定することができました。今後は出産も育児も両親共に、「出産育児免許証」を有する家庭でのみ可能になります。免許のための試験は何歳からでも、何回でも受験できます。今後、免許取得してない両親から生まれる子は「国の宝」として国の機関で引き取ります。その子の遺伝子提供者となる男女は、婚姻関係の有無に関わらず、二度と同じ過ちを繰り返さないよう性器を削除します。この法律により不幸な子ども、不幸な家庭が激減するはずです。国民の皆さん、どうか、よき家庭計画を。』

 「意識下」に政府による発表が流れたのは、朝方なのだろう。少なくとも深夜まで起きていた夕べのうちに来たものではない。首に埋め込まれたチップを通じて「意識下」に流れてくるのは警報や緊急事態宣言などに限られる、と聞いたはずだが、大統領が2期目の当選を果たしてからは政府による発表が週一くらいの割合で流れてくる。時間にすればコンマ何秒で意識下に刷り込まれるので、生活には全く支障ないとはいえ、一応、夜のうちであることが多いのが救いだ。

 「チップの次は、子どもを作るのも政府にチェックされるってことか?」

 「馬鹿は子ども生むなってことだろ。いいじゃん。」

 朝食のテーブルで、後ろから会話が漏れ聞こえてきた。基本、私語厳禁なので振り返ってまで会話に参加する気はない。規律違反はこの寮からの退寮日を先に延ばすことになる。

 徴護制度で集められた新成人たちはその特性によって各宿舎に割り当てられ、入舎の際には「管理の為」という名目で首にチップを埋め込まれた。「徴護制度」とはよく名付けたもので、恐らく、大昔の徴兵制度と変わらないシステムだと思われる。基本的に、個人の自由がない。自分の子どもを作るという考えが全くない僕にとっての関心は、この外界からほぼ隔離された2年の生活が、あと数日で終わるということだけだった。



 『私の任期ももうすぐ3期15年目を向かえます。これまで私が人生をかけて、あらゆる法を見直し、必要であれば新たな法を制定し、何度も改正を重ねてきたのは、普通に、真面目に生きる国民の皆さんが健康で文化的な最低限度の生活が送れるようにと願ってやまないからでした。しかし、どんな法を制定しようとも、どんなに法を現状に合わせて改正しようとも、それを破る輩が次々と後を絶ちません。こうした、真面目に生きていない人間、法を守れない人間はこの国には不要な存在だと私は考えています。ここにきて私はこうした不要な存在を一掃するしかこの国をより良くすることはできない、という結論に至りました…。』

 『よって、非常に遺憾ではありますが、法を順守できない者への処罰を重くするとともに極刑を積極的に活用することとします。“目には目を、歯には歯を!”、今こそ先人の知恵に学ぶのです…。そのためのAIを制作します。』

 また大統領の会見が意識下に刷り込まれてきた。一日に何度送りつけてくる気だろう。結局、僕が徴護期間を終了した翌年から全国民にチップが順に埋め込まれていった。ナノテクノロジーのおかげで注射だけで済む。母の順番は僕の大学の卒業式と同じ時期だったはずなので、それから1年以上経っているのだが、相変わらず慣れていない。「また、勝手に入ってきて!」と閉口気味で、やはり、会見の内容まではよく理解していないようだ。懇切丁寧に説明してあげるべきか?と考えている間に、続けざまに意識下への刷り込みが追記されていった。

 『ゴミ出しのルールが守れない人は爪を剥ぎます。タバコのポイ捨ては指を折ります。国民の義務が守れない輩は臓器を没収、または人体実験の対象とします。』

 『レイプ犯はレイプされればいいのです!専用の擬人ロボットを用意します。』

 『複数の殺人を犯した者には、複数回の極刑を科します。一回ごとに最新鋭の医療技術で蘇生させるので!簡単に死ねると思うなよ!!』

 『一部の選ばれたエリートが法やルールを作って国を支配しているだと!?法律は全て、それを守らない奴がいるから作るんだよ!この国の法律は頭がいい奴が作っているんじゃない。頭が悪いお前らだよ!結局はお前らのせいで次々に法律を作るしかないんだよ!頭悪いから理解できないだろうけどさ、お前らの為にきちんとした人たちが我慢するの、もうウンザリなんだよ!』

 もはや大統領は絶叫していた。母は不思議そうな顔で天井を見ていた。


 3年後、第3期の任期を満了する直前に、警察と軍部の完全掌握に成功した大統領は完全なる独裁者となった。



 『速報です。今年の大学受験率が100%になる見通しです。』


 『速報です。全ての極刑待機者への刑遂行が完了し、極刑受刑者が0人となりました。ついにこの国には“健全で優良な国民”だけの国になりました。』


 『速報です。30年近く減少を続けている我が国の人口ですが、今年のGDPは人口が今の倍以上だった25年前を越えることが判明しました。世界でも上位に入っており、国民一人一人の生産力の高さを証明していると言えるでしょう。』


 『臨時ニュースです。昨年10月にC国で症例が報告されて以来、世界中に広がりを見せるAウィルスですが、年明けの今日、我が国でも最初の感染報告が認められました。このAウィルスは感染力が極めて高い一方で、感染しても目立った症状が出るまで無自覚なまま出歩いてしまう人もいることが特徴です。致死率は極めて低く…』


 『臨時ニュースです。国内でのAウィルスの感染者数、死亡者数が増加の一途を辿っています。C国でもその隣のI国でも死亡例の報告がほとんどないにも関わらず、なぜ我が国だけ死亡率が異常に高くなっているのか専門家による検証が行われています。明日にでも大統領による“非常事態宣言”が出されるとの見通しで…』



 久しぶりに父が帰ってきた。母が亡くなった翌日のことだった。Aウィルスへの感染検査の結果が陽性となり、即入院、間髪入れずに死、全く会えないままに火葬、と嘘のように数時間で全てが済んでしまった。父には逐一情報が伝えられているはずなので、僕からはメールを送るだけにしておいたが、まさか非常事態宣言中に帰ってくるとは思ってなかった。

 リビングのソファに座り込んだ父は、頭を抱えたまま、一気にしゃべっていた。

 「どうやらC国とI国だけが特別だったらしい。それ以外の国の死亡率は、わが国ほどでないにしても、あれほど低くはない。この差、何でだか知ってるか?」

 「…」

 「何でこんなにバタバタ、この国、私の国民は死ぬのか、いろいろ調べたんだよ。そしたら、この国にも唯一いっさい死亡者がでてない場所があるんだよ。どこだと思う?刑務所だよ、刑務所。はっはっはっ。なぁ、笑うよな。」

 「…」

 「ルールが守れないような奴らは社会の弊害だと思って刑務所に閉じ込める法律を作ったのに!あいつらの方が、ウィルスに対して抗体をもっているんだよ。体が頑丈なんだってよ!そもそも他人のことを何とも思わないのは遺伝子レベルでの違い、って何なんだよ!C国もI国も他国のことなんか気にしちゃいないよな、それはつまり、『生き残る』ための遺伝子なんだとさ。」

 「…」

 「品行方正な国民は死ぬしかない…何のために数十年かけて品行方正な国民だけを選抜してきたんだ!結局、頭が悪い奴が最強なのか。生き残るのは頭の悪い奴らだけなのか…」


 ここで演説するのはやめてよ、父さん。就職もせずにぷらぷらしててごめんね。やっと覚悟が決まったよ。もし父さんに何かあったら僕が継ぐよ。大統領のイスをありがとう。それよりもこの家はウィルスだらけじゃないのかな。僕?僕はきっと大丈夫。だから今だけは大目に見てね。僕だって悲しいんだ。

 タバコに火をつけた僕を父は茫然と見つめていた。

                                おわり



 <あとがき>

最初に企画を思いついたのは20年以上前で、本当は一つ一つの章で中編くらいの量で書きたいのですが、いかんせん、力がありません。20年以上温めてもこの程度です。時期は忘れましたが、『世にも奇妙な物語』で当時SMAPのメンバーに一人一話ずつという企画がありました。(なので、SMAP全盛期でしょう。)そこに中居さん、広末涼子さん主演で「大人免許証」という作品があって、当時、「やられた」と思ったのを覚えています。ただ、こちらはコメディでしたし、私としては『ターミネーター』シリーズで描かれる未来くらいにSFちっくに書きたい内容ですが、いかんせん、力がありません。すみません。

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世界を作っているのは誰だ? 馬永 @baei

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